第93話

 翌朝から28階の攻略を開始。

 昨日は階段を見つけただけでその先には進まなかったから、構造を目にするのは今日が初めてになる。


 で、これは何だろうね。


「階段の近くまで行ったとき、なんとなく聞こえたと。波の音が」

『にゃにゃっ。にゃっ!!』


 虎鉄が興奮するのも無理はない。

 俺たちの目の前に広がるのは白い砂浜。そして青い空と海。

 ゴミ一つない、綺麗なビーチだ!


「綺麗やねぇ。ほら、虎鉄」

『にゃ”ー、にゃ"ーっ』

「虎鉄、そんな必死に俺の足にしがみ付かないで。痛い……」


 どうやら虎鉄の奴、波が怖いみたいだな。

 

「今年の夏は海にもプールにも行けんかったし、こんな所で海見れるなんて思っとらんかった」

「ははは。海と言っても、まぁここはダンジョン……」


 だけど海には違いない。

 ザザァーっと砂浜に打ち寄せる波。足元を見れば綺麗な貝殻も落ちている。

 マリンブルーの海は福岡で見ることは出来ない、ちょっと現実離れするほど綺麗すぎるけど。


 でも……

 こんな海で彼女とデート出来れば、きっと楽しいんだろうなぁ……隣のセリスさんと……


 ほんの少し指先を伸ばせば触れられるほどの距離に居て、彼女の手に触れる事すらできない。

 いや……あれ? 触れてる!?


 焦って彼女を見たが、セリスさんの方は顔を赤らめまっすぐ海を見つめていた。

 少しだけ彼女の横顔を見つめた後、俺も同じように海へと視線を向ける。

 指先を伸ばし、彼女の手に触れ――指を絡ませた。


 抵抗はない。

 寧ろ彼女も俺の手を握ってくれている。


 このまま時間が止まればいい……なんてシーンを、ドラマや漫画でも見るけどさ。それって、本当なんだな。

 

 今、この瞬間に時が止まればいいのに。

 そんな事を思ってしまう。


 だけどそれじゃあダメなんだという事も分かっている。

 俺たちは先に進まなきゃならない。

 ここから……


 ダンジョンから脱出する為にも。


 そう。俺は誓ったじゃないか。

 彼女を、そして大戸島さんを――きっと地上に連れ帰ってみせるって。


 攻略を効率よく行う事の出来るスキルを手に入れた。

 やってやる。やり遂げて見せる。


 その為にも――


「好きだ」


 俺は自分の気持ちを伝えた。

 自分の誓いを守るために。

 彼女をダンジョンから脱出させるために。


「セリスさんの事が大切だと気づいた」

「あさ……くらさん」

「俺が君を必ず地上に出してみせる」


 くるりと彼女の肩を回し、正面から見つめそう約束した。


「うん……うん……。私も、浅蔵さんの事好いとーけん。一緒に出よ」

「ありがとう。その言葉が聞けて、ほっとしてい――来たああぁぁぁっ!?」

「へ?」

「虎鉄ううぅぅぅっ」

『にゃあぁぁぁぁっ』


 海を背にしていたセリスさんには見えていない。

 逆に海を見ていた俺と虎鉄には見えた。


 それは巨大な波。まさにビッグウェーブ!!


 慌ててセリスさんを抱きかかえ浜へとダッシュ。虎鉄も俺の背中にしがみ付き、恐怖に悲鳴を上げている。


「あああああ浅蔵さん!? 波っ、波がぁーっ」

「分かってるううぅぅっ」


 ここはダンジョンの中。


 呑気に告白する場所じゃなかったな……とほほ。






 俺たちは浜辺に打ち上げられた小魚を見下ろしている。これがビッグウェーブの正体だ。


「これ、魚ですよね?」

「一応モンスターだから。ちょっと待ってね、図鑑確かめるから」

『食べれりゅにゃか?』

「浅蔵さんが調べてくれるから、待ってね」


 えー、なになに?



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     【チビギョ】

 その名の通り、小さい魚のモンスター。

 小さいため群れで行動し、波打ち際に獲物が近づくと

 群れが一丸となって押し寄せ、それが大波になる。

 波に飲まれれば彼らに捕食されるので注意が必要。

 尚、ビッグウェーブの後には、引き波に乗れなかった

 残念なチビギョの姿が見られる。


 食用にすることも可能。

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 残念なのって、アレの事だよな。

 今、浜でビチビチしているこいつらの。


「食用可能って書いてあるが、ダンジョン産モンスターを食べたいとは思わないな……」

『食べりゅにゃーっ』


 そう叫んで虎鉄は嬉しそうにチビギョに止めを刺していた。

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