第128話

 大晦日。地上では年末恒例のお笑い番組でもやっているんだろうな。

 東京がほぼ壊滅状態になった今、テレビ番組は地方ごとに番組制作を行っている。

 例えば九州地方、中国地方、関西、関東……というように。

 年末年始、GWやお盆なんかには、大阪のお笑い番組の録画が各地方に届けられる。

 それを見るのが楽しみだったんだが……。


 今日はそれどころじゃなかった。


 朝からセリスさんに急かされ19階のホームセンターのプチ掃除と宿泊所作り。

 終わったのは夕方で、そのあとは21階のスーパーの床掃除が待っていた。


「パチンコ屋さんはどうしますかね」

「……もう今年という名の時間は、残りわずかです」

「え? もうそんな時間なん?」


 俺のサポートスキルは、大掃除でも大活躍のようだ。

 なお、本人にはなんの恩恵もないもよう。


 セリスさんだけ元気で疲れ知らずとかずるい。

 ずるい。


「浅蔵さん?」

「疲れた」


 そう言ってセリスさんに迫る。

 いっぱい働いたんだ。このぐらいのご褒美があってもいいだろ?


 頬を染めた彼女も、この後のことが予想できたのか――

 目を閉じ、その体を俺に委ねた。


 長い髪をかき上げ、首をあらわにするとそこへ口をつける。


 すこーしずつ、味わうようにして彼女の元気を吸い上げていく。

 正直無味無臭だ。だけどこの時間がたまらなく幸福感を覚えるんだ。


「ぁん……んふぅ……」


 あと耳元から聞こえるセリスさんの声が、とてもいやらしくて好きです。


 ただなぁ。


 こうやって俺がゆっくり時間をかけ、セリスさんの首筋に吸い付いているとなぁ。


『んにゃ……んにゃんにゃ……』


 必ず虎鉄が俺の足にしがみついて、ちゅっちゅもみもみしてくるんだよな。

 

「虎鉄、爪刺さってるから。痛いから」

『んにゃっ。ごめんにゃあさくにゃー。んにゃんにゃ』


 ごめんといいつつ、ちゅっちゅもみもみを続けられる。

 こんなんじゃゆっくりセリスさんとイチャイチャもできやしない!


「も、もういいと?」

「う、うん……名残惜しいけど、十分回復はしたし」

「そ、そうなん」

「うん」


 もっと長く吸い付いていたかった……。


 お互い落ち着いてから1階へと戻ると、玄関前に門松が!?


「え? なにこれ。デカっ」

「こ、こういうのって、JRの駅とかに飾ってあるばいね。いつの間に持って来たんやろう」


 普通の一戸建て平屋にはデカすぎる門松は、セリスさんの言う通り駅やショッピングモールの入り口なんかに飾られるようなサイズだ。

 ドアの上には扇型のしめ飾りもちゃんとぶら下げてある。こっちは普通のサイズか。


「お、クラお帰り! あと姉ちゃんも」


 家の隣にある、最下層攻略組用テントから出てきたのは、金髪碧眼の美少年ハリスくんだ。

 それに武くんと大戸島さんのお父さん、セリスさんのお父さんと、何故か男ばかりが出てきた。


「あとって何よ、あとって。まるでついでみたいばい」

「マァマァ。とにかくセリスは家の中に入りなさい。ママたちが待っているカラ」

「お母さんたち?」


 どうやら女性陣は家の中のようだ。じゃあここの男性陣は追い出された?


「やぁ浅蔵くん。今家の中でね、年越しの準備をしているんだ」

「年越し?」


 そう言って話しかけてきたのは大戸島さんのお父さんで、会長の息子さん……つまり大戸島グループの次期社長!

 ただこの方のほうはすごく気さくな人柄なんだよなぁ。

 今は副社長をしているが、噂では来年には社長就任もありそうだと、ダンジョン生成に巻き込まれる直前まで働いていた工場のひとたちがこの前ここに来て言っていた。


「ハハハ。じゃあ私たちも仕事をしますカ」

「そうですね」

「仕事、ですか? あ、お手伝いしますが、何をするんです?」


 父親二人が何故か張り切りだして。

 テントの中にはテーブルが用意されていて、そこには四角い炊飯器のようなものが湯気をだしていた。


「これ、餅つき機。といっても、もち米を蒸しているだけなんだ。つくのはあっち」


 と言って、大戸島さんのお父さんが武くんを指さす。


 おぉう……マジですか……あれ杵だよね。じゃあまさか、臼まであるのか?

 そう思っていたら、同じくダンジョン暮らしの秋嶋さんがやってきた。


「間に合いましたか?」

「秋嶋さん、浅蔵くんたち今戻ってきたところなんで、ちょうど良かったですよ」

「あ、秋嶋さん……それ、臼ですか?」


 彼は台車を運んできていた。どうやら地上に出ていたらしい。

 台車の上に載っていたのは岩をくり抜いて作った石臼。


「親戚の家にね、あったんだよこれが。もう使ってないんだけどね、それを借りてきたんだ」

「はぁ……え、これで餅をつくんですか!?」

「昔は町内会で餅つき大会なんてのがあったもんだ」

「いやぁ、懐かしいですねぇ」


 そんな大人たちの会話を聞き、どこか胸が高鳴る。


 餅つきなんて都市伝説ならぬ、田舎伝説だろ。

 まだ家族がいたころだって、天神の街中に住んでいたから町内会の行事なんてものに縁はなかった。

 学校行事でもそんなのはなかったし、中学からは世界がこんなになったんだ。

 餅つきなんて、生で見たことはない。

 それでもテレビでは見たことがあるんで、かろうじて杵と臼がどういう用途で使われるか分かってはいる。


 もち米が蒸しあがるのに時間がかかるというので、その間に風呂を済ませておいた。

 着替えたかったが、家は進入禁止の札が玄関ドアにかけてある……。

 仕方ないのでテントに戻ると、ちょうどもち米が蒸しあがって突く準備が始まっていた。


 臼は温めて使うようだ。

 熱湯を注ぎ温め、ある程度したらお湯を捨てる。

 この作業、石が重いためかなり重労働だ。

 そこから蒸しタオルで水けをふき取り、脇には手を濡らすためのお湯をセット。


 臼が冷めないうちに蒸しあがった餅を投入して――あ、まだ搗(つ)かないのね。

 なんかもち米をつぶす感じで、杵に体重乗せてるだけ?


「浅蔵くん、やってみるかい?」

「え……いや、でも俺、餅つきなんてやったことなくって」

「ハイ! ボク、ボクやりたい!」

「浅蔵クン、やってみたらどうだい?」

「ボクやりたいっちゃ!」

「じ、じゃあ、ちょっとだけ……」

「ボクもおぉぉっ」


 ハリスくん、必死だな。

 仕方ないので二人一緒にもち米を潰すことにした。


 ニッコニコのハリスくんを見ていると、まるで子犬のようだなぁなんて思えてきて。


「クラ、なんで笑っとるん?」

「いや、なんでも」


 子犬みたいだと言ったら、きっと蹴られるな。 

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