第119話
地上では星空が浮かぶ時刻。
俺が暮らすダンジョンは安定の明るさを保っていた。
朝から大勢で頑張ったクリスマスデコレーションもようやく終わり、今は各々好きに寛いでいた。
普段は冒険家がたむろする広場にアウトドア用のテーブルや椅子が。
全部19階と24階のホームセンターから拝借してきたものだ。
「夜までに無事終わりましたね」
「あぁ。あとはケーキ買い出し組の帰りを待つだけだね」
「それにしても、この人数分のケーキって……大丈夫なん?」
クリスマスデコレーション作戦を決行中にも、冒険家の人数は増えていた。
クリスマスぼっち組がダンジョンで夜を明かすぜ! なノリで来た連中も、この賑わいに釣られて攻略そっちのけで集まってきたのだ。
誰でもウェルカム。
そんなノリだったので、当然断る理由なんかない。
「大丈夫だろ。食堂のねーちゃんが支援スタッフ以外にも、結構な人数の冒険家がケーキ買いに出て行ってるし」
「俺んとこの奴も、車で買い出しに出たぜ」
「こっちもだ。リーダーが張り切って買い出しに出て行った」
「福岡の町から大量のケーキとチキンが消えるな」
「寧ろ大量過ぎて余るんじゃない? 私、そういう気がしてきたんだけど」
「ケーキとチキンだらけになりそう……明後日からダイエット頑張るわ!」
「正月もあるぜー」
「いやぁ~んっ」
確かに、ヘタするとケーキやチキンの方が過剰に集まるかもしれない。
そんな事を考えている時だった。
「浅蔵さぁ~ん。サラダ用の野菜~、収穫してきてくださぁ~い」
厨房から大戸島さんのそんな声がした。
「お、手伝うか?」
「暇だし、手伝うぜ?」
「私も、今からダイエットします」
「それ腹空かせるためなんじゃね?」
「き、気のせいよっ」
はは。今日はほんと、賑やかな一日になりそうだ。
百人を超えた冒険家とのクリスマスイヴ。
その人数分のサラダを作るとなると、野菜も大量に必要だろう。
二十人ぐらいで畑へと行き、キャベル、レタス、きゅうりに人参、パプリカと大根を引っこ抜いて行く。
今日は一日、クリスマス準備に畑のアルバイトも駆り出されていたせいか、
『ニョッホッホッホー』
「この笑ってる奴、どうすればいいんだ!?』
「こ、これが爆弾の正体だったのか……」
「なんか一階にいると妙な笑い声聞こえて、気のせいだと思っていたんだけど」
「正体はこれだったのね」
「あ、それ。収穫しておいて欲しいんだ。放置してると、いつまでも新しい実がならないんで」
俺がそう伝えると、ひとりの男が勇敢にも化け野菜にはさみを入れた。
『ギョエエェェェェェェェェ』
「わああぁあぁぁぁぁっ」
流石に冒険家でも、やっぱ怖いか。
と思ったが――
「面白れぇー。こいつら収穫するとき、断末魔あげんのか」
「ちょっとかわいい」
冒険家って、おかしな奴らが多いんだな。
買い出し組が戻って来た頃には、もう全員腹ペコ。
シャンパンにジュースも大量に運び込まれてきて、さっそく紙コップで乾杯の音頭を――
「えぇ僭越ながら、乾杯の音頭は儂が取らせていただきます」
ざわり――会場がその声を聞いてざわつく。
大戸島大五郎。
九州でも有数の大企業社長にして、冒険者支援協会の福岡支部会長。
そして大戸島さんのおじいさま。
いつから居た!?
いや、この大量のシャンパンやジュース運んできたのって、きっちりスーツ姿の人たちだった。
会長が持って来たのかぁ。
なんだろう。一気にテンション下がってしまったな。
「かんぱ――「外雪降り出したぜ!」
「え? まじまじ?」
「ホワイトクリスマスかよ!」
「うっそ。見に行こうよ」
一気にテンションあがった!
会長の乾杯音頭は完全にスルーされ、冒険家たちがぞろぞろと地上へと向かう。
初雪になるのかな?
ここから出られない俺たちにはそんなことすら分からない。
「会長、そんな落ち込まないで……」
肩を落とす会長を慰めようと、秘書さんが声を掛けている――が、そぉっとその場を離れ階段の方へと向かった。
上に行く。
ただそれだけでも、まるでお祭り騒ぎだな。
「みんな、行っちゃいましたね」
「今なら好きな物食べ放題だねぇ~」
外に出て行った人たちを見送りながら、セリスさんと大戸島さんがそんなことを言う。
どこか寂し気な表情で。
そんな二人の手を取り、俺は引っ張る。
「何言ってんだ。見に行くぞっ」
「で、でも」
「私たち、外出れませんよぉ」
「だからどうした。外に出れなくても、外を見ることは出来るだろ。ほら、武くん。大戸島さん連れてってやれよ」
大戸島さんの手を握っていた方を離し、セリスさんひとりを連れ階段へと向かう。
慌てて武くんが大戸島さんをエスコート。
他の冒険家たちから遅れて地上へと続く階段を上った俺たちは、ゲートの前で立ち止まった。
「ほら、見えるだろ」
「わぁ……ほんと、降っとる」
「タケちゃん、雪だよぉ」
「おう、積もりそうにない雪だぜ」
「もうっ。雰囲気壊れるぅ」
『にゃにゃっ。なにかにゃ!? あれなにかにゃ!?』
『にゃぁ~ん』
「タケちゃん、虎鉄ちゃんを外に連れてってあげて。雪に触らせてあげて」
大戸島さんの頼みを聞いて、武くんが虎鉄を連れて外へ出る。
それを俺とセリスさん、大戸島さん、あと今日は珍しく外に出てみんなと一緒だったミケが見守る。
白く、ふわふわとしたそれを虎鉄は珍しそうに見ていた。
生まれて初めての雪だ。そして生まれて初めて出た外の世界。
夜空を見ては口をぽかーんと空け、虎鉄は空を見ていた。
「虎鉄にとって初めての外なんよね」
「そうだな。空が暗いこと自体、虎鉄は知らないもんな」
「教えて……あげたいね。外のこと、もっとたくさん」
「ああ」
空から降る雪をダンジョンから眺めながら、セリスさんの少し冷たくなった手を握る。
来年はここからじゃなく、夜空の下で雪が見れるといいな。
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