第170話

 桜の花を満喫した翌日。

 俺とセリス、そして虎鉄の二人と一匹は、ダンジョンからダンジョンへ出勤。

 14階は6割ほど進んでいたが、ここを進むのは手間取った。


『うにゃにゃにゃにゃにゃ。ざ、ざむいにゃ。じぬにゃぁ』

「虎鉄、来い」

『うにゃあぁぁ』


 ここは北極か、それとも南極かというほど、一面雪景色だけが広がる階層だ。

 普通に地図だけ見て進めば、方向感覚も狂う。

 俺には図鑑地図があるのでなんとかなっているが、案の定この階層で狩りをしている冒険家をまったく見ない。


 なんとか夕方までに15階の階段を見つけたが、その先に進む気力が俺たちにはなかった。


「温かい風呂に入りたい」

「同感です」

『こたつに入りたいにゃー』


 今日は少し早いが家に帰ろう。

 実際北極や南極のように、極端に気温が低いわけじゃない。

 触れる雪だって、冷たいのか冷たくないのか微妙なところだ。

 だけど目から入る情報は、俺たちにそこが極寒の地だと認識させる。


 福岡02に戻るとすぐ、まずは虎鉄がミケの待つこたつへと逃げ込んだ。

 俺とセリスは着替えを手に風呂へ向かう。

 今日はいつもより長めに浸かるとしよう。


「ん、浅蔵じゃないか」

「お、甲斐斗。お前、こっちに戻ってきていたのか?」


 大分の宇佐にいるとばかり思っていた甲斐斗が、まさか福岡02にいるとは。


「木下が、ホーリーレインという聖属性の魔法スキルをゲットしたんだ」

「ホー……おいおい、それ強すぎないか?」


 甲斐斗がはにかむような顔で笑った。


「ただゲットしたてだからな、まだ威力は弱い」

「まぁレベルが上がらなきゃ、お前らが潜るような階層のモンスターには通用しないだろう」

「宇佐は浅いから、スキルを成長させるにはちょうどいいんだよ。ただ俺がいるとそうもいかなくてね」


 紫電の甲斐斗。

 福岡の冒険家の中でも意外と名前が知られた奴で、変なあだ名も付けられている。

 あれこれ攻撃スキルを持っていない分、雷魔法二つを常に使い続けることで、結果としてこの二つがとんでもない威力になってしまった。

 だから──


「俺が一撃でモンスターを倒してしまうから、彼女のスキルレベルを上げさせてやれなくなっているんだよ」

「強すぎる男ってのも、後輩育成に向かないもんだな」

「まぁな。だから暫く俺は別行動をとることにしたんだ。宇佐ならあいつらが最下層に到達するまで、俺は必要ないだろうし」

「芳樹は納得したのかよ」

「させた。木下のスキルレベルを上げることで、パーティーの戦力アップにもなるんだしな」


 確かに高威力が期待できる魔法スキルだ。ある程度育てれば、当然だが今後の最下層攻略に役立つだろう。


「で、お前はここで何をしているんだ?」

「ん……ここなら風呂にもタダで入れる」


 今……間があった。


「風呂だけ?」

「……そ、そうだ」


 どもった!


 何かある。これは絶対なにかあるぞ!


「甲斐斗。お前は俺の親友のひとりだ。そして俺を救うためにこのダンジョンへと来てくれたんだ」

「お、おぅ……そ、そんなこともあったな。ハ、ハグするか?」

「いや、今は止めておこう。いろいろとマズい状況になると思うからな」


 全裸の男が風呂場でハグとか、誰得なんだよ。


「そうじゃなくって、甲斐斗。悩み事があるなら、俺に相談してくれよ」

「な、悩み? そんな風に見えるか?」

「見える!」

「そ、そうか……そう、だな」


 やっぱり悩みがあるんじゃないか!

 もしかして木下さんのためにとパーティーを抜けたことに関係があるのか?

 彼女のスキルが成長すれば、もう自分の居場所はないだろうとか、そんなことを考えているのか!?

 気持ちはわかる。

 俺だって木下さんのことを考えると、あそこに戻ろうとは思わない。戻れば彼女の居場所を奪ってしまいそうだから。

 最下層攻略では人数が必要だったし、俺たちのパーティーでは少なすぎるから合同攻略をしたが……。


「じ、実はな浅蔵」

「あぁ、なんでも言ってくれ!」


 甲斐斗が俺から視線を逸らし、そして──頬を赤くした。


 ん?


 んん?


 いや、なんだよこのシチュエーションは。


 宇佐から福岡に戻って来て、わざわざここにいる。

 福岡01ダンジョンで腕を磨くことだってできるだろう。他のパーティーだって甲斐斗のことを歓迎してくれるはず。

 そこで攻略階層を進めることだって、容易なはずだ。


 なのに──


 俺の自宅があるここにいる。

 難易度の低い福岡02ここに。


 ま、まさか……まさかなぁ、はははは。


「こ、恋をしたんだ」

「あああぁあぁぁぁぁっ!? 無理だあぁぁっ」

「む、無理なのか!? 好きな人でもいるっていうのか?」

「いる! というかお前も知ってるだろそんなことっ」

「知るわけがないだろう! 誰だよ、教えてくれ浅蔵!」


 こいつ、何をとぼけているんだっ。

 あぁ分かったよ。きっぱり諦めて貰うために言ってやるさ、大声でっ。


「セリスに決まってるだろ!」

「んなっ──」


 甲斐斗、撃沈。

 一瞬風呂に沈んだ後、がばぁっと起き上がって迫って来る。


「お、お前はそれでいいのか!」

「何訳の分からないこと言ってんだ。いいに決まっているだろ!」

「お前、自分の彼女がその……レ……」


 れ?


「ううう、上田さんと……ゆ、百合でもいいのかぁっ!?」


 ほわぃ?

 百合とはなんですか?

 あとなんで上田さんの名前が出てくるんだよ。


 

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