5章:ダンジョンの開放
第166話
ダンジョンの完全開放候補地として、大分県の宇佐ダンジョンに決まった。
福岡02の最下層攻略パーティーの何組かがそっちに向かって、まずはダンジョンの拡張から始めるらしい。
宇佐のダンジョンは13階しかなく、ボスが出てくる5階と10階以外は不人気だ。というか、ヘタしたらボスがリポップするタイミング以外、冒険家が来ることも珍しいほどに少ない。
だから福岡02が出来て以降に13階まで下りて、また地上に戻ってという冒険家もいなかったようだ。
拡張しても26階しかない。
それなら大分市のダンジョンでいいじゃん──ということのようだ。
その大分市のダンジョンは福岡02と同じ、元は25階層。今は拡張されて50階になっているが、難易度は福岡02より高い。
まず階層辺りの面積が広いというのがある。
じゃあ宇佐はどうなのか。
難易度が低ければそっちの方が人気なんじゃと思うんだが。
「宇佐ダンジョンはね、階層面積はかなりあるんだよ」
「へぇ」
「でね、モンスターの数が少ないんだ」
「難易度低そうですね。だったらレベル上げにさいて──あぁぁ、なるほど。モンスターが少なすぎてレベル上げにもならない、と」
小畑さんは頷く。
宇佐ダンジョンの話を小畑さんにしてから一週間後。
俺はこれから福岡01ダンジョンへと向かう。
階層の正確な地図を作るためにだ。といっても下の階への正しい道が分かればいいだけなので、全域マップを作る訳じゃない。
マイカーがまだないため、小畑さんが俺とセリス、あと虎鉄を載せて向こうに連れて行ってくれるというのだ。
ダンジョンのある地上には、冒険家支援協会が用意してある宿泊施設がいくつも建っている。
ここはプレハブ小屋の一棟がそうだが、あっちだと二階建ての仮設住宅レベルのものだ。
平日はそこに泊まって、週末は福岡02ダンジョンで休息をとることにしている。
「よし、それじゃあ送ろうか」
「よろしくお願いします」
「こっちに帰ってくるときはどうするんだい?」
「まぁ、帰りはタクシー使いますよ」
そこまでお世話になるのも申し訳ないし。
というか早く車を買えばいいんだろうけど、もうちょっと貯金をしてからかなぁと。
ダンジョンで暮らす間に、素材の買取や情報料なんかで結構お金は貯まっている。もうちょっと溜まればSUVの新車を現金で買えそうなんだよ。
だから頑張って貯める!
一度下に下りてセリスと虎鉄を呼びに行った。
ミケが自由に家を出入りできるよう、勝手口に猫用のドアを取り付けてある。
ご飯の世話は食堂の子がしてくれるというので、勝手口の外にお皿を置いてそこでしてもらうよう虎鉄から通訳してもらった。
トイレも同じように勝手口に出してあるので、そこで用を足して貰うことになる。
『にゃんにゃ~』
『行ってくるにゃかーちゃん。あっしは世界平和のために戦うにゃ!』
『にゃにゃにゃ~』
『ち、違うにゃよ! あ、あっしは別に貝柱のために行くんじゃにゃいにゃ』
何を言っているんだ虎鉄は。
「あっちのダンジョンに貝のモンスターが出るか、分からないぞ」
『にゃんとーっ!? で、出ないのかにゃ? ぜったい、どうしても、出ないのかにゃ?』
『にゃぁ……』
やっぱりお前の目的は貝柱なのか。ほら見ろ、ミケも呆れているぞ。
『うぅぅにゃ。仕方ないにゃ。でもきっと他に美味しいものがいるにゃ。かーちゃん、お土産捕まえてくるにゃよ!』
『にゃ~』
なんにしても、食べる気満々だなこいつは。
「お待たせしました。週末だけ戻って来るとっちゃろ?」
「その予定だ」
「一応着替えは一週間分持っていくんやけど、足りるやろうか?」
「コインランドリーもあるから、洗濯も出来るよ」
「よかった。それじゃあミケ、行ってくるけんねぇ」
『んにゃ~』
小畑さんの車で一時間掛け、福岡01ダンジョンのある天神までやってきた。
昔は高層ビルがいくつも立ち並ぶ、福岡の中心地と言っても過言ではなかったこの場所は──今はソレもない。
だだっ広い空き地のずーっと奥、ダンジョンの入口のある階段周辺にコンクリートの壁が見えるだけ。
その内側に冒険家支援協会の施設や、宿泊用のプレハブ小屋式ホテルがあった。
コンクリートの壁の周辺が駐車場になっているので、そこまで行って全員車から降りる。
「あのー、ふと思ったんやけど」
「ん?」
セリスが周りの車を見渡しながら訪ねてきた。
「冒険家や支援協会の人って、こういう車ばっかり乗っとる気がしとったけど。ダンジョンの上がじゃりを敷いた空き地やけん?」
彼女の「こういう」とは、SUV車や4WDの車のことだろうな。
確かに冒険家や協会の人が乗る車はこの手のが多い。というか9割はそういう車だ。
「まぁね。地下にダンジョンがあるから、ここに建物を造ろうって気にもならないから、アスファルトで整地しようって計画もないみたいなんだ」
「いつか元に戻る……。そういう願いもあってね、開発はしないっていう方針で10年前に決まったんだよ。まぁ本音としては、ダンジョンの上になんて誰も住みたがらないからねぇ。ははは」
「小畑さんそれ……俺たちダンジョンの中に住んでいるんですけど」
「いやぁ、当時は誰も、ダンジョンの中に家を建てて住む人間が現れるなんて、思ってもみなかっただろうねぇ」
そんな話をしながらコンクリートの壁を潜り、まずは支援協会の事務所へと向かう。
ここでダンジョン図鑑持ちの俺が職員に紹介され、何故か拍手で迎え入れられ……めちゃくちゃ恥ずかしい思いをした。
「元ダンジョン人の浅蔵くんか。期待しているよ」
「やぁ、覚えているかなぁ。君が高校を卒業したばかりの頃から、私はここにいるんだけどね」
「え……えぇっと……なんとなーく?」
「はっはっは。今度は大丈夫そうかね?」
大丈夫かとは、感知スキルの影響だろう。
「克服しました。というか、克服できるスキルを手に入れたので」
「なるほど。じゃあ安心だな。だが無理はするなよ」
「はい。ご心配をおかけしました」
あぁ、思い出した。
俺が冒険家を辞めると報告に行ったとき、担当した職員の人だ。
日に日に顔色が悪くなっていく俺を見て、心配してくれていたんだっけ。
職員の中には「勿体ない」「もう少し頑張れば慣れるはずさ」と引き留める人もいたが、この人は「体が一番だからね」と、心配してくれていた人だ。
懐かしい気持ちになって、不覚にも目頭が熱くなるのを感じた。
感じたんだが──
「それで、そっちの子は彼女かい?」
今ちょっと感動していたところだったのに、小声でそんなこと言われたら感動がどっかに吹っ飛んでしまうじゃないか。
「そ、そうですよ」
「そうか! いやぁ、なんか巣立った息子が奥さん連れて帰って来たみたいで、嬉しいねぇ」
「おお、奥さん!?」
「え、な、なんのことですか?」
話を途中からしか聞いていないセリスが、奥さんにだけ反応して頬を染めている。
「はっはっは。まぁしっかり頑張ってくれ」
な、何を頑張れってんだ!?
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