第168話

 福岡01ダンジョン攻略2日目。

 4階、5階と自転車で通過し、6階を僅かに進んでこの日は終わった。


「じゃあ戻ろうか」

「はい」

『にゃ~』


 セリスと虎鉄が俺に触れ、こちらは図鑑を広げて地下1階の地図に触れる。

 図鑑転移の一連の動作だ。

 福岡02ダンジョンで毎日やってきた工程だ。


 だからだろう。


 触れた地図は、福岡02ダンジョンの地下一階だった。

 いやぁ、間違えた間違え──


「うああぁぁっ!?」

「ど、どうしたん!?」

『ふにゃーっ。ビ、ビックリしたにゃ』


 え、待って。

 間違った地図のページで転移が発動したはずなのに、転移できてるじゃないか!?


「あ、あれ? なんか見覚えのあるゲートばい」

『うにゃ? にゃっ! かーちゃぁんっ』


 虎鉄が走って階段を下りて行った。


 そうだ。

 ここは──


「俺たちの自宅だ」

「微妙に違っとる気もするし、違ってない気もするけど。ダンジョンを自宅って呼ぶのは、ダメな気がするんやけど」






 階段を下りてみると、見慣れた光景が広がっていた。

 やっぱりだ。

 やっぱりここは福岡02ダンジョンだ!


 畑がある。

 食堂がある。

 家もある!!


「ダンジョンからダンジョンに、まさか跨いで転移できるとは……」

「じゃあ、寝泊まりするところの心配せんでもいいと?」

「あ、そうだよ。毎日ここで休めばいいじゃないか! 大きな風呂だってあるし、宿泊費タダ!」

「着替えの心配もせんでいいんやね!」


 手を取り合って喜んでいると、福岡02ダンジョンを利用している冒険家に、白い目で見られてしまった。


 コホン。


「そうだ。鍵は事務所に預けてあるんだった。取って来るよ」

「待って浅蔵さん」

「ん?」


 引き留められて足を止めると、セリスが「着替え取りに戻らなんと」と。

 しまった。

 向こうの宿泊施設のロッカーに、着替えとか置いたままじゃん。


 まずは福岡01ダンジョン地下1階に転移して、置いてきた荷物の回収をしに戻った。

 同時に、ダンジョン内から別のダンジョンへ転移できることがハッキリと証明されたわけだ。


「試しに地上からダンジョンに転移してみよう」


 そう言うと、セリスがピトリと俺にひっつく。

 胸が高鳴るのを感じながら地図に触れ、そして──視界が一変した。

 地上からでも図鑑転移できるのか……便利すぎー。


『にゃーっ! あさくにゃーっ、大変にゃぁぁっ』


 自宅近くに転移した俺たちに向かって、虎鉄が猛スピードで駆けてきた。

 何かあったのか!?


『かーちゃん専用入口から、入れないにゃーっ!』

「は、入れないって、どういうことだ!?」

『ドアが小さくて、あっしが入れないにゃーっ』


 ……お前がデカくなったからだろう。

 いやほんと、デカくなったよ。小型犬も真っ青な、今中型犬並だろ。

 後ろ脚で立つと、幼児と変わらない大きさになってきたもんな。

 ケットシー……どこまで大きくなるんだ。


「待ってろ。上に行って鍵を貰ってくるから。セリスは虎鉄と待っててくれ。あ、食堂に顔出して、戻ってきたこと伝えて貰っていいかな?」

「ん。分かったばい」


 地上に出て協会事務所へ。

 あ、小畑さんは今日は夜勤なのか。


「おや? 浅蔵くん、どうしたんだい? 週末にはまだ早いと思うんだが」

「あー、それが実はですね」


 さっき図鑑転移で知ったことを伝えると、小畑さんは少し頭を抱えている様子だった。


「もっと早くに教えてくれていたら」

「いや、知ったのはついさっきなので」

「ん、まぁそうか。はぁ、しかしそうなると……」


 そう言って小畑さんは視線を床に落とす。

 彼の視線の先にはダンボールがあって、中には毛布が敷かれていた。


「もしかしてミケが?」

「そうなんだよぉ。寂しいのかねぇ、俺の所に来て甘えた声で鳴くんだよぉ」


 ミケ……妻子持ちを垂らしこんでどうするんだ……。


「まぁ日中は向こうのダンジョンにいますから、ミケの相手をしてやってくださいよ」

「任せなさい」

「じゃあじゃあ浅蔵くん。ミケ用のキャットタワーをここにも置いていいかしら? ベッドも買おうと思ってるの~」

「ミケってカリカリ派?」

「猫じゃらしで遊んでくれるかねー?」


 ……ここの事務所は、そのうち猫を飼いはじめるんじゃないだろうか……。

 そんなことを思いながら自宅へと戻ると、玄関にセリスと虎鉄の姿はなく。

 食堂に向かうと案の定、ひとりと一匹の姿があった。


「あ、浅蔵さんっ」

『あさくにゃー、遅いにゃよー』

『にゃぁ~ん』


 虎鉄は右手にフォークを持ち、椅子に座ってこちらを見ていた。

 晩御飯……食べたよな?


「はい虎鉄ちゃん。良かったわねぇ、今日は貝柱が入荷してたのよ」

『んにゃ~』

『にゃ~ん』


 木製皿に巨大貝柱──の四分の一カット──を茹でただけのものが運ばれてきて、猫の親子はご満悦そうに鳴いた。



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