第2話
【福岡02ダンジョン最下層ボスモンスターを討伐したよ】
【討伐完了ボーナスとして『順応力』スキルを獲得したよ】
そんな声が頭の中で響き、俺の意識が復活した。
その声は人のそれではなく、機械的なボーカロイドの声。つまりダンジョンアナウンスだな。
どのくらい意識が飛んでいたんだ?
そうだ。後ろの子たちは――
「二人とも、大丈夫かい?」
後ろを振り向くと、後部座席には気を失ったままの二人の姿があった。
同時にガラス越しに見えたのは緑色の半透明な物体。
だがそれはじょじょに消えていき、それに比例して車の角度も変わっていく。
車は今、後ろを下にした状態――つまり垂直に立っている。それが段々と傾いて、だが地面に着くことは無かった。
壁にぶつかって斜めで止まったか。
「う、ううぅん」
「起きたかい?」
「ふわぁっ。な、何が起こったんですか!?」
「いったぁ。どうしたの?」
体を打ってはいるようだが、怪我などは特になさそうに見える。
大丈夫そうだが、さて、外はどうなっているんだ?
相変わらず謎光源でダンジョン内は明るいな。最初に福岡で生成されたダンジョンもそうだったし、どこも同じなんだろう。
見える範囲にモンスターは居ないし、俺の『感知』スキルにも反応は――無い。
とりあえず外に出て先ほどの緑色の正体を確かめよう。
斜めに立った車から降りるって……難しいんだよ。
なんとか地面に足を着けた瞬間。
【ダンジョン最下層まで60分以内に到達したよ。ボーナスとして『ダンジョン図鑑』スキルを獲得したよ】
先ほどと同じボーカロイドの声が聞こえた。
誰の趣味なのか、それとも誰でもないのか。ダンジョンでは日本では割と有名だったボーカロイドの声で、いろんなアナウンスが流れる仕組みになっている。
声は同一だが、その言語はそれぞれの国の母国語が使われている。
そしてこのアナウンスは、個人にしか聞こえない。
ダンジョン最下層に60分以内に到着。
いや、到着というよりは着地に近いだろ? だって車ごと落下したんだからさ。
意識を取り戻すきっかけとなったアナウンスでは、ボスモンスターがどうこう言っていたはずだ。
まさかさっき車内から見た緑色の半透明な奴って……。
車の周辺を探して、それらしき残留物を発見。
それは緑色のゼリー体。
それこそカップゼリー程度の物が、今この瞬間に消えてなくなった。
「スライム……だったのか?」
スライム。ゲームでもファンタジー小説でも有名なモンスター代表だが、ダンジョンが生成されるようになってから実在するモンスターとなった。
特に目や口がある訳でもなく、ただただぶよんとしたゼリーだが、その中には核が一つある。
唯一半透明ではないその核を潰すことで、スライムは倒すことが出来る。
弱小モンスターのように思われがちだが、それは上層階層に出るスライムだけだ。
下層に出現するスライムの多くは、その体内は酸性であり、迂闊に手を突っ込めば火傷を負う。火傷で済めばいいことだってある。
下手をすると溶けるのだ。手が。もちろん武器を使って核を潰そうとしても同様に溶ける。
見た目に反してかなりヤバいモンスターだったりするんだよな。
今回、車を丸飲みするほど巨大なスライムに突っ込んだみたいだが、たまたま核を潰したんだろう。
俺の愛車……まだローン残ってんのに、もうボロボロだぜ。
車体はあちこち溶けかかってるし、下手すると俺たち三人、揃ってあの世行きだったかもしれない。
車へと戻ると、二人が不安そうな顔で俺を見た。
「落ち着いて聞いてくれ。俺たちはダンジョン生成に巻き込まれて、ここは新しく出来たダンジョンの最下層だ」
ボーカロイドの声ではここが最下層だと言っていたが、何階かまでは言わなかった。
生成されたダンジョンの規模などはまちまちで、ここがどのくらいの規模なのかは分からない。
出来れば15階程度の小規模ダンジョンであって欲しい。
「ダンジョンの中……なんですか?」
ブロンド美少女の言葉に、俺は頷いて答えた。
その途端、もうひとりの少女の顔が青ざめる。
極々自然な反応だ。
仕方ないさ。これまで生成されたダンジョン数は世界規模で言えば数百。
その中でダンジョン生成に巻き込まれた人類は何万人と居るだろうが、誰一人として帰還したというニュースは耳にしない。
ダンジョン生成に巻き込まれたとは、すなわち死を意味するようなもの。
「なんとか地上に出ることを考えよう。まずは車から出よう」
エンジン部分にスライムが入ったのか、キーを回してもエンジンは掛からない。
歩くしかないなぁ。
「あの、上には行けませんか?」
「上?」
ブロンドの子が上――フロントガラスの先を指差す。
おぉ!? 穴が開いてるぞ。
つまり俺たちが車ごとぶち抜いた穴か。
その穴の向こうにはフェンスのようなものが見える。もしかしてホームセンターの駐車場か?
これならもしかして――。
「後部座席の足元にリュックは無いかな? 俺の荷物なんだけど」
「リュック……あ、ありました」
ブロンドの子からリュクを受け取ると中身を確認。
よし。あるある。
愛用の鞭!
これを趣味以外で使うのって、何年ぶりだろうな。
「む、鞭なんて持ち歩いているんですか!?」
「こういうご時世だからね。武器は常に自宅と車、あと社内の机の中に置いてあるんだ」
「鞭を自宅と会社にも……」
あれ? なんでこのブロンドの子はドン引きしているんだ?
今どき冒険家で無い人でも、武器になる物を身近に置いてる人は珍しくないだろうに。
まぁ学生だし、理解できないこともあるんだろう。
ふふ。俺の華麗な鞭捌きを見れば、こいつのありがたみも分かるってもんさ。
SUVの愛車のボンネットへと上り、そこからヒュっと鞭をしならせる。
よしよし。フェンスに巻き付いたぞ。
「凄いっ」
車内から見ていたのか、ブロンドの彼女が感嘆な声を上げた。
そうだろうそうだろう。鞭は万能なんだぞー。
彼のインディー・ジョーンズ愛用なんだからな。
念のため引っ張って外れないか確かめてみるが、うん、大丈夫そうだ。
「ここから上の階に上がろう。運が良ければホームセンターの建物があるかもしれない」
あればそこに逃げ込み、救助が来るのを待つというのも手だ。
車内から二人が――ブロンドの子がもうひとりを引っ張り上げる形で出てくる。どうやらあっちの子の落ち込みが酷いな。無理も無い。
だがダンジョンで気を落とすなんてのは、これから自殺しますと言っているようなもの。
何としてでも元気を取り戻して貰わなきゃな。
「生きて地上へと出るために大事な事がある」
俺はそう言い、彼女たちに手を差し出す。
「絶対に諦めないことだ」
俺は出来るだけ、ここ一番の笑顔で二人の手を引いた。
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