第92話
「ただいまー」
『にゃらいまー』
27階の攻略に二日掛かった。自転車で走らせやすい石畳タイプだったけども、地図を全埋めするとなると時間が掛かる。
二日間、俺はずっと考えまいと必死に自分の気持ちを押し殺してきた。
順応力スキルでなんとかならないかと期待したが、案外ならなかったようで。
やっぱり彼女の気持ちが気になって仕方がない。
が、なんとか27階の攻略は出来た。
28階の階段の場所も見つかったが、下りずにそのまま引き返して地図を埋め、今戻ってきたところだ。
『んにゃ~ん』
俺たちの帰宅を待ってくれているのはミケだ。
やはりミケはただの猫のまま、成長速度も早くならなければ言葉も話せない。
ただミケの言葉は虎鉄が翻訳してくれるので、それを考えると喋っているも同然かもしれないな。
虎鉄は生後一か月近くになるが、地上で換算すると300日。ダンジョンであと六日も過ごせば一歳か。
――にしてもだ。
「お前。もうかーちゃんよか大きいだろ。なんでまだ甘えてんだ」
ゴロゴロと喉を鳴らしてミケの前にごろんと転がる虎鉄。ミケは甘えん坊な息子の毛づくろいをしてやっていた。
それにしてもすくすく成長してるよなぁ……。
「浅蔵さん。27階攻略完了の報告、上にしとく?」
「あ、うん……まぁ一階分ならすぐ終わるかな」
「じゃあ私、上に報告してそのままお風呂いくけん」
「あ、ごめん。ありがとう」
ニコっと微笑むセリスさん。いつもの事ながら眩しい。
彼女が玄関から出ていくのを最後までガッツリ見送ってから、もう一度虎鉄に視線を戻す。
猫って、親より大きくなるのが当たり前なんだろうか?
いや、その法則だと今頃世界は猫の肉球によって滅んでるだろ。
虎鉄は雄だ。だから少し大きくなるのかも?
そんな事を思いながら、ミケの1.5倍ほどに成長した虎鉄を見つめた。
……もしかしてケットシーだからか?
暫くして地上から協会職員の男の人が来て、図鑑情報を書き写す。
書きながら「何か必要な物あります? 新しい装備とか、あ、新しいゲームとかは?」と尋ねてくる。
『にゃっ。あっしは? あっしは?』
職員の足元にしがみつき、キラキラした目を向ける虎鉄。その目に感染したのか、職員の鼻の下がでれーっと伸びた。
「何か欲しいものある? 猫じゃらし? それとも爪とぎ?」
『服!』
「そうかそうか。服か――え? 服?」
『んにゃー』
おいおい、服が欲しいって虎鉄……。毛があるんだからいいじゃないか。
キラッキラの目で虎鉄はセリスさんの部屋へと向かう。また無断侵入か。くっ。羨ましいっ。
絵本を持って戻ってきた虎鉄は、職員にそれを見せた。
あぁ。アレか。
長靴を履いた、あれの絵本だ。
西洋の騎士というか、銃士隊っていうのかな。そんな格好をしている猫が、レイピアを手にして船の甲板に立っている絵が描かれている。
でもな虎鉄。
お前、今だって時々四本足で走ってるだろ?
ズボンとか穿いたら絶対、関節を動かしにくくなるぞ。
職員の人も少し困ったような顔をして虎鉄を見ていた。
だが翌日――。
「採寸取りにきましたー」
という女性職員がやって来た。
「では猫ちゃんの服はこんな感じでー」
スケッチブックにさらさらと描かれた絵はベストだ。
ズボンはやっぱり動きやすさを考えたら、穿かない方がいいだろうってことに。長靴も同じ意味で履かせないことにした。
「虎鉄、よかったわね」
『にゃー』
ベストだけでも虎鉄は満足なようだ。
俺たち人間が毎日着替えるように、虎鉄もそれを真似したい――というのが、服を欲しがった理由だった。
ベストは素材や柄、ちょっとした小物を変えた物を五着作って貰うことになった。予算は五万円以内でお願いします……。
「それじゃあ時籐さんの装備はこんなのでどうですか? 武器は薙刀だって事ですしー、ちょっと和風で攻めてみました」
この女の人、絵上手いな。
着物にしては袖は短く、帯もあまりごつくない。動きやすさを重視した下半身はミニスカートタイプ。GJ!!
胸元は弓道で使う胸当てのような防具。ミニスカの下はスパッツか。いいねいいね。眩しいね。
「な、なんだか可愛すぎて……は、恥ずかしいばい」
「え? いや、可愛いのいいよ。きっと似合う。それに動きやすそうじゃないか」
絶対これを着て欲しい。
「そ、そうなん? じ、じゃあ……うん。これでお願いします」
「はーい。任せてねー。じゃあ浅蔵さんは、ダンジョン産の革ベストでいいですねー。結構頑丈ですからー」
なんか俺だけ……スケッチ無しなんですけど?
「完成は明後日になりますー」
「え? そんなに早く作れるんですか?」
「はい。スキルですからー」
そう言って彼女は地上へと戻って行った。
「スキルって、いろいろあるんやね」
「うん。ゲームで言う生産系も充実しているよ」
布製品を作るスピードが異様に早い『裁縫』。
思い通りに鉱物の形を変えられる『鍛冶』。
大戸島さんの料理も、生産スキルという枠組みに入っている。
もちろん仕分けしているのが俺たち人間で、便宜上、分かりやすくしているだけだ。
「明日と明後日は休むか。装備が出来てから28階の攻略をするのでもいいだろう?」
「え……うぅん。28階の様子だけでも見ませんか? ちょっと気になることあるけん」
「気になる?」
セリスさんは頷いて、小さく笑った。
『にゃっにゃっ。あっしの服。あっしの服にゃ』
虎鉄は職員の人に描いてもらったベストの絵をそのまま貰い、それを抱えて踊っていた。
もう、お前ら……可愛い過ぎ。
俺を殺す気ですか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます