第91話
「はい。焼きたてのクッキーばい」
「あーりーがーとーおー」
「うわっ。浅蔵さん、生きとると?」
生きてます。
1階に戻って来てかれこれ4時間。見やすいようにと図鑑を立てて開き、ずっと椅子に座ったままこの姿勢を続けている。
職員の方は無言でカタカタと、キーボードを打ち続けている。
『あさくにゃー。食べさせてあげるにゃー』
「おぉ! 虎鉄、お前はいい子だなぁ。あーん」
『にゃーん』
ん。甘味抑え目。なかなか大人な味のクッキーだ。
そういえば
や、やめよう。恐ろしいことを想像するのは止めよう。
「はい、ココア」
「おおぉぉぉ。至れり尽くせりで嬉しいねぇ」
牛乳を少し混ぜた、熱すぎないホットココアが出てきた。
片手ぐらいは外せる。ページが勝手に捲れなければそれでいい。
はぁ……やっぱココアは癒される。
クッキーもう一個。
口に放り込んだクッキーを食べながら、ふと誰が作ったのか気になった。
大戸島さんは食堂だ。そろそろ帰って来て夕飯を作ってくれるだろう。だがこの4時間、帰って来てはいない。
「あれ? じゃあもしかして、このクッキー……」
「や、焼き加減ダメやった? 焦げてないと思うんやけど」
やっぱりセリスさんの手作りクッキー!
「あ、ボクも貰っていいですか? 疲れると甘い物が欲しくなって」
そう言ってハート型のクッキーに手を伸ばそうとする職員の手に、俺は飲みかけのホットココアを乗せる。
「あっち!」
「甘いですよ、それ」
にっこり微笑む。
「いや、あの、クッキー……」
「甘いですよココア」
にっこり、身を乗り出して微笑む。
「あ……はい。じゃあ、ご馳走になります」
職員がココアを飲む間、お皿にあったハート型のクッキーを全て食べつくした。
味わって食べたかったが、ハートだけは……ハートだけは絶対に渡さない!
「ま、まだ少しあるけん。た、食べる?」
「食べりゅ。んぐんぐ。でも包んでくれると有難い。夜、むごむご。部屋で食べる」
「う、うん。やったらお皿に入れてラップしとくけん」
大戸島さんが夕飯の支度の為に帰ってくる直前、職員は全ての情報をパソコンに打ち終え、肩を落として帰って行った。
俺の勝利だ。
何人たりとも、セリスさんのクッキーはやらん。
「あー、クッキーみぃつけたぁ~。ん、美味しい。セリスちゃん、上手になったねぇ」
「え? そ、そう? 先生のお墨付き貰えて、嬉しい」
……大戸島さんには負けてしまった。
『あさくにゃー。落ち込んでりゅのかー? あさくにゃー』
くいくいとズボンを引っ張る虎鉄を足の上に乗せたまま、残ったクッキー皿をこっそりゲットして自分の部屋に隠した。
これでもう俺の物だ。
「いいか虎鉄。お前は猫だ」
『ケットシーにゃ』
「ケットシーだ。クッキーは食べちゃダメだからな」
『……じゃあ代わりに何くれりゅ?』
くっ。こいつ……なんて狡賢い奴なんだ。
『あっしはこれがいいにゃー』
そう言って虎鉄は、いつの間に取り寄せたのか分からない、猫グッズの特集雑誌を開いた。
虎鉄の肉球の下には、ペット用のドーム型ベッドがあった。
カボチャやトマトといった、野菜の形をしている物から布団のように見える物までいろいろとある
『かーちゃんとあっしのとで、二つにゃ』
「くっ。どれもこれも可愛いなぁおいっ」
クッキーの対価は武くんに頼んで買って来て貰う事にしよう。
仕事を終えやって来た彼にお金を渡すと――
「けど浅蔵の兄貴。オレも散々外で猫の玩具買って来てるっすけど、よく考えたらダンジョンの中のホームセンターにもありますよね?」
「ん? んん?」
「やだっ。そうやん。浅蔵さん、別に相場くんに頼まんでも、下から持ってくればよかっただけなんじゃ……」
んんんんー?
そう言われてみればそうじゃないか。なんで今までそんな事に気づかなかったんだ!
武くんへ渡したお金を回収し、さっそく24階のホームセンターへと直行。
だが……悲しいことに雑誌にあったようなふわもこした物は置いてなかった。
「ひんやりマット……なんだ、このタライみたいなのは」
『冷たいにゃぁぁぁ』
「浅蔵さん……ダンジョンが生成されたのって八月ばい……。やけん、夏用品しか置いてないってオチばい!」
俺と虎鉄は愕然と肩を落とし、代わりにおやつの猫缶を俺のダンボールポケットいっぱいに詰め込んで帰った。
「武くん。とりあえずこれとこれ、探して買って来てくれ」
「え? 無かったっすか?」
夏用品ならあったさーあはははは。
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