第67話

 浅蔵たちがレベル上げへと出発して数時間。昼食休憩で自宅に戻ってきた瑠璃は、勝手口を出て猫の様子を見た。


「ミケぇ、お腹空いてるぅ?」

『ニャー』

「うぅん。出してあげた方がいいのかなぁ。子供にミルク飲ませてるし、栄養欲しいよねぇ」


 上げ過ぎても良くないのだろうと思い、瑠璃はミケ用のお皿に少しのキャットフードを入れ与えた。


「これで足りるかなぁ」

『みゃうみゃうみゃう』


 返事をしているのか、ミケはみゃうみゃう言いながら食べている。

 ダンボールの中では子猫たちがミャーミャーとか細く鳴いていた。

 今のところ3匹は元気なようだ。心なしか朝見た時より大きくなっている。


「成長……早いんだったら、お母さんから栄養いっぱい貰ってるってことだよね? ミケ、大丈夫かなぁ。子猫ちゃんも早くご飯、食べれるようになるといいんだけど」


 確かにミケは少しやつれたように見える。

 ダンジョンで成長が10倍。栄養の接種も10倍……であったら、ミケの母乳では追いつかないだろう。

 ミケを心配して瑠璃はもう少しだけキャットフードを追加してやった。


「でも上げ過ぎちゃうとダメだし……うぅん、猫を飼うって難しいぃ。早くぅ、大きくなってお母さんに楽をさせてあげてねぇ」


 そう言って瑠璃はミケを撫で、それから家へと戻った。

 そんな彼女の後姿を、まだ開いて間もない目で見つめるモノが居た。


「にぉあん……にょあ……にょはん……おにゃああん。おにゃああん」


 まるで言葉の練習でもしているかのように、そのモノ……一匹の子猫は口を動かす。

 やがてご飯を食べ終えたミケがダンボールへと入ると、嬉しそうにその胸に飛び込んだ。






 その頃――


「15階のマッピングも1/3は終わったか」

「そうやね。今日中にあと半分は終わらせたいけど……ボス居ませんね」

「うっめーっ! あ、浅蔵さん、食べないなら俺が――」

「武くんは自分の分だけ食べてなさい!」


 まったく。ちょっとでも弁当食べるの遅かったら、すーぐ「入らないんっすか?」とか言って手を出してくる。

 この子の胃袋は異次元にでも繋がっているのか?

 

「にしても、ここのスライムは上の方と少し違うっすね。なんていうか……」


 そう言って武くんはいやらし手付きになる。まるで何かを揉みしだいているような。

 それをセリスさんがじと目で見ているのが怖い。


「弾力性があるっすよねって、なんで時籐が怖い顔してんだよ!」

「手つきがやらしいんばい」

「手? もみもみがやらしい? あぁ、胸か。そういやお前、大きいもん――ぐあはっ」


 あぁあ。セリスさんの正拳突きがクリティカルヒットしてやんの。馬鹿だねぇ、武くんは。


「さぁてと、少し休憩したら移動しようか」


 15階層は普通の迷宮タイプの構造だ。小部屋のような所もあって、今はそこでご飯を食べていた。

 出てくるモンスターはスライムとミミックという人食い宝箱、そしてゴブリンだ。

 宝箱は近づきさえしなければ襲ってこない。この地球にダンジョンが出来てから、日本人はこいつを見ても飛びつく人は居なかった。その辺り、国民的RPGの影響だろうな。ミミックの存在をしっているから、騙されなかったのだ。ミミック涙目。

 この階層で気を付けるのはこん棒を持ったゴブリンぐらいだろう。

 あとスライムも上層のそれと同じだと思っていたら怪我をする。武くんの言うように弾力性があり、つまり耐久力が高いのだ。


 とはいえ、その程度ではあるんだが。


 食事休憩を終え、武くんのレベル上げ兼マップ埋めを再開して暫くしてからのこと。


「ひっ……ひっ……いやぁあぁぁーっ」


 悲鳴!? こんな浅い階層で悲鳴を上げるなんて、まだ経験の浅い冒険家かっ。


「武くん、先走るなよっ」

「う、うっす!」


 駆ける通路の先にモンスターが居る。1、2、3……6匹か。しかもそのうち一匹の気配がデカい。

 この感じ……


「階層ボスだ! 武くん、俺の後ろにいったん下がれ!」

「ちょっ。でも俺、前衛っすよっ」

「いったん下がれ! どんなボスかも分からない以上、いきなり突撃するんじゃないっ」


 もし遠距離攻撃を得意とするモンスターだと厄介だ。それでも20メートルもあれば、攻撃の威力もまぁまぁ下がる。

 その微妙な距離は、敵が見えない位置からだと感知できる俺にしか分からない。

 前方の角を曲がった少し先に感知している。いったん足を止めそっと顔だけ出す。

 見えた!


 ……うわぁ、何あれ。

 3頭身なのに身長が……あれだと俺より大きいんじゃないか?

 そんなバランスが悪そうなゴブリンが見えた。


「こ、来ないでよぉーっ」


 くっ。逃げてなかったのか。たぶんあの子が叫んだ子だろう。

 その子は何かを守るように大きなゴブリンの前に座っていた。

 大きなゴブリンの他に普通サイズの奴が5匹。そいつらは短剣を装備している。


「セリスさんは普通サイズのゴブリンを! 武くんはあの子を壁際にっ」

「はいっ」

「うっす」


 駆け出した俺はボスの注意を引くため、鞭を唸らせる。


『ギャッ』

「はっはーっ。痛かろう! 悔しかったら俺を倒してみろ!」

『ギギィ。ゲッギャギィー!』


 どうやら子分どもに命令したようだな。だが5匹のうち2匹はセリスさんの新しい武器、正真正銘の薙刀の一撃を食らってそれどころではないようだ。

 流石にボス込み4匹同時に相手なんてしていられない。

 いつでも取り出せるようにと腰ベルトに下げた作業用工具入れから、ボムを取り出し――投げる!


『ゲッ!?』

『ゴブッ』


 つるんつるんところがるゴブリンたち。

 うん。やっぱりヘチマローションは使い勝手いいなぁ。ただ味方もこけるから注意も必要だが。


 さて、ボスゴブリン退治と行きますか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る