第90話
セリスさんは俺の事……どう思っているんだろう。
そんな事を考え始めたのは、芳樹たちと別れて上層の地図埋めを再開してからだ。
気づけばいつも彼女の事を見ている自分が居て……。
「――さん。浅蔵さん危ない!」
「え? うおっ!?」
危うくカタツムリの命がけの水鉄砲を食らうところだった。
何度か躱すと奴はしなびて動かなくなる。止めを刺したのはセリスさんだ。
「浅蔵さん? 最近ぼぉっとしとること多いけど、疲れとるんやない?」
「いや、そんな事は……」
疲れてはいない。まったく、全然と言って良いほど。
なんせ……。
「私は大丈夫やけん、少しぐらい吸っとく?」
そう言って彼女が首筋を差し出すような仕草をする。
スキルとか、そういうの関係無しに吸い付きたい――なんてのが続くから余計に攻略に集中できなくなっている!
セリスさんが他の誰かのものになってしまったらどうしよう。好きな男とか居たらどうしよう。きっと彼女に惚れている冒険家はいるはずだ!
そんな事考えるもんだから、この差し出された首筋は誰にも渡したくないとか思って遠慮なく吸い付いてちゅーってしてしまって俺の理性ちょっとヤバそうに思えて慌てて口離して……はぁはぁ。
ダメだ……俺のこのままじゃただの獣じゃないか。
「ぁ……もう、いいと?」
「う、うん。ありがとう。ごめん、ちょっと集中できなくって」
彼女の顔を直視できない。
「浅蔵さん……やっぱり、芳樹さんたちのパーティーに戻りたいんよね?」
「え? な、なんでそんなこと」
「だって、みんなと別れてから、ぼぉっとする事多いやん」
それはあの26階での攻略中に、自分の気持ちにハッキリ気づいてしまったからであって。あのパーティーに戻りたいかとか、そういった気持ちは特にない。セリスさんが一緒なら別に構わないが、それなら寧ろ今の二人っきりのほうが俺としては有難い。
有難いけど……今のこの集中できない状態はマズいよなぁ。
自分が怪我をする分にはいい。だが俺の意識が散漫になって、感知しているのにそっちに気が回らなくなって危険を伝えるのが遅れたらどうなるのか。
当然、それは彼女を危険な目に合わせる事にもなりかねない。
俺が怪我をする分にはいいと言っても、それは戦力低下でもある訳で。結果としてセリスさんを危険な目に合わせてしまう可能性だってある。
「浅蔵さん……」
「芳樹のパーティーに戻りたい訳じゃないんだ。セリスさんと二人っきりの方が……あ、いや、その……ふ、二人の方がほら、何かと動きやすいだろ? 今だってこうして上層をのんびりぶらぶら地図埋め出来るのも、芳樹たちとじゃ無理な話だし。さ、ここを行けば24階の地図埋めも完成だ」
「私……と、このまま一緒のパーティーでいいと?」
ちょっと拗ねたような感じで、セリスさんがそう呟く。
良いに決まってるだろーっ!
そう声を大にして言いたいが、ここは落ち着こう。
「君と一緒がいいんだよ」
精一杯の笑顔でそう返事をすると、彼女は顔をぶわっと赤くして俯いた。
……あ……俺、今めちゃくちゃ……プロポーズじみたこと、言わなかったか?
「あああぁ、っと。う、上に戻ろうっ。とりあえず、25階まで全て地図埋めも終わったし、模写して貰うのに結構時間掛かるだろうからさ」
「そ、そうですねっ。洞窟タイプの16階にコンビニがあったのは……朗報なんですかね?」
「まぁあの付近の階層でレベル上げする人にとってはそうかな? 食料をあそこに支給すれば、地上に戻ることも無く暫く籠れるだろうし」
アイテムボックス系を持っていない人なんかは特にそうだろう。
五日掛けてようやく25階までの地図埋めが終わった。ようやく明日から27階の攻略に進める。
けどこのままでいいんだろうか。
彼女の気持ちが知りたくて、気になって、気付けば彼女を見つめている自分がいて。
いっそ告白してしまおうか?
彼女の気持ちを知ることが出来れば、少しは落ち着けるようになるのだろうか。
こんな風に、ただ見つめるだけじゃ何も変わらない……よな。
それに、気づくと彼女と目が合っている事が多い。
合うってことは彼女も俺のことを見てくれているってことだと思う訳で。
俺にもチャンスがあるんじゃないかって期待してしまう。
ただ期待して、残念違いましたーなんてのは正直辛い。
好きなんだと気づいてしまったから。
「――さん。浅蔵さん?」
「はっ。え、はい?」
「どうしたとまた?」
いつの間にか彼女の顔がすぐ近くに。
ぐ……ヤバい。青い目、めっちゃ綺麗だ。それにまつ毛がやっぱ長いな。
「あ、いや……やっと終わったなぁって思って。そしてこれから長い図鑑持ちのお仕事が待ってるなぁ……と」
地図はコピーして、それをスキル持ちの支援協会スタッフが模写するからいい。
だけど階層情報やモンスター情報、そしてドロップ情報のページはコピー出来ない。
そこはスタッフの人がノートパソコンに打ち込んで行くんだが、その作業の間、ずっと図鑑を開いて持ってなきゃいけないという。
「ふふ。差し入れするけん頑張って」
「う、うん。お願いセリスさん」
「はい」
にっこり微笑んで俺を労ってくれるセリスさん。
彼女の笑顔を見ているだけでほっとする。幸せだと感じる。
そんな細やかな喜びが、いつまで続くだろうか。
彼女に想いを伝えたい。
彼女の想いを聞きたい。
でもそれが原因で、今の関係が崩れてしまったら……そうなるのなら、いっそこのままでも――。
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