第75話

「"分身"の術」


 忍術の『印』をイメージして手を組みポーズを決めると、白い煙が現れる。尚、手を組む必要はまったく無い。

 形だ。形が大事なんだ! このほうが絶対カッコいいと思う。うん。


『ふっ……今朝も気持ちのいい朝だ。さぁ、野菜たちの収穫に行こうか』

「……なんだ、この俺……」


 分身のスキルのレベル上げも兼ね、二人で収穫作業をすれば効率もいいだろうと使ったのだが。なんかこの俺、ナルシストっぽいんだけど。

 髪をかき上げ変なポーズをしたりしている。恥ずかしいから止めて。


「浅蔵さん。私も手伝いま――はぁん、浅蔵さんが二人になっとる」

「あ、うん……スキルのレベル上げをしようと思って」

『やぁセリス。今日も綺麗だね』

「き、綺麗っ」

「おい俺、止めろっ。そのスカした顔でセリスさんをナンパするの止めろ!」


 どうしてこうなった。

 あぁ、そういや分身スキルって、術を使うときの思考に影響するってあったな。

 まさか形が大事だとか、カッコいいとか……そういう事を考えていたからこうなったのか?


『セリス、一緒に行こうか』

「は、はい。浅蔵さん」

「ちょっちょっ、待った。セリスさん、しっかりしろ!」


 なんだこの分身俺。魅了スキルでも持ってるんじゃないだろうな!


「セリスさんは俺と行くっ。お前はあっちで化け野菜の収穫をしててくれ。いいな!」

『ふっ。任せたまえ俺』


 なんでいちいちポーズつけるんだよ。全部俺のせいなの?


「なんか変なもん出しちゃったなぁ。セリスさん大丈夫かい?」

「浅蔵さん……もう一回呼んでください」

「もう一回? 何を呼ぶんだい。まさか分身?」

「名前……私の名前」

「セリスさん?」


 魅了チャームが解けてない!?


「セリスさん、大丈夫か?」

「……違う」

「な、何が違うって?」


 セリスさんは訴えるような目で俺を見たが、何が違うのかさっぱり分からない。

 そのうち頬をぷぅーっと膨らませ、唇と尖らせ「もういいですっ」と拗ねてしまった。

 分からない……分からないよお兄さん。


 そんな彼女と二人、あと後ろから虎鉄が二本足でよちよちついて来て一緒に畑へと向かう。

 昨日、佐々木さんが帰った後、セリスさんと話し合って虎鉄を出すことに決めた。

 虎鉄を見た冒険家には「ケットシーの子供らしいんだ。だからすんなりテイム出来た」と適当な嘘をつくことも計画して。

 

 そして今日から晴れてお披露目となったわけだが――。


「ちょっ。浅蔵!? なんでお前こっちに居るんだよ。さっき向こうの畑に居ただろ!?」

「ん? 芳樹。どうしたんだ?」

「どうしたじゃねーよ浅蔵。お前、向こうの化け野菜畑で爆弾の収穫してたじゃねーか。ちょっと気味が悪いくらいキラキラしてたが」


 キ、キラキラ。また妙なスキルでも持ってるのかあの分身は。


「あっちのはスキルで出した分身なんだ。忍者物の分身スキルをゲットしたんでね」

「え? お、おい、それマジか? 忍術スキルもあったのかよ!?」


 芳樹の目が輝く。まぁ忍術って、浪漫だよな。

 この10年間でいろんなスキルの報告があって、それをまとめてるサイトなんてのも結構ある。

 ゴミスキルが8割を占める中、ゲームなんかに出てくる魔法や物理攻撃スキルもそのままこの世界にも実装されていた。

 最近になって、最初にゲットしたスキルがゴミではなく、有用スキルだった場合――その後ゲットするスキルも有用な確率が高いという噂もある。

 実際、俺が持ってるスキルは、一番最初が感知。そこから感知を克服する順応力に図鑑、サポート、エナジーチャージ、分身と、サポートは俺的にゴミでも、俺の周辺で行動する人にとっては神スキルだろう。

 確かに有用スキルのオンパレードだ。


 あれ?

 俺って実は凄い?


「分身見せてくれよっ」


 芳樹が羨望の眼差しで俺を見ている。

 ふ……忍術ってあるあると言われ続けて、まとめサイトにもまったく上がってこないスキルだったもんな。

 やっぱ俺って凄い!


「任せろ! "分身"の術!!」


 白煙から出てきたもうひとりの俺。


『はっはーっ。俺様が浅蔵豊だぜ! 芳樹、頭が高あぁい!』


 ・ ・ ・ 。


「なぁ浅蔵……こいつ、誰」

「えぇっと……俺?」

『俺様だ!』

「今度は俺俺浅蔵さんですか……キャラぶれ過ぎやなかと」


 うん。今度から分身するときは、平常心を心がけるよ。






 芳樹が省吾たちと合流して下層へと飛んだ。あいつら、『転移のオーブ』を持っていたのか。

 このオーブ。下層のボスからたまに出ると言われるアイテムで、転送スキルと同じ効果がある。ただし回数制限有。

 オーブの大きさで回数があるようだが、芳樹たちが持ってたのはビー玉位のサイズだった。元がどのくらいか分からないが、結構ブルジョア攻略してるなぁ。


 朝食後は家でのんびり子猫の相手をしてやる。


『あさくにゃー。読んでぇ』

「ん? 絵本か……これ、読むの?」

『にゃー』


 言葉を覚えさせるのと同時に文字が読めるように、その為に絵本が良いということで何冊か買って来て貰っていた。

 全部ひらがななので、覚えるのにはちょうどいいだろう。

 問題はそれを音読してやらなきゃいけないことで……。


「『み、みみちゃんは、あさが、だ……だいすきです』」

『みみみにゃんはあさがだだいしゅきです』

「『あ、あ、あー、あさは、ぽかぽかおひさまが……」

『あああーあにゃはぽかぽかおにしゃまが』


 恥ずかしくて裏返った声色まで真似される。だから余計に恥ずかしくってどもってしまう。

 そんな悪循環のまま1冊を読み終えると、セリスさんがダイニングテーブルの方で笑っているのが見えた。


『つにぃ、これにゃ』

「……セリスさんにお願いしなさい」


 そう言うと虎鉄は素直に『セルスにゃーん』と言って絵本を持って行く。

 笑った仕返しだ。

 なのに彼女ときたら、とくに恥ずかしがる素振りも見せず普通に音読しちゃってるし!

 なんかすごく負けた気がする。

 悔しいので小梅と小桃をもふって遊んだ。


 あぁそうだ。


「"分身"の術」


 煙が出て俺が二人になる。こうすれば小梅と小桃をそれぞれの俺で思いっきり遊ばせてやれる。

 そう思ったんだが……。


『ふぎゃーっ』

『にぎゃーっ』

『みぎゃーっ』

『シャーッ』


 小梅も小桃も、そして絵本を読んで貰っている虎鉄でさえ俺を恐れ逃げていき、ミケに怒られてしまった……。

 夕方まで三匹は俺を警戒して近づかなくなってしまった。とほほな1日だったな。 

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