第88話
『この向こう側……だよな』
「その可能性が高い」
扉の色分けをした地図を確認しながら、モンスターハウスが出来上がっている場所の扉の色と合わせて……たぶん、今俺たちの目の前にある扉のワープ先だ。
分身にはありったけのボム類を渡し、防御の事も考えてアクリルシールドも持たせてある。
『でも俺、なんていうか……死ぬとか怖いとか、そういうのまったく無くってさ』
「え? 死の恐怖が……ない?」
『というか本体死んだら俺も死ぬから、そっちの方が怖い』
分身は所詮分身。一定ダメージを受けると『消える』が、それは『死』ではないという。
うぅん。ゾンビアタックみたいなことになるのか。いやでも俺だし、死ななくて済むならそれがいい。
「分身浅蔵さん。こっちがピーマンパプリカ、オクラボムやけんね。それからこっちが――」
大根の桂剥きでモンスターを一網打尽!
きゅうり(ヘチマ)ローションでモンスターつるっつる!
そこへ爆弾ボムを投げ込んで少しでもダメージを与える。
これが作戦だ。
省吾の準備が整ったら、まずは大量ボムを抱えた分身が扉へと飛び込んだ。
4……
3……
2……
1……
「行くっ」
省吾が飛び込み、すぐさま甲斐斗と俺、そして虎鉄が続いた。
マーブル模様に飛び込んで視界が一変すると、白い布のような物に絡まったグリムの姿が目に入った。
「"ライトニング"!」
甲斐斗の声が聞こえる。貫通型の雷スキルだ。
『にゃーっ。"奥義・爪磨ぎスラッシュ"』
分身の俺が放っただろうボムで傷つき、瀕死状態になっているグレムへと虎鉄が跳躍する。
俺も負けてられない。
同じようにダメージを負ったグレムへ鞭を唸らせ絡めると、隣のグレムに向かって衝突させるよう鞭を操る。
転がるモンスターはグレムだけでなく、スライムもいるようだ。赤い色をしているのは火に強いという証。そして――。
『そいつら火を吐くぞ!』
分身の声が聞こえ、壁際で焦げたアクリルシールドを構える姿が見えた。
ぽよぽよと弾むスライムが、一瞬膨張する。このモーションか!
「"ダンジョン図鑑"」
スライムに向け開き、その直後、ボォーっという音がした。
炎の勢いが強ければ、図鑑を持つ俺の手も熱くなるはず。だがそうはならない。
「なんだよ、驚かせやがって」
『いや、図鑑で防げればいいだろうけど、まともに浴びたら服が燃えて大変なんだぞ』
「まぁそうか」
スライムから発射されたのは、ほそーいストローからぴゅーっと飛び出すジュース並みの火。
図鑑で完全ガードし、近づいて行ってそのまま図鑑で叩き潰す。
面倒なら鞭でスライムを絡め取り、引き寄せ、そして図鑑で潰す。スライムは動きが遅いので、面白いほどよく釣れるな。
キャッチ&リリースならぬ、キャッチ&KILL。
「浅蔵……お前のその戦い方、怖ぇーよ」
「なんか言ったか芳樹ー? お、またまた釣れましたー」
「いや、なんでもない」
なんだったんだ、いったい。
そこへ桂剥きから自力で脱出したグリムが駆け出す。その先に居るのはセリスさん――。
「ほいっ」
奴の足に鞭を絡ませ引っ張ると、面白いほど呆気なくすっころんだ。桂剥きを振りほどくのに体力を使ったんだろうな。
そこへセリスさんがすかさず止めを刺す。
「セリスさんっ。俺の後ろに! 鞭で釣るから」
そいつの止めを刺して欲しい。
最後まで言わなくても彼女には伝わる。
桂剥き、そしてローションで身動きが取れなくなっているグリムはみんなに任せ、俺とセリスさんはスライム潰しに専念した。
奥には無傷のモンスターも居たが、俺たちを襲うためにはローション地獄を通らなければならない。
ローションに足を滑らせ倒れるグレムたちは、翔太のBB弾に撃たれ、春雄の弓で射抜かれていった。
「モンスターハウスもボムがあれば楽勝だな! はははははははは」
『大根いいなぁ。もっと育てないとなぁ』
スライム釣りが楽しくってつい笑ってしまう。
俺の言葉に応じるのは分身だけ。みんなは――ん? なんか必死そう?
モンスターハウスを潰し終えると、芳樹たちはその場に座り込んで肩で息をしていた。
「つ、疲れてる?」
「精神的にな……お前、よくあんな右も左もグレムやらスライムに囲まれてて笑ってられるよな」
「え……いや、殲滅できてたじゃん?」
「出来てたけどそれとこれはまた別だろう。お前、ダンジョンに慣れ過ぎて、モンスターに囲まれることに恐怖を感じなくなってんじゃないのか?」
……いやいや、恐怖というか、マズいとか、ヤバいとかは思ってるぞ。
実際、壁向こうのモンスターハウスを感知していた時は、ちょっとガクブルもしていたし。
けど……。
実際にここに飛び込んで、身動き取れないグレムを見て――なんとなくだが、「あ、これ勝てるな」って分かったんだ。
これも順応力の効果なのか?
みんなが休んでいる間、俺と分身とでドロップアイテムを拾い集める。
グレムは石を落とす。この石は魔力を帯びているとか何とかで、所謂『魔晶石』だ。これを握ってスキルを使うと、ゲームでいうMPを消費しなくて済む。つまり疲れないってことだ。
ただ消耗品なので、使えば使うだけ小さくなって、そして壊れる。転移のオーブと同じ物だ。
さて、魔晶石が……5個かぁ。あんだけ倒したのになぁ。
『30匹ぐらい居たよなぁ』
「それで5個だもんなぁ。まぁこれは甲斐斗行きだな」
「あー、由紀ちゃんにもあげて~」
そう言って翔太がやってくる。
「由紀ちゃん、ヒール持ちだからさぁ」
「あぁ、そうだったな。寧ろ攻撃よかヒール優先だよな」
「うんうん」
「俺も異存無い。鳴海に渡してくれ」
「甲斐斗先輩、ありがとうございます」
全員一致で魔晶石は鳴海さんが持つことになった。今の戦闘でも省吾と芳樹、それに翔太も小さな傷を作っている。その全部を彼女は丁寧に治癒して回った。
「セリスさんは大丈夫だったかい?」
「はい。浅蔵さんが……守ってくれていましたし」
ぽぉっと頬を染め、はにかむように笑う彼女。
俺の順応力は、まだ彼女の笑顔には効果を発揮しないようだ。
こういう顔、何度見ても胸がざわついて仕方がない。
「だからお前ら早く付き合っちゃ「はいはい、芳樹先輩は大人しくしてましょうね」
くっ。お付き合い出来るならしてみたいよ!
と思うってことは……。
つまり俺は……彼女に恋してる!?
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