第117話

 残念なことに、35階のボスは倒されていた。というか倒された直後だった。


「お、浅蔵じゃん」

「芳樹。もうここまで来てたのか」


 激しい戦闘音が聞こえると思って走って来てみれば、芳樹たちのパーティーが丁度ボスに止めを刺す瞬間だった。

 俺たちより一日二日前に35階層へ到着していたはずだけども。遂に追いついたという気持ちと、氷上対策を施したのに追い越せなかったかという気持ちが入り混じる。


「あ、芳樹さんたちも滑り止めの靴用意したんやね」

「え? あ、本当だ。ってか滑り止めのゴムを縫ったやつじゃない?」


 俺がそういうと、芳樹は靴裏を見せふふりと笑った。


「昨日、探して買って来たんだよ。登山用品売ってる店でな」

「そんな店、今でもあるのか」

「探せばな。十年前のダンジョン生成が始まってから、スポーツだの趣味だの、確かに楽しむ余裕がなくなってはきたけど、それでも全くのゼロじゃあないからさ」


 まぁ確かに。

 ダンジョンが生成されてからこっち、近場で出来る趣味やスポーツしか出来なくなっている。

 ひとつは交通網の問題だ。

 ダンジョンが出来た地上部分は荒野で、道路の舗装計画もあるが、そこに住んでいた人の身内なんかの反対で手つかずだったりする。

 その上、たまにモンスターが湧くというのもあって、フェンスで囲うに留まっていた。


「こんな状況でも、やりたいことを楽しもうって人は居るんだよ~。浅蔵だってさ、ダンジョンから出れなくなったからって、娯楽の全てを諦めた訳じゃないっしょ?」


 そう言って翔太が意味深な顔してやってくる。


「よかったねぇ。ダンジョン内にも出会いがあってさぁ」

「っ!? な、ななな、な、なんの事でしょうかね?」

「ひひひぃ。いいんだよいいんだよ。初々しいねぇ」

「お前みたいなショタ顔に、初々しいなんて言われたくねぇ!」


 二十代だってのに、服装次第で中学生でも通用するくせに……。

 くそ。恋愛に関しては奴の方が先輩かよ!


 弄られつつ俺たちは揃って36階を目指すことになった。

 春雄が手書きした地図と俺の図鑑を見合わせながら、それぞれがまだ進んでいない道を行けばすぐに階段は見つかった。


「浅蔵たちはどうする?」

「んー、ここで昼を食べて、そのあと夕方まで探索する予定だ」

「そうか。じゃあお互い別方向に進んで、あとで地図を見せ合わないか? もちろん見るのはお前ひとりになるけど」


 そりゃあ図鑑は俺ひとりしか見れないからな。

 互いに別方向に進んで、少しでも攻略時間を短縮しようって話だ。

 どうせ今日はあと半日の探索だ。明日、再開するときに無駄な行き止まり通路に行かなくて済む。

 ついでに――


「夕方の、そうだな。六時半ここ集合でいいか? 俺たち拾って、上まで連れて行ってくれ」

「明日はまたここに連れて来てねぇ~」

「俺は送迎屋か」


 ま、誰だって夜はベッドで眠りたいと思うものだ。

 芳樹たちは転移オーブで移動しているから、節約のため、何日かはダンジョンに篭ったまま出てこない。

 その点俺たちは、毎日のように地下へと潜りつつも、毎晩戻ってきている。

 他の冒険家に比べると、相当恵まれた環境で探索を続けられているはずだ。


「分かったよ。六時半な。ちゃんと戻って来いよ」

「おう。そうと決まれば、昼飯だー!」

「今日のお弁当は何かなぁ」


 俺たちはみんなして、食堂弁当を広げた。






 その日から俺たちは、朝、芳樹たちを待って下層へ移動。

 夕方は待ち合わせ場所を決め、合流して地下一階へと帰る。そんな探索が始まった。

 

 ダンジョン図鑑のレベルが上がり、新しく『地図に現在地が表示される』ようになり、パーティーメンバーの位置も分かるようになると芳樹らとパーティー組むようにした。

 行動自体は別々だが、彼らがどこを進んでいるのか分かるので合流もしやすい。

 夜はお互いが歩いた場所を、図鑑の地図と照らし合わせる作業。もちろん俺一人で。

 春雄の手書きの地図を修正してやったり、加筆したり……。


 探索スピードも上がり、十二月も下旬になると43階層まで攻略し終わっていた。


「これから二日間、ダンジョン攻略はお休みです」

「クリスマスですもんね!」

『クリスマスにゃー!』


 この二日間。多くの冒険家はダンジョン攻略を休む。

 だが多くの冒険家はここに集まる。

 

 クリスマスを祝うために。

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