第73話

「じゃあ虎鉄。よろしくな」

『にゃー……』

「おい。なんだその気の抜けた返事は。俺がパートナーになったのが不満なのか!?」


 結局、虎鉄のパートナーの座を賭け、俺たちはジャンケンで勝負した。

 勝ったのは俺だ。

 

『にゃー……あっしは雄にゃあ。にょうせなら女の子がよかったにゃー』

「あ、てめぇ。まだ生後三日のくせに、ませガキめっ」

『にゃにゃにゃ。生き物としてにょ、生存ほんのうにゃよぉ』


 虎鉄め……生存本能なんて難しい言葉まで覚えやがって。

 教えた言葉にそんなものは無かったはずなんだが……。時々ミケと話をしているようだけど、猫語で言葉を教わっているのだろうか。

 

「あぁん。虎鉄のパートナーになりたかったぁ」

『にゃー。勝負のせにゃいは厳しいにゃ。これも試練にゃよ』

「どんな試練だよ。まぁパートナーと言っても、テイムしたっていう嘘の口実の為だから。別に今まで通りみんなで可愛がればいいんだからさ」

「じゃあ、虎鉄を私の部屋で飼ってもいいと?」


 虎鉄を抱きかかえたセリスさんは、上目使いでそんな事を言う。

 いや別にいいよ? いや、俺も虎鉄と寝たい。ほら、猫が甘えて布団の中に入ってくるとか、一緒に枕使って寝るとか、幸せそうじゃん?


「まぁ誰と寝たいかは虎鉄の好きにさせてやろう」


 今日の夜から虎鉄の餌付け作戦をしよう。どうせならキャットフードより猫缶だな。ミケを見ててもそっちの方が食いつきが良いし。






『にゃー。セリスにゃんと瑠璃にゃんにもうおやついっぱい貰ったにゃよー』


 ……。遅れをとったか。くそっ。

 夜。虎鉄が子供向けアニメのDVDを見ていたので、こっそり猫缶を見せて反応を伺った。そしたらこれだ。

 もしや夕食の後、俺が風呂に行っているときか!?


『にゃーん』

「ミケー。お前食うかぁ?」

『にゃーん』

『みゃおん』『みー』

「おぉ、おぉ。小梅と小桃も欲しいか。よーしよし。今出してやるからなぁ」


 ふ……何も子猫は虎鉄だけじゃないんだ。

 あと4日間。俺はミケと小梅と小桃を懐柔するぜ!


 あやつを上げた後は小梅と小桃をトイレまで抱っこし――


「はぁっ!? お、お漏らししたのか。小桃っ。お前人前でお漏らしなんかしてたら、お嫁に行けなくなるぞ!」


 しかも俺の手の上だ……とほほ……。

 小桃をトイレに運んだあと、俺は手を洗って――それから済ませるものも済んだ小桃をキッチンのシンクで――


『ふぎゃーっ』

「仕方ないだろ! 体がおしっこまみれなんだから、我慢しろっ」

『ふみゃーっふみゃーっ』

『あーぉ』


 小桃の壮絶な悲鳴にミケがやって来て足元で悲壮感漂う声を出している。更にその横には小梅と虎鉄も一緒だ。

 虎鉄が何やら通訳をしているようで、ミケは俺に攻撃をしてこない。


 猫用シャンプーとかはないのでさっとぬるま湯で洗い流すだけだが、ここまで嫌がるものとはなぁ。

 あとはタオルで拭いて、ドライヤーで乾かすだけ。


「虎鉄。お前たちってドライヤーは平気か?」


 小桃の体を拭く間、揺れるタオルに猫パンチを繰り出していた虎鉄。あと小梅。

 俺の声に虎鉄が反応して、タオルに爪を引っかけたまま目を輝かせて聞き返してきた。


『どにゃいあー?』

「あぁ、ドライヤー知らないか。ちょっと待ってよ。セリスさんに借りてくるから」


 セリスさんの部屋のドアは少し開いていた。どうやら子猫用の隙間のようだな。それでも乙女の部屋だ。ノックしないわけにはいかない。


「セリスさん。ドライヤー借りてもいいかな?」

「え? ドライヤーですか? いいですけど――」


 その手にドライヤーを持ったセリスさんが出てくる。事情を説明すると「私やります!」っと目を輝かせて言った。

 うぅ。また良いとこどりしてポイントを稼ぐ気だな。


「小桃ぉ、乾かすよ~」


 に~っこりと笑みを浮かべてセリスさんがドライヤーのスイッチをONにした。


『みゃっ!?』

『にゃおんっ』

『ふぎゃっ!』


 子猫3匹が尻尾の毛をぶわっと逆立て、そして……

 全力疾走し始めた。


「え? こ、小桃っ」

「お、おい。お前ら落ち着けっ」

『どにゃいあーこわいっ。どにゃいあーこわい!』

「いやいや、大丈夫だって。温かい風が出るだけだから」

「体乾かさなきゃ風邪引くでしょっ」


 ただ走り回ってる虎鉄と小梅は無視して、セリスさんと二人で小桃を追いかける。

 ずるずるずるずるとフローリングの床を滑るように走り回る小桃。

 うあぁぁ、床がびちょびちょだぁ。


「小桃ぉ! そんなお転婆だと、嫁の貰い手が本当になくなるからな!」


 と叫びながらスライディングキャッチ!

 やっと捕まえたぜ!!


「セリスさん、今の内!」


 小桃を抱っこしてセリスさんを見ると、彼女は何故か固まっていた。


「セリスさん?」


 呼んでも返事がない。

 小桃の前足の肉球を彼女の頬にぺたりと充ててみる。


『みゃうぅ』

「セリスさん?」


 彼女の顔を覗き込むように近づくと、ビクんと体が震えて我に返ったようだった。

 何がどうした?


「セリスさん、何かあったのか?」

「い、いえっ。なんでもありませんっ。なんでもっ」


 そしてブオォォォっとドライヤーのスイッチを入れ、容赦なく最大火力で小桃を攻めていく。

 じたばたともがき苦しむ小桃。それを遠巻きにビクビク震えながら見ている虎鉄と小梅。

 ミケは……あぁ、尻尾の毛が逆立ってるな。でも小桃が心配でじっと耐えてるのか。


 ようやく全身の毛がほかほかになった頃、解放された小桃にミケが駆け寄る。そしてべろべろ舐め始める。

 おい、今乾かしたってのに……まぁいいか。


「セリスさん、助かったよ。ありがとう。まさかあんなに怖がるとは思わなかったな。それじゃあ俺はもう一回風呂に行ってくる……どうした? 暗い顔して」


 ドライヤーを握ったままどんよりとした雲を纏ったセリスさん。何かあったのだろうか?


「何か不安なことでもあるなら、相談に乗るよ?」


 その場に座り込んで彼女と目線を合わせると、何故かセリスさんは顔を赤らめこちらを見つめてくる。

 な、なんでしょうか? なんでそんな目で見るんでしょうか?

 お兄さんちょっとドキムネするんだけど。


「浅蔵さん……」

「は、はひっ」


 潤んだような瞳で見つめられると、心臓が跳ね上がる。

 ハーフの女の子って、なんでこう……綺麗なんだよ。


「お転婆は……お嫁に貰ってもらえませんか?」


 ・ ・ ・ 。


「え?」

「お転婆じゃダメなんですか? お淑やかな女の子が好みなんですか!?」

「えぇぇ……い、いや……この……好み?」 


 こくこくと力強く頷くセリスさん。

 あぁ、もしかしてさっきの小桃に言ったセリスを、自分に照らし合わせてしまったのか。

 セリスさんはまぁ、お淑やかというよりはお転婆寄りだもんな。


 でも大丈夫。

 世の中の男性陣の中にはお転婆な女の子が好みだって奴もいる。


「大丈夫! お転婆でもお嫁さんになれるさ」

「ほ、本当ですか?」


 お、元気復活?


「本当本当。世の中の男性の半分ぐらいはお転婆好きさきっと」

「よ……あさく――んだ」


 あれ? 復活しなかった?

 なんか、さっきより落ち込んじゃったな……。半分ぐらいってのがショックだったのかなぁ。

 うぅん。まぁ俺もお淑やかな女性よりは、セリスさんみたいな元気な子の方が付き合いやすいかなぁ。

 それに彼女は綺麗だし、あたふたしてる時なんかは可愛いし。ちょっとドジなところなんかは、萌えというか。


 あ、あれ?

 俺何言ってんだ。


「ドライヤー……片付けてきます……おやすみなさい」

「あ、う、うん。おやすみ。ま、また明日」

 

 とぼとぼと部屋へと帰る彼女の後姿。

 あぁ……今日のパジャマはショートパンツなのか……眩しいなぁ。


 本日二度目の風呂の中で、彼女のパジャマ姿を思い出していたら……のぼせてしまった。

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