第33話
階段を上って感じたことは――前日まで感知できた蟻の数が圧倒的に少なくなっている事。
その前なんかは数が多すぎてか、気配はしてもその数は把握出来ない程だった。
それが今はどうだ。
感知できるのは20匹前後。しかも蟻塚から出てこようとしない。
両手に液体の駆除剤を持ち、階段から駆け出し蟻塚へと向かう。ここに来て初めてその根元を見たが、直径1メートルほどの穴がそこにはあった。
「ここから出てきていたんだな。さぁ、喉が渇いただろう?」
どぼどぼと駆除液を二本同時に流し込んでいく。
背後にもモンスターを感知しているが、こちらも動かない。感知しているということはまだ生きているという事だ。
くるりと振り向きその姿を確認すると、見るからに女王蟻そのものと言った巨大な姿があった。
無視して走り去るか?
そう思ったが、俺が出てきたことで女王はご立腹らしい。
『ギギ、ギチチッ』
大きく膨れた腹を引きずるようにしてこちらへと向かって来る。
このままだと二人が階段から上がってこれないな。
階段から引き離すために囮になるが、遠くまで行けば他の蟻塚から元気な奴らも出て来てしまう。
そうなる前に自転車で走り去りたかったんだが。
倒すしかないか。
「女王蟻は倒す! 雑魚が出てくるようならいったん階段まで避難だっ」
階段を駆け上がって来る二人に声を掛け、女王蟻を再び階段付近へと誘導する。
いつでも逃げられるようにだ。
まずは中身を入れ替えた大戸島さんのポケットが広げられる。そこには電動工具系があり、俺はチェーンソーを取り出した。
バッテリーの使用時間は15分前後と短い。チェーンソーだけでも5台持って来たが、短期決戦が求められる。
流石に女の子にチェーンソーでモンスターをぶった切れってのは酷だし、二人には蟻撃退溶剤を女王蟻にぶちまけて貰うことになっていた。
女王蟻の動きはのろく、時折眩暈を起こすのかふらふらしている。
くっくっく。効いてるぞ。駆除菓子が効いてる!
「はっはーっ! さぁ、ゴリゴリ行くぞ!」
電源を入れると振動が伝わり、チュイーンっとなんとも痛い音が鳴る。歯医者のあの音を大音量にした感じだ。
さぁ、切れ味はどうかな?
いきなり胴体から行って刃が折れたりするのは怖い。まずは比較的細い足から行こう。
チュイーンっと豪快な音を響かせ奴の足元へと回り込む。
セリスさんが注意を引こうと、薙刀で奴の正面へと回り込んだ。
図鑑にあった女王蟻の説明には、その強靭な顎でなんでも噛み砕く――とだけあった。
「気をつけろ!」
「大丈夫たいっ」
足を一本でも切り取ればバランスを崩すだろう。こういう時は巨体が仇となる。
ゴリゴリと刃を押し当てると、そこから緑色の体液が噴出した。
『ギギィイィィッ』
もうちょい!
よし、切れた!!
ひと際大きな声で悲鳴を上げた女王蟻は、上体を起こし、狂ったように暴れ始めた。
「セリスさん!?」
奴の正面で戦っていたセリスさんが慌てて横っ跳び――えぇ!?
い、今、めちゃくちゃ跳ばなかったか?
走り幅跳びみたく助走があった訳でもない。幅跳びのフォームでもなく、普通に横にジャンプしただけだ。なのに3メートル以上は跳ばなかったか?
あ、あれがスキル効果!?
跳んだ当の本人も驚いているようだ。
「こ、これなら」
セリスさんが跳んだ!
右に左に、女王蟻をかく乱させるようにピョンピョン跳ねる。まるで兎のようだ。
だがその距離が長い。故に女王蟻が右に左に顔を動かし、動きについて行くので必死だ。
「はぁっ!」
セリスさんは薙刀を構え、刃先を奴の関節へと突き立てる。硬いのか、刺さったようには見えない。
『ギギッ』
彼女を踏みつぶそうと女王蟻が前足を持ち上げる。
『ギッ』
だがその動きが一瞬止まった。持ち上げた前足は今しがた、セリスさんが薙刀を突き刺した部位だ。
切断には至ってないが、痛みを与えるには十分だったらしい。
その隙を俺は見逃さない。
間近で見て分かったのは、頭部や上体は硬い皮膚で覆われているが、腹部はそうではない。
女王蟻なんだから卵をじゃんじゃん産むんだろうし、硬くては産み落とすのに不便なんだろう。
その腹に向かってチェーンソーを唸らせた!
チュイーンっと音を立て回転した刃は、奴の腹を僅かに裂いてガガガガと鈍い音を発する。
くっ。さっき足を一本切断したところで刃こぼれしていたのか。
歪んだ刃のせいで鋭さが極端に低下し、上手く奴の腹を裂けきれない。
次のチェーンソーだ!
新しい物に持ち替えいっきに奴の下へ。
大戸島さんは大丈夫かと見て見れば、近くの蟻塚に駆除液をぶちまけ雑魚が出てくるのを防いでくれている。
よし。これで決めるぞ!
兎のようにピョンピョン飛び跳ねるセリスさんが女王蟻をかく乱。
奴に気づかれることなく俺はその腹元まで到着し、手にした二代目チェーンソーの電源を入れた。
ぶじゅる。
そんな嫌な音と共にどばっと溢れ出る緑色の液体と内容物。
ぐむ……これはちょっときつい。俺の順応力よ、育て!
込み上げてくる物を押さえチェーンソーを横一閃に薙ぎ払う!
どばばっっと周囲に飛び散るピーな物。そして離れた所から「いやぁーっ」「気持ち悪いぃ~」と叫ぶ女子の声が。
俺、その気持ち悪い物を目の前で見ているんですけど。なんなら少し被りましたよ?
『ギ……ギギ……』
助けを求めているのか、女王は蟻塚に前足を伸ばす。
だがそこから兵隊蟻が出てくることは無い。
戦闘開始前に比べても、感知できる蟻の数は減っていた。
その残り少ない兵隊蟻は俺や大戸島さんがどぼどぼ注ぎ込む液体に恐怖し、穴から出て来れないのだ。
「止めだ!」
力なく体を横たえた女王の首――頭部と胸部の間にある関節に向かって、奴の背後からチェーンソーを滑り込ませる。
ギュイーンゴリゴリと嫌な音が響き、遂に女王の頭部がゴトリと落ちた。
その瞬間――
【福岡02ダンジョン20階層ボスモンスターを討伐したよ】
【討伐完了ボーナスとして『サポート』スキルを獲得したよ】
軽いノリのボーカロイドの声が頭に響く。少しの眩暈も有。
「急いでここから離れるぞ!」
「は、はい!」
行動開始前、事前に自転車を階段上まで運んでおいた。
大戸島さんも既にダンボールを折り畳み、ポケットは服に張り付け自転車に跨っている。
女王を倒してしまえば立ちはだかる邪魔者は居ない。次に脅威になるのはまだ元気な兵隊蟻たちだ。
急いでここから離れ、20階をクリアしたい。
幸いここは荒野。オフロードバイクの天下だぜ!
感知の反応が少ない方向を選んで自転車を走らせること数十分。
「階段付近に蟻塚が集中していただけで、他はそうでもないな」
「そうですね。ポツンと見える程度で、蟻の姿も少ないし」
「それに~、なんか小さくないですか~?」
「ぁ、それなんだけどね」
自転車を漕ぐスピードを緩め、図鑑の地図を確認しながら走らせる。そのページを捲ってモンスターページを開いた。
この20階層に生息するモンスター3種目は『働き蟻』。
兵隊蟻が大型犬より若干大きいのに対し、働き蟻のほうは中型犬並み。
働き蟻のほうが数は多いのだろうが、たぶんこの広い階層単位で見れば割合は断トツだろう。なんせ女王蟻が居た階段周辺以外で奴らを見かけないからな。
もしかすると女王蟻がポップしたところにしか沸かないのかもしれない。
広い、ただただ広いこの荒野のあちこちに働き蟻たちが居る。広範囲に分布しているせいで、まとまった数を目にすることは無い。
特に倒すこともせず、俺たちは荒野を進んだ。
こういった階層丸ごと壁の無い空間だと、野宿はしたくない。四方八方から囲まれる可能性が十分過ぎるからな。
「地図を見て下り階段から離れる方向に進めば、上り階段も見つけやすいと思う」
その考えは当たったようで、昼過ぎには19階へと上る階段を発見した。
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