3章:福岡02攻略

第74話

 分身の練習でもしようかと思っていた朝。

 この上にある冒険家施設の福岡02ダンジョン支部長、小畑さんがいつものように朝刊を持ってやって来た。


「おはよう浅蔵くん。家の外で何をやっているんだい?」

「あ、おはようございます小畑さん。支部長の立場だってのに、毎朝新聞を運ばせて、申し訳ありません」

「いやいや、毎日君たちの様子を見るのも仕事だからね。それで――」

「あ、実はですね」


 15階層のボスを倒して得たスキルの事を小畑さんに話し、そして家の中だと子猫が怯えるのでここで――と説明した。

 小畑さんも小梅と小桃は可愛がってくれていて、今朝は猫じゃらしを持って来てくれていた。


「分身かぁ。まるで忍者だね。そういうスキルを夢見る冒険家も多いが、遂に出たって感じだね」

「忍術は浪漫ですよね」

「そうそう。お色気のじゅ――いや、なんでもない」


 今、お色気の術って言うとしましたよね?

 意外だな。小畑さんがお色気好きだったなんて。


 新聞を俺に渡すと、小畑さんはチャイムを鳴らして玄関へと入る。どうやら子猫と遊ぶようだ。

 中から子猫たちの声と、小畑さんの甘ったるい声が聞こえてきた。

 それを聞きながら、届いたばかりの新聞に目を通す。

 

 お隣山口県で生成されたダンジョンでの生存者発見は……無し、か。

 最下層でコンビニが一軒だけ見つかり、店内では誰かが生活した跡が見つかったとは書いてある。

 だが生存者が自力で地上に上がってくることはなく、探索に出た冒険家も生存者の姿は見ていない、と。

 探索に出たのは福岡在住の冒険家で、結構レベルの高い人たちが潜っていったようだ。

 階層は15階と、ここより10階層分浅い。


「その記事か……山口のダンジョンは田園風景の広がる地域に出来てね。巻き込まれた人は少ないが、スーパーやホームセンターの類が全く無く、コンビニが一軒あるだけの地域だったんだ」

「やっぱり生存の確率は、店舗なんですかね」


 子猫と遊んで満足した小畑さんが出てきて、家の軒先にあるベンチに腰を下ろす。

 広大な畑を眩しそうに見つめながら、彼は大阪で生成されたダンジョンに巻き込まれ、生還した人たちの情報を教えてくれた。


「助かった人はね、全員何かしらの店舗に居た人たちだそうだ」

「建物内、ですか?」

「いや、住宅内にだって大勢居たはずだ。だが誰一人生きてはいないし、そもそも建物が残っていない」


 確かにそうだ。ここも19階が住宅街風ダンジョンだが、それは造り物だと直ぐ分かる。

 じゃあ生成に巻き込まれた住宅はどこに行ったのか。ビルだってあったはずだし、コンビニも何軒かあってもおかしくない。

 21階のスーパーは、建物が少し地面にめり込んでいた。そのせいで店内は斜めになっていたのだから。


「建物はやっぱり……ダンジョンと同化しているんですかね」


 俺の呟きに小畑さんはやや間をおいて頷く。

 そうとしか考えられないね、と。


「だが一部の建物が残っているのは、この福岡02ダンジョン以後だからね。それまでのダンジョンで建物は見つかっていない。何かが変わろうとしているのか……」

「何かが……ですか」


 その何かは分からない。それ以前に何故ダンジョンが現れるようになったのかも分からないのだから。

 一部のカルト集団なんかは、増え過ぎた人類を減らす為だとか言っているけど。それにしたってやり方がおかしかないか?

 ダンジョンなんて、まるでゲームみたいなこと。

 単純に人類を減らしたいのなら、映画でもよくある隕石落下や、期間限定氷河期の到来とかあるだろうに。


「そうそう、山口のダンジョンね。ここと大阪は、生存者がダンジョンから出ようとした時にアナウンスが流れたよね。それで拡張されたんだけども、山口は違う条件で拡張されたんだ」

「やっぱり拡張はされるんですね。それで、条件とは?」

「うん……探索者たちが最下層のコンビニに到着して生存者無しと判断し、地上に戻った時にアナウンスが流れたんだとさ」


 生存者無し。これより第二ステージへ移行します――と。

 なんて嫌なアナウンスだ。

 長崎のダンジョンでも生存者の自力脱出は今のところ無い。これまた福岡から向かった冒険家は、現在8階を探索中とのこと。

 人手が少なく、高レベルの冒険家はここと山口、長崎に分散してしまっているのもあって、なかなか先に進めていないようだ。

 そもそもここは俺の図鑑で、25階までの最短ルートが既に確立している。迷うことなく進めるのだから、進行が早くてもおかしくはない。

 対して山口と長崎は手動でマッピングしながらだ。本来、最下層まで到達するのに数年掛かるのが当たり前なのだから。


「図鑑スキルを他に所有する冒険家が増えればね。そのスキルがダンジョン攻略を早める、一番の手段だろう」

「でもこのスキル……ほんと、偶然の産物ですしね。もし獲得条件が固定されているとしたら、正直狙っても取れないでしょう」


 ダンジョンの最下層まで1時間以内に到達……その条件をクリアして手に入るのが図鑑スキルだとしたら、常に車の中で生活し、最下層に落とされなければならない。

 当然、落下の衝撃で死ぬ可能性もある。

 そうか。車じゃなくても落下に耐えられればいいのか。


「そういえば建物内に居た生存者って、落下の衝撃はどうしたんでしょう?」

「あぁ、その事なら――。ほとんど無かったそうだよ」

「え? 無かった? じ、じゃあ最下層到達ボーナスは?」

「うぅん。そのボーナスを貰っているという人は居なかったよ。だから最下層じゃないんじゃないかって話だ」


 大阪の生存者はホームセンターに居た人だったか。

 彼らは8階層から脱出してきたという。

 流石に地下8階のダンジョン……なんてことはないだろう。


「そうなると図鑑スキルは、本当に運任せな獲得条件ですね」

「そうだな。建物内か、君たちみたいに車でスライムの中にダイブするか……まず生成後に生き残れるかどうかの判定があるからね。その上、最下層に落ちるとは限らないし」


 俺たちが身を寄せたホームセンターも24階にあった。もし従業員が居たとしても、間違っても外に出て地下を目指そうとはしないだろう。

 俺たちだってホームセンターに逃げ込んでから、何日も外に出なかったのだから。


「さぁて、仕事に戻るかなぁ」

「あ、お疲れ様です小畑さん」

「野菜の販売も出来るようになったし、福岡県の野菜事情はかなり改善されそうだよ」

「ここなら天候の心配もなく、じゃんじゃん育ちますからね」


 育ちすぎてるのがあっちの畑で笑っているけれど。

 小畑さんを見送ると、家の中からセリスさんが出てきた。


「あれ? 分身の練習しとったんじゃ?」

「あ、いや。小畑さんとちょっと話し込んでてね。これからこれから」


 分身を使って野菜の収穫!

 ひとりよりふたり。ふたりより三人……には増えないけど、少しでも効率を上げるために。そしてスキルのレベルを上げるために!

 きっとレベルが上がったら増えるよね!!


 そしたらきっと、ダンジョン攻略もしやすくなるだろう。

 俺とセリスさんと、俺と俺と俺と……いや、想像したらシュール過ぎて怖い。


 まぁとにかく今は練習あるのみ!

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