第3話
現代文明にダンジョンが現れてから10年。
俺の両親と姉は、その10年前に生成された福岡ダンジョンに飲み込まれ帰ってこなかった。
同じ中学に通う友人の中にも、俺と同じように家族を失った奴が多い。
そんな友人たちと、高校を卒業と同時にダンジョン攻略に乗り出した。
世界を変えてしまったダンジョンを、この世界から消滅させる手段を探して。
人間誰もが人生で最初にダンジョンへ足を踏み入れた時、スキルを授かると言う仕様になっている。
中にはゴミのような、どうでもいいスキルも多く――いや寧ろゴミの方が多く、誰もが冒険家になれる訳ではなかった。
20数人の友人らと福岡ダンジョンへ行き、戦闘系スキルを授かったのは7人。これでも確率としては非常に良い方だった。
「俺が授かったのは『感知』という、自分を中心とした範囲内にモンスターが入ると、それを察知できるスキルだ」
「それって良いスキルなんじゃないですか?」
「そうだね。当たりスキルの一つだよ」
今俺は、女子高生二人と一緒にホームセンターへと避難してきている。
鞭をロープ代わりに使って上の階へと上ると、予想通り目の前はホームセンターの駐車場で。その向こうにはホームセンターの建物があった。
店から脚立を持ち出し、穴をそのまま上に向かうのも有だなと思ったが、世の中そう甘くはなかった。
俺たちが鞭をよじ登る間にも穴が塞がり始め――結果、俺たち3人は無事に上の階へと上れたが、大事な鞭を失ってしまったのだ。
あぁ……俺の愛しい鞭……。
「まぁこの感知スキルというのが、アクティブスキルではなく、パッシブスキルだったのがちょっと痛いところなんだよ」
「アクティブ?」
「あぁ、そうだね……オンラインゲーム経験があると分かる単語だったんだけど……アクティブっていうのが、自分の意志で発動させるスキルのことだ。パッシブっていうのは、常に発動しっぱなし効果のスキルの事だよ」
「へぇ。でもそれだと尚良いスキルなんじゃ?」
ブロンドの彼女が言う通り、モンスターの気配を察知する系スキルの中では、一番重宝されているらしい。
なんせ常に発動しっぱなしなのだから。
だけど言い換えると、自分の意志に反して常にモンスターの気配を感じなければならないということになる。
しかもこのスキル、壁や遮蔽物を無視して察知できるため、遭遇する危険性の無いモンスターも感じ取ってしまうという。
正直、ダンジョンに入ってから心が休まる暇も無かったよ。そのせいで俺の精神はむし蝕まれ、ボロボロになって最後は仲間に泣きながら冒険家を止めさせてくれと懇願することになったのだから。
――と、ここまで話すのは流石に恥ずかしく、俺は適当に怪我が原因で冒険家を引退しただのなんだのと誤魔化した。
「まぁ少しの間だったけど、冒険家としてダンジョン攻略した経験もある。2人にアドバイスできることもあるだろうし、なんとか3人で協力して生き延びよう」
「はい……」
「ほ、本当に、帰れるんですかぁ?」
ずっと怯えっぱなしだった子も、俺が元冒険家だと聞いて少しは目に光が戻ったようだったけど。それでもまだ不安なようだ。
本音で言えば、俺にだって不安はある。
そもそもここが何階なのかも分からないし、階層が分からないという事は敵の強さも分からないのだから。
けどそんなこと、微塵も口には出来ない。
口にすれば二人が不安と恐怖で押しつぶされてしまうだろう。
大人として、男として、そして元冒険家として。
なんとしてでも3人揃って地上に出て見せる!
「大丈夫。あぁ、そうだ。まだ自己紹介してなかったな。俺は浅蔵豊。冒険家レベルは7だ」
下の階のボスモンスターを倒しているから、レベルは上がっているかもしれない。
ダンジョンが出来て、能力を数値化したステータスというのが見れるようになったが……そのステータスはダンジョン入り口や、各階層入り口に設置された石板に触れなきゃ見ることが出来ないんだよな。
石碑には階層も書かれているから、出来れば階段を見つけたい。
とはいえ、今はまだ動くわけにはいかないな。
「私はセリス・時籐。高校3年生です」
「わ、私は大戸島瑠璃。セリスちゃんと同じ高校の3年生です」
「セリス? えっと、ハーフかい?」
ブロンドの彼女が頷く。お母さんがスウェーデン出身らしい。
なるほど。この髪は染めているのではなく、地毛だったのか。納得。
まずは3人でこのホームセンターで暮らせる環境を作らなきゃならないな。
まぁここにはありとあらゆる物が揃っているから困ることは無いだろう。
「救助を待つにしろ自力脱出するにしろ、まずはゆっくり休める空間を作ろう。ダンジョン内では疲労も命取りだ。休めるときにゆっくり休んでおきたい」
「わ、分かりました。どうすればいいですか?」
セリスさんの方は積極的に動いてくれそうだ。大戸島さんの方も少しずつだが、落ち着きを取り戻しているように見える。
しかし大戸島か……。
冒険家を止めたとき、友人に紹介されて入った会社が大戸島グループの下請けなんだよな。
ちょっと珍しい名前だけど……いやいや、まさかね。
「よし。まずは明かりを確保しよう。幸いここはホームセンターだ。懐中電灯にも乾電池にも困ることは無いからね」
「言えてますね」
「でもお店の中は暗くないですかぁ?」
「スマホ、持ってるかい?」
「あ……そっか。ライト機能をONにすればいいんですね」
そういう事だ。
3人でスマホを取り出し、それぞれをかざしてライトを点灯。
この明かりを頼りにバックヤードから店内へと入る。
「うわぁ、真っ暗ぁ」
「ホームセンターってほとんど窓とかないけん、しょうがないわよ」
「そうだね。まぁ俺はここの店に月1、2回来てるから、売り場はだいたい覚えてるよ。懐中電灯はあっちで、乾電池はレジ横に行けばいい」
二人には乾電池を頼み、俺は懐中電灯を物色。
買い物カゴ片手にLEDのランタン型を入るだけ入れてレジの方へ。
2人と合流してバックヤードへと戻った。
「店内で生活場所を作るより、バックヤードのほうが表からも遠いし、裏手はすぐ壁だったから安全だと思う」
そういう理由でバックヤードを当面の住居として使うことにした。
まずは明かりを点け、周囲を片付ける作業からだ。
ベッドを置けるスペースと、食事を作る&食べるスペースがあればそれでいい。
在庫として置かれた卓上テーブルを運んできて、14000円のちょっとお高い座椅子を三つ置く。
「ソファーも持って来ていいですか? 寛ぐなら座椅子よりソファー派なんで」
「おお、いいと思います。ソファーかぁ……憧れるよなぁ」
俺はワンルームのアパートで独り暮らしだ。ソファーを置くスペースなんて無い。
大画面テレビをソファーに座って見る。憧れるよなぁ。
そんな妄想が顔に出たのか、気づけば二人がくすくすと笑ってこちらを見ているじゃないか。
やだもう恥ずかしい。
笑顔が零れたことで大戸島さんの気もまぎれたのだろう。
それからは作業がはかどり、直ぐに生活空間は完成した。
女の子二人が寝るベッドはハンガーラックを使ってカーテンを着け、これでまぁ俺からは二人の寝顔が見えない程度にはした。
俺はもちろんオープンだ。寝顔を見られて恥ずかしいなんてガラでもない。
売り場からカセットコンロ二つとガスボンベ、鍋なんかも持って来て長机に置けば簡易キッチンの完成だ。
「ホームセンターとはいえ、レンチンのご飯やインスタントの汁物、ラーメンもある。栄養の偏りはあるだろうけど、俺たち3人なら2、3か月は暮らせるぞ」
「そ、そんなに長い間ここで暮らすんですか!?」
「まぁ物の例えだよ。それぐらい食料の心配は無いってこと」
「そ、そうですよね……」
大戸島さんには悪いけど……もしかするとそれぐらい滞在する可能性もある。
ここが何階層かにもよりけりなんだよな。
もし10階より深いようだと、自力での脱出は厳しい。
俺だって福岡の初代ダンジョンでは6階層までしか潜ったことが無いんだ。
感知スキルで極力戦闘を避け進むなら、それよりもう少し下まで潜れるだろう。とはいえ避けられない戦闘だってある。
10階層より下だとモンスターが強すぎて、避けられない場面に遭遇した時逃げ切れる自信はない。
そうなると……冒険家が下りてきて俺たちを見つけてくれることに期待するしかないんだよな。
その場合、階層があまりにも深い場合は、冒険家がたどり着く前に……餓死……なんてのも……。
「どうかしたと浅蔵さん?」
「え? あ、いや、水や食器も持ってこなきゃなと考えてたんだ。出来ればスチールラックでそういった物を置く場所もあった方がいいかなってさ」
「食器より紙皿のほうがよくないですか? ほら、水は貴重ですし、洗うのに使うのは勿体ないけん」
確かにそうだな。紙コップも紙皿も幾らでもあるんだし。
そう思えばこの季節でよかったかもしれない。
7月の夏休み直前で。
「そういえばバーベキューコーナーもあったはず。そこからガッツリ取って来るか。ついでにスチールラックも」
組み立てるのが面倒だし、売り場に展示してあるやつを持って来よう。
そうこうするうちに時刻は昼。
「日本の文化、お中元って素晴らしいと思わないかい?」
「主に缶詰ですね」
「レトルトのカレーやぁ、真空パックのお肉もありましたよ~」
日本人でよかったと心底思いながら、俺たちは福岡人気店監修のレトルトカレーを美味しく頂いた。
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