第76話


 子猫も随分大きくなったな。子猫の成長は早いが、ダンジョンの中だと通常の10倍だからな。

 生後7日目。10倍なので70日――つまり二か月を過ぎたところだ。

 元気に走り回り、そして身軽だからかカーテンによじ登っては下りれないと鳴く三匹。

 そのうちカーテンを買いなおさなきゃなぁ。


 今日の夕方に会長が小梅と小桃を引き取りに来る。ミケはどうしようかね……。会長の話だと、成猫の里親探しは難しいらしい。

 まぁミケは普通の猫だ。成長速度も10倍じゃない。このままここで虎鉄と一緒に面倒を見てやってもいい。外に出れない虎鉄には、せめてかーちゃんと一緒にいさせてやりたい。

 最後だとばかりに子猫たちを家の外で遊ばせてやった。

 今日は大戸島さんも食堂の仕事を休んで、子猫と一緒に遊ぶ。武くんもちゃっかり傍に居る。


「外に出れたら、本当に成長速度戻るのかなぁ」

「その辺りは会長が里親探しする間面倒みてくれるっていうし、教えてくれるだろう」

「おじいちゃんに念を押しとかなきゃ」


 小梅と小桃は四本足で駆け回り、虎鉄は二本足で同じく駆け回る。三匹の前方には武くんが居て、彼は追いかけられていた。

 しかし彼は何で、ネズミの玩具をお尻から出して走っているんだ?


『みゃみゃっ』

『にゃんにゃんにゃん』

『まてにゃーっ』


 まぁ子猫さまは大変喜んでおられるようだし、いいんだけどね。


「タケちゃんがねぇ、猫用の玩具いっぱい買ってきてくれたのぉ」

「あのお尻のものは、ああやって使う物なのかい?」

「まっさか~」


 だよね。

 まぁ体力馬鹿の武くんについていける程、子猫の体力も無いだろう。

 数分もするとまず小梅が追いかけるのをやめ、小桃も飽きて小梅とじゃれはじめる。虎鉄は頑張ったが、10分は持たなかった。


『にゃー、ひー、にゃー、ひー。たけにゃん、凄いにゃ』

「はっはっは。俺はまだまだ行けるぜ。虎鉄、お前も男ならしっかり強くならなきゃな!」

『にゃふーっ』


 武くんにとって、後輩が出来たみたいなものなんだろうな。

 いつも俺とセリスさんにしごかれてるから、今度は虎鉄をしごこうって事か。 


『にゃっ。ぜりーにゃー』


 ゼリー? 突然興奮したように虎鉄が走り出す。

 もしかしてフェンスの向こうに居るスライムを見つけたのか?

 いや……でもここって食堂のすぐ横だし、フェンスまで数百メートルもあるはずだぞ。

 見えてるのか?


「ちょ、虎鉄ダメっす!」


 動物だし、遠くが見えるのかと思ったが、そうじゃない。

 武くんの慌てように前方を見ると、そこには確かに緑色のスライムが居た。しかもフェンスの内側だ。

 それに向かって虎鉄が走っているのだ。


「虎鉄っよせ! そいつはモンスターだっ。逃げろっ」


 俺も駆け出し、セリスさんと大戸島さんに小梅と小桃を捕まえるよう伝える。

 虎鉄は最近は二本足で歩いているが、四本足で走る方が早い。

 そして今、あいつは四本足だ。


「虎鉄!」

『にゃにゃーっ。もんふたーにゃら、あっしが成敗するにゃー』

「しなくていい! 俺がするからお前は――」


 必死に叫んだ。

 せっかく生まれてきたのに、こんな所で死なせて堪るか!

 いつも腰にぶら下げた鞭を手に持ち、構える――だがまだ遠い。

 なのに虎鉄はもう、スライムの目前に迫っていて。


 そして、跳んだ。


『奥義・爪とぎスラーッシュにゃっ』


 どこで覚えたそのセリフ!

 

 虎鉄は跳躍すると、ジャキンと爪を伸ばしスライムに向かって降下する。

 ジャキン……物凄くジャキンと伸ばして。


 ダンジョン猫。知能が高く、スキルの獲得も可能。


 図鑑にあったそんな文章を思い出した。

 思い出しながら、虎鉄がスライムに爪をたて、長く伸びたそれがスライムの核を切り刻むのを見た。






「じゃあ小梅と小桃は預かって行くけんの。母猫はどうするんじゃ? 儂が引き取ってもいいんじゃがな」

「虎鉄ちゃんが寂しがるからぁ」

『あっしがしゃみしがるにゃー』

「そうかそうか。虎鉄が寂しいでちゅかー」

『シャーッ』


 ミケはまだ、会長を許してないようだ。うちの子に触るなと怒っている。

 小梅と小桃は会長の秘書さんが猫用のバスケットに入れて抱えてくれていた。


「しかし虎鉄はさっそくスキルを習得しているとはのう。どのタイミングなんじゃ」

「さぁ、いつでしょう。人が減る時間にでも、虎鉄をステータス板に触らせようと思います」

『みゃーん』『にゃーん』


 秘書さんのバスケットの中で寂しそうな声を出す小梅と小桃。

 しゃがんで二匹にお別れを言う。


「小梅、小桃……たった9日間だったけど、楽しかったよ。お前たちと出会えて、お父さん・・・・嬉しかった」

「ぇ……浅蔵さん?」

「小梅、小桃……変な男に捕まるなよ! 結婚相手に選ぶ男は、ちゃんとまともな奴にしろ!」


 バスケットをがしっと掴み、中の二匹に力説する。


「浅蔵さぁん。なんだかおじいちゃんみたいで、ドン引きぃ~」

「浅蔵も儂の気持ちが分かったようじゃな」

『にゃ~。小梅も小桃も、強い男にしか興味ないって言ってるにゃー』


 そうか。小梅にも小桃にも好みがあるんだな。

 頑張っていい男捕まえろよ。


 二人と二匹がダンジョンを出た後、少し遅い時間になって虎鉄を連れ地上前のステータス板へとやってきた。

 セリスさんと大戸島さんは階段の途中で、武くんがダンジョンを出たところで見張ってくれている。


「虎鉄。この石板に触れてごらん」

『にゃ』


 触れるというよりは、そのままステータス板の上に乗っただけ。

 そして浮かび上がった虎鉄のステータスは――



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 虎鉄 ダンジョン猫  0歳

 レベル:1

 筋力:E  肉体:F  敏捷:B

 魔力:C  幸運:A

【スキル】

 奥義・爪とぎスラッシュ1


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 あの奥義は本当に奥義だった……。 

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