第167話
「え? あ、相部屋なん?」
冒険家が寝泊まり出来る、協会施設。
三階建てのプレハブ小屋だが、それぞれの部屋を隔てる壁は厚めだ。隣の部屋のいびきが五月蠅い──なんてこともそれほどにはない。
一部屋に二段ベッドが四つ。つまり8人部屋になっている。
パーティー単位で借りることもできるが、利用者が5人未満だと強制的に相部屋にされる。
俺とセリス、虎鉄はまだ一緒のベッドで寝るから人数には計算されないし、そもそも二人で一緒の部屋ってのもマズいだろう。
そ、そそ、そりゃあ俺たちー、こ、ここここ恋人、恋人だけどさー。
「ま、まぁ、基本的には寝るだけの部屋だと割り切って。車があれば少し遠くのビジネスホテルにでも行くんだけどさ」
「でもそれやったら、疲れて帰って来た時は大変やろ? 寝泊まりするだけやけん、相部屋でもいいばい」
「同じ部屋で寝泊まりする人も、毎日同じって訳じゃないから」
「そうなんや。あ、そうか。深く潜ってダンジョン内で野宿する人もおるもんね」
「そういうこと」
お互い別々の部屋に分かれ、まずは身支度を済ませる。
ベッドの脇にはロッカーもあって、ダンジョン内に必要のないものはそこに入れて鍵を掛けておく。
まぁ俺は図鑑転移があるので毎晩ここに戻って来れるし、余分な着替えなんかは必要ないだろう。
それでも中で汚れることはあるだろうから、一式だけは持っていく。
予備の鞭。コピーした盾。ポーションをポケットに入れて一階へ。
一階には食堂がある。弁当屋とパン屋もだ。
すぐにセリスと合流して、
「昼食をここで買って行こう。夜はどうする?」
「とりあえず買っていきましょうか? 地図はあるけん、下の階層に下りるだけなんよね?」
「そうだね。正確な地図ではないが、修正に修正を重ねたバージョンを貰っているから、ほぼ迷うことはないだろう」
『おやつも必要にゃっ』
「お前のおやつはポケットに入ってるって」
虎鉄用のご飯とお皿、それにおやつの猫用いりこや鰹節、ジャーキーも持って来てある。
なかなか豪勢だと思うぞ。
それを聞いて虎鉄が目をにんまりして『にゃ~』と鳴いた。
その瞬間、周りから「可愛い~」という声が上がる。
すると虎鉄は気分を良くして、右を見ては『にゃ~』。左を見ては『にゃ~』と、愛想振りまくり。
まったく、こいつは世渡り上手だよな。
昼食用にパンを、夕食用に弁当を買っていざダンジョンへ。
「冒険家登録カードは持っているね?」
「ちゃんと持って来とるばい」
『あっしは?』
「お前はないの」
『そんにゃ~』
ゲートにカードをかざすだけの、電車の改札口を同じ仕組み。
地下一階に下りて、まずは地図を広げた。
「ここも草原なんやね」
「どこのダンジョンでも、一階はオープンフィールドがほとんどなんだよ。それも草原が高確率だな。んー、あっちか」
図鑑の地図と協会で貰った地図。向きを確認して、階段のある方向へと真っすぐ進む。
もちろん、自転車で。
「自転車を持って来て正解だったな」
「そうやねぇ。歩いとったら、時間かかりますもんねぇ」
『にゃー。みんなビックリしてあっしらを見てるにゃよ。なんでにゃか?』
そりゃあお前。誰も自転車でダンジョンを攻略しようなんて奴がいないからだろう。
これが出来るのはアイテムボックス系装備を持っている者だけだ。
今だと比較的大きなソレを持っているパーティーは、自転車を入れていることが多いとは聞くが。
まぁそういうパーティーは下層に行ってるからなぁ。
「ここか地下2階も草原なんだ。そこも自転車でサクっと進もう」
「分かりました」
『モンスターどうするにゃ?』
「近寄ってこないだろ。無視しよう』
虎鉄は一度レベルがリセットされているから、俺たちの中で数字は低いが、正直一番戦闘能力が高い。
そして俺とセリスのレベルは50を超えている。
下層のモンスターが勝手に避けてくれるから、ここは全無視で自転車を走らせた。
行動開始が遅かったのもあって、下り階段を見つけた時にはお昼時。
階段で食事をとるパーティーも多く、特にモンスターに襲われることもないから階段下の草原にレジャーシートを敷いてランチタイムに。
「のどかですねぇ」
「これで小鳥のさえずりでも聞こえれば、本当にピクニック日和なんだけどなぁ」
『モンスターしかいないにゃよ』
虎鉄の一言で現実に引き戻される。
くっ。ちょっとぐらい現実逃避してもいいじゃないか。
「そういえば、そろそろ桜の季節ですね」
「お。そういえば?」
「花見もしたいですね」
「花見かぁ。もう何年もしてないなぁ」
会社務めしていた時に、会社の駐車場に桜の木が数本あったから、そこで花見──なんてのはあった。
あったが、俺は参加していなかった。
なんとなく、そんな気分にはなれなかったから。
「今日中に5階までは下りておきたいが……難しいかな」
「そうなん?」
「3階が凸凹した洞窟タイプの階層なんだ。自転車は乗れない」
道は分かっていても、徒歩だとやはり時間は掛かる。
生息するモンスターは弱く、ほとんど戦闘にはならなかったが、それでも歩く速度は上がらない。
地下2階を自転車で抜けるのに2時間。
地下3階を徒歩で抜けるのに、途中で食事休憩を挟んだが9時間かかった。
地上に戻って来たのは、日付変更近く。
「4階までしか行けませんでしたね」
「はぁ、福岡02と同じ感覚だとダメだな。こっちは階層面積が向こうの倍以上あるからなぁ」
「浅蔵さんは何階まで下りたことあると?」
「6階までだ。当時はまだ、未完の地図が多くてね。価格も高かったし、3階までは手探りで進んでいたんだ」
レベル上げや、戦闘慣れをしながら進んでいたから、3階に下りたのは1カ月過ぎてからだったか。
それを考えれば今は、なんてあっさり進んだことか。
「私のせいで進行が遅くなっとるんやね。浅蔵さんだけなら、図鑑転移も使えるのに」
「いや、使えない」
「え? 使えんと?」
「まぁ見せても君には地図が見えないだろうけど──あぁ、そうだ。階層情報を見せればいいのか」
図鑑を開いて彼女に各階層の情報を見せていく。
地下1階と2階は草原で、3階は洞窟タイプ。そして4階は──
「何も書かれてないばい」
「あぁ。ちなみに4階は洞窟タイプだけど、足場が平らだから自転車で走れるだろう」
「浅蔵さんは行ったことあるのに、図鑑には乗っとらんのやね」
図鑑を手に入れたのは福岡02ダンジョンでだ。
図鑑を手にしてから行ったダンジョンの情報しか載らないのなら、当たり前と言える。
「図鑑を所持する以前のダンジョン情報も書き込まれているなら、あっちにいた頃に見れていたはずだろ」
「あっ。それもそうですね」
「そういうこと。明日は4階と5階を自転車で進んで、6階が森林タイプだから……そこまでクリアできるといいんだけどな」
『んにゃー。頑張るにゃよー』
自転車に乗っているとき、お前は俺の肩に乗ってるだけだな。
頑張るのは俺とセリスなんだけどなー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます