第118話
早朝から大忙しだった。
武くんが親戚から貰ってきたもみの木は、思ったほど巨木にはならず。
まぁいくらダンジョン内だからと言っても、地上での数か月分しか成長していないのだから当たり前か。
そのもみの木の飾りは早くからやっていたが、今朝は食堂やらテント、そしてダンジョンで暮らす家々も電球で飾りまくるのに大忙し。
地上にも地下一階にも冒険家が宿泊できる場所がある。
彼らも総動員して、みんなでライトアップに励んだ。
ただ残念なのは、ダンジョン内に夜が訪れない事。
どんなに派手に飾っても、周囲が明るいので目立たない。
「ま、気持ちの問題だよな」
「ふふ、そうやね。明るいからライトは目立たんけど、やけって飾りつけせんのも味気ないもんね」
飾りつけをしている間、食堂も大忙しだ。
先日話していた追加の料理人も既に馴染んだ様子で、てきぱきと料理を作り上げていく。
厨房の拡張工事もいつの間にやら完成していて、大きなピザ窯もある。
窯は食堂のプレハブ小屋横にあって、ピザが焼かれるたびにいい匂いが漂ってきた。
そして昼――
「姉ちゃん、手伝いに来たゼー」
「ハリス? 今頃おっそーい――って、お父さん、お母さん!?」
大きな包みを持ったセリスさん一家と、他にも数人、同じようにビニールの包みを持った人たちが現れた。
支援協会のひとたちか?
「みなさーん、お疲れ様です。お昼休憩にしましょう~」
「寿司持って来たゼー」
え? マジで!?
彼らが持ってきた包みの中身は大量の寿司!
五人前の寿司用の丸い容器には、一つにつき一種類の寿司がギッシリ。
ある容器にはマグロだけ。ある容器にはサーモンだけ。ある容器にはたまごだけ!
人気のありそうなネタは、それが複数用意されていた。
あ、よく見たら、複数の店舗から買って来たのが分かる。
割りばしの包み紙に書かれた店舗名がバラバラだ。
わざわざ何店舗も回って買って来てくれたのか。
飾りつけをしていた冒険家や食堂スタッフもみんな集まって、まずは寿司パーティーが開かれた。
五十人ぐらいはいるだろうか?
流石にこの人数だとあっという間になくなるだろう。
なんて思っていたが、支援協会スタッフが地上に戻り、再び包みを持って戻って来た。
いったい何貫買ってきたんだよ!?
「浅蔵さん」
ふと呼ばれて振り向くと、そこには綺麗な日本人女性と、背の高い欧米系の金髪の男性が立っていた。
セリスさんのご両親だ。
「浅蔵さん。これからもセリスのこと、よろしくね」
「……はい?」
「これで肩の荷が下りた気分だわぁ。もうねぇ、この子気が強いでしょ? 父が格闘技なんて教えたもんやから、弱い男はダメだーって」
「いや久美サン。お義父サンがセリスに格闘技を教えてくれたから、生き残れたんダヨ。感謝しなきゃ」
「そうだけどぉ。まぁでも、良い人見つけられたし、よかったばい」
……どういうこと?
「ちょ、待ってよお父さんお母さん。な、なに言ってるの?」
顔を真っ赤にしたセリスさんも混乱気味だ。
ふと――ハリスくんがじわじわ遠ざかっていくのが見えた。
「何ってぇ、あんたにようやく彼氏できたけん、安心したーってことやん」
「なっ。だ、誰がそんなこと言うたん!」
「ハリスに聞いたヨ。二人がハグして、愛を誓いあっていたッテ」
犯人はお前かーっ!
あ、全力で逃げやがった!
「待って、違うの! いや違わないけど、でも違うのーっ」
「ハハハ。何も恥ずかしがることじゃないだろうセリス。好きな人に愛してると伝えるのは、ごく自然なコトだろう」
「ふふふ。そうよねぇブライアン」
「あぁ。ボクは久美のことをずっと愛してるよ」
「私もよブライアン」
「あぁ~っ止めてっ。人前でイチャつくの、ほんと止めてっちゃ!」
うわっ。ま、まさかこんなところで、キ、キス!?
目のやり場に困る。
その場の全員がそう思ったのか、視線を逸らすと小畑さんと目が合った。
二人の熱い抱擁が終わると、みな黙々と寿司に手を伸ばす。
何も見なかった。
そんな感じで何事も無かったかのように寿司パーティーが再開する。
「もうっ。わ、私たちはまだ――」
セリスさんが両親に説明しようと口を開くが、言葉が続かない。
彼女の肩を叩き、俺がご両親に説明することにした。
「俺たち、まだ恋人としてのお付き合いはしていません」
「え? なんでなん?」
「セリス、本当なのカイ?」
お父さんの言葉に、セリスさんは小さく頷いた。
困惑する二人に俺は――
「まだ諦めていないんです」
と伝える。
「諦めて、ナイ?」
「はい。まだ地上に出ることを――ダンジョンから脱出することを、諦めていません」
「ダンジョンを……出る……」
繰り返すように、そして絞り出すように二人が呟く。
驚いたような表情から、それは次第に悲し気な――いや、すがるようなものへと変わっていった。
「俺たちは最下層を目指します。そこにダンジョン生成のヒントが無いか調べるために」
「ダンジョンから出るヒントが無いか、探す為なの」
「今はそれを優先しようと、二人で約束しました。探して足掻いて、何も無ければここで暮らす決意をしなければなりませんが」
「そ、その時は――」
セリスさんのお母さんが俺を見上げる。
「その時は、彼女とここで……家族として暮らすつもりです」
その言葉に、セリスさんのお母さんは涙を浮かべ頷いた。
ありがとう――そう聞こえた気がする。
そんなお母さんの足元で、
『にゃー。あっしもセリスと家族にゃー』
そう言って彼女のスカートの裾を引く虎鉄が登場。
「ぐっ……出たな。雰囲気ぶち壊しキャラめ」
『うにゃ?』
虎鉄とは初対面なはずのご両親。
浮かべた涙がピタリと止まり、セリスさんのお母さんはわなわなと震え始めた。
「あー、久美サンねー」
「お母さん、落ち着いて。ね?」
「いやあぁあぁぁっ、可愛いいいぃぃぃぃっ」
『ふぎゃーっ』
物凄い勢いで虎鉄を抱きしめ、全力で頬ずりをし始めた。
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