第34話
「ここは……町……ですか?」
階段に到着したのが早かったのもあって、俺たちは19階のマップ埋めをするため上がって来た。
セリスさんが唖然とするのも無理はない。
19階に上ると、まずそこはトンネルだった。普通のトンネルなのだ。
足元はアスファルトで、立っていた場所は車道。脇にはガードレールがあって、その向こう側は歩道だ。
警戒しつつトンネルを抜けると、極々普通の街並みが広がっていた。
真っすぐ伸びた道路。その両脇には住宅がある。上を見上げれば青い空に白い雲、そして電線だってあった。
ただ、町を歩く住民の姿はどこにもない。モンスターの姿さえ。
まぁ感知はしているんだ。そして感知は家の中からっていう。
「ゴーストタウンみたいですね……」
「誰か住んでたりするんですかね~」
「まぁ……モンスターがね。うん」
22階のように徘徊しているモンスターが少ないのなら、住宅は無視して進めばいい。
自転車でアスファルトの上を走り、地図を確認しながら進んで行く。
おっと、道路にモンスターの気配を感知っと。
角を曲がった先に一体のモンスターを発見した。
「いやあぁぁぁっ」
「きゃあぁ~っ」
『あ゛ぁ』
なるほど……ここが街並み構造なのは、こういう演出の為か。
『あ゛ぼぁ』
ずるり、ずるりと歩いてくるのは中年女性だが、その体はあちこち腐敗している。
そう。これはゾンビだ。
俺も別の福岡ダンジョンでゾンビを見たことがあるが、極々普通の洞窟タイプでだ。姿形はほぼ統一された、RPGゲームで見るようなゾンビだった。
だけど今こちらへやって来るゾンビは、俺の知るソレと全く違う容姿をしている。
ダンジョンによってタイプが異なるのだろうか。
ぼろぼろであちこち破れた衣服に、足元にはヒールまで履いている。OLっぽい感じか。
「足は遅いから横をすり抜けられるけど、どうする?」
「い、嫌です!」
「噛みつかれたらゾンビになっちゃいますよぉ」
「いや、ならないから」
そう。噛みつかれてもゾンビにはならない。その辺はホラー映画の設定であって、現実世界のゾンビは人を襲うだけ。ウィルスとかその手のものは無い。
ただ稀に噛みつかれると呪われて、放置しておくと徐々に生命力を奪われるなんてことはある。それで死亡しても蘇ったりはしない。
「じゃあ他の道を行くか」
ゾンビを放置して別の道を進む。うん。感知の大半は住宅内だな。
これ、感知や探知スキル持ちが居ない場合、気になって中に入ったらうぼぁーって襲われるパターンか。
ちょいちょいと徘徊するゾンビの姿を見るが、嫌ぁ~な事に全て外見が違う。
まるで町の住民が全員してゾンビになりました的な……そんな演出をしているようだ。
まさか、噛みつかれてゾンビになったりしないよな?
どことなく不安を感じる中、徘徊するゾンビを避け進んで行くと――。
「浅蔵さぁん。なんか声しませんかぁ?」
「え? ――してるかも?」
遠くでしゃくりあげるような音というか、声が聞こえてくる。
まさか生存者か!?
3人で声のする方へと向かうが、立ち並ぶ家々にはモンスターの気配が。
なんだろう……どうにも嫌な予感がする。
二人を呼び止めるべきか――そう思ったが、それより早く声の主を発見。
小さな女の子だ。7、8歳だろうか、ぬいぐるみを抱いて蹲っている。
「もう大丈夫やけんね」
「よかった~。他にも無事な人居たんだねぇ。他の大人の人とか居るぅ?」
居る訳ない。居たとしてこんな小さな子をひとり置いてどこかに行くのか?
ダンジョン生成から一か月以上経っているんだ。もしその子が生存者だとして、こんな所で泣くことの危険だってもう分かってるだろう。
「二人とも、その子から離れて自転車に乗れ!」
「え? でもこの子どうすると?」
セリスさんが俺の方に振り向いた時だ。
『うわあぁぁぁぁんっ』
女の子が大きな声を上げ泣き始めた。
「ど、どうしたの? 大丈夫だよぉ。泣かないでぇ」
「二人とも早くしろ!」
「浅蔵さんっ。そんな大声出さなくって――ひっ」
遅かった。
泣き叫ぶ声を聞きつけてなのか、それが合図なのか――周辺の家々のドアが開かれ、中から続々とゾンビが姿を現す。
『うわぁあぁぁぁんっ』
そう泣き叫ぶ女の子は、よく見ると人形だ。22階のあのマネキンメイド達と同じ造りをしている。
「罠だ! 逃げるぞっ」
「ふえぇっ」
「もうやだぁ~っ」
慌てて自転車に跨る二人が走り出してから俺もペダルを漕ぐ。
ゾンビの動きが遅いのは幸いしたんだろう。なんとかギリギリ逃げ切ることに成功――と思ったのも束の間。
『うわああぁぁあぁぁぁぁんっ』
あの人形が更に大音量で泣き始め、逃げる先の家々からも続々とゾンビたちが溢れ出してくる。
マズい……階段からどんどん離れて行ってるぞ。
だけど引き返す事は出来ないし、とにかく逃げるしかないっ。
右だ左だと指示しながら、少しでも感知に反応する数が少ない方へと進んで行く。
暫く自転車を走らせると、ようやく背後から迫るゾンビの群れともおさらば。
あれ、自転車じゃなくて徒歩だったらどうなっていたことか。
なんだこれ……下の階層の方が難易度低くないか?
まぁぶっちゃけあの女の子に関わらなければ良かったんだろうけども。
「階段に戻ろうか」
そう二人に声を掛けるが、返事はなく、ただ小さく頷くのみだった。
よっぽど堪えたんだろうな。まぁ俺も流石にあれは気持ち悪かったよ。
スーツ姿のサラリーマン風のゾンビ。エプロンを着けた主婦のゾンビ。これからジョギングですかというような格好のも居れば、学生服姿のゾンビもいた。
老若男女揃いぶみで、実際の人間がゾンビ化したのかと思う程。
違うよな……あの日、このダンジョン生成に巻き込まれた人たちの成れの果てなんてこと……無い、よな。
図鑑の地図を確認し、来た道を引き返すのは危険だろうから、まだ表示されてないルートから戻る道を探す。
すると辺りが暗くなりはじめ……え? ダンジョンが暗く?
見上げた空は赤く染まり始めていた。
「暗くなる前に階段まで戻らなきゃ……でも……」
無茶苦茶に走り回ったのもあって、かなり遠くまで来ていた。
気配の無い家に逃げ込むか?
逃げ込むなら角の家がいい。あと塀があるともっといい。
そんな家を探してキョロキョロしていると、一か所だけ異様な光景が広がっていた。
住宅の中にポツンと現れた店舗。
区画割など完全無視したその店に、俺は見覚えがあった。
「これ……北区のホームセンターじゃないか?」
24階にある第二の我が家とも言えるホームセンターは西区。
そして目の前にあるここ北区のホームセンターで、
『ウケケケケ』
『ヒェ~ッヒェッヒェ』
『モッキャー』
とても愉快な化け野菜たちが出迎えてくれた。
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