第89話

 色相環24色が終わると、『ここは休憩室です』と言わんばかりの部屋に出た。

 ここで遅めの昼食を取る間、意識すまいと思っても気づけば彼女を見ていた。

 もちろん、セリスさんだ。


 こういうの、前にもあったよな。確かダンジョンで……あぁそうそう。あれは蛙の着ぐるみをゲットした後だ。

 彼女と目が合うと逸らされる。何か気に障ることでもしたんだろうかとあの時は思っていたが……違うのか?

 あの時は気づくと彼女と目が合っていた。今みたいに。


 あれ?

 今俺が彼女と目が合うのは、気になって見ているからであって。

 え?

 セリスさんが俺と目が合うのは、俺の事を見ているから?

 え?

 え?


「浅蔵……何ひとりで百面相してんだよ」

「ほ、ほっとけ芳樹」


 い、今は攻略に集中しよう。彼女の事は、今は後回しだ。

 俺が腑抜けてセリスさんに大怪我でもさせたら大変だ。それだけは絶対に避けたい。


 その後、結局翌日の夕方まで掛けて26階の攻略は終わった。

 扉の選択を間違えると元のスタート位置まで戻される、それを繰り返して見つけた正解のルートは――。


「まずは24色の色相環の順番通りに進む」

「休憩室からはカラーコードの番号が若い順……」

「ここまで来たら次がカラーコードのアルファベット順だってのは分かるんだけどもな……」


 分かってはいても、いやらしい事に似たようなコードがあったりして。

 うっかりミスすればスタート地点だ。無駄に時間が掛かった。


 夜遅くに帰宅した俺たちは、そのまま俺の部屋、リビング、女子はセリスさんの部屋に分かれて雑魚寝した。

 そして――


「もうっ! みんな、邪魔あぁぁ」


 26階攻略を終えた翌朝、大戸島さんの声で目を覚ました。






 午前中のうちに昨日までの攻略ルートをまとめ、更にそれが間違っていないか検証で1日が潰れた。

 冒険家支援協会に正解ルートを報告できたのは、26階攻略に取り掛かってから6日目のことだった。


『終わったにゃー』

「あぁぁ、疲れた」

『にゃ。ちゅー、ちゅー』


 虎鉄はそう言ってセリスさんの所へ行く。

 いいよな猫は。そうやって甘えられるから。俺だって甘えたいよ。

 結局セリスさんの気持ちを聞けず、今もこうしてだらだらしている。


「虎鉄。浅蔵さんは体力的に疲れたんじゃなくって、頭を使って疲れたってことばい」

「そういうこと。もう絶対あの階層には行かない。レアアイテムが出ると言っても絶対行かない」


 今回拾った魔晶石ももちろん図鑑に載っている。だけど劣化コピーしたとして、一回使ったら壊れるような魔晶石なんて必要ない。

 他にスライムの核なんてのもあって、こっちは装備を作る時に混ぜ込むとちょっとした効果を発揮する。が、これも劣化コピーすると効果が下がるとか、サイズが小さくなるとかだと微妙過ぎる。

 図鑑ポイントは貯金だ。


「浅蔵さん、今日はゆっくり過ごします?」

「んー、そうだなぁ……出かけるとしても、どうせダンジョンの中だしね」

「はぁ~。映画見に行きたいなぁ」

「武くんに頼んで、借りて来て貰おうかぁ」


 今日は畑のほうが休みの日だったな。だったら食堂に居るはずだ。

 案の定、武くんはそこに居た。朝食の時間もとうに過ぎた頃で、お客はほとんど居ない。この時間だと弁当を買いに来た客ぐらいだ。

 プレハブ小屋の横では上田さんが今日も転送屋をやっている。セリスさんが彼女に手を振り、気づいた彼女も振り返していた。


「お、兄貴。どうしたっすか?」

「うん。ちょっと頼みがあってさ」

「頼み?」


 暇でしょうがない。でも外には出れない。だからといってダンジョン内を散歩したいとも思わない。


「だからさ、駅前にレンタルショップあっただろ? 何か借りてきてくれないかなーと思って」

「相場くん、お願いっ」

『たけしおにぇがいっ』

「お願いっ」


 どうだ。美少女と美猫が可愛くお願いしているんだ。断れないだろ?

 俺はダメ押しとばかり虎鉄を抱え上げ、武くんと同じ目線になるよう差し出した。


『おにぇがい』


 虎鉄は分かっていらっしゃる。自分の可愛さというものを。

 あざとく首を傾げるその姿に、武くんも思わず顔が緩んだ。

 更に天の助けが舞い降りる。


「あぁ~。私もなんか見たぁい。お昼の3時で今日は上がりなのぉ、タケちゃん借りて来てぇ」

「任せろ!」


 虎鉄の肉球を一揉みし、武くんは地上へと向かった。

 何やら大戸島さんとごにょごにょしていたが、なんだったんだろう。


「そういえば浅蔵さん。相場くんにリクエストしたん?」

「ん? ……あっ、してない!」


 しまった。見たい映画のジャンルすら伝えてなかった。

 まぁ何が来ても、それはそれで映画ガチャってことで楽しめるかな。


「ふふぅ~。大丈夫ぅ。私がちゃーんと、二人が楽しめるやつをタケちゃんに頼んでおいたからぁ」

「え……そ、そう」


 大戸島さんのこの笑い……ダンジョン脱出の時にもたまに見たな。

 なんだか黒い物を隠し持っているかのような笑い……。

 いったい何を武くんに頼んだのやら。





「いやあぁぁぁっ」

『にやあぁぁぁっ』


 右側からセリスさんが俺にしがみつく。膝の上の虎鉄は、俺のお腹に顔を埋める。


 武くんが借りてきたのは――

 ホラー映画だった。


「ふえぇん、怖いよぉ。もうやだぁ」


 といつつ、ここで見るのを止めるつもりはないらしい。

 ぐいぐいと彼女が体を摺り寄せるたびに、彼女の胸が当たる。

 平常心だ。平常心!

 今はまだ彼女の気持ちすら聞いていないんだ。早まるな俺。理性を保て!

 うおおおぉぉぉぉぉっ。


『うにゃ、うにゃ、うにゃにゃぁ』


 あぁ……虎鉄のもふもふで癒されるぅ。

 へらぁ~っと顔を緩ませる俺の足元で、ミケだけが興味無さそうに眠っていた。


 とりあえず、武くん、GJ。

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