第59話
その日の収穫を終えた後、武くんに上から小畑さんを呼んで来てくれるよう頼んだ。
冒険家復帰を頼むために。
冒険家になるのに試験などはない。紙面での登録だけで、他には特に何もないのだ。
「私も、この機会に冒険家登録しておきたいんやけど……浅蔵さん、口利きしてくれる?」
「そんな畏まらなくても、登録は誰でも出来るんだよ。まぁ18歳以上っていう条件はあるけど、セリスさんはもう18歳だろ?」
「高校生でもいいん? 休学扱いやけど」
「18歳在学生も冒険家登録してるよ。週末だけ冒険家ってね」
「そういう人もおるんやね」
学生に限らず、普通のサラリーマンで週末冒険家っていうのは居る。特に珍しい事でもない。
上から降りて来た小畑さんに、まず俺が冒険家に復帰したいという旨を伝える。それからセリスさんの冒険家新規登録だ。
「浅蔵くんの復帰か。感知を克服する新たなスキルも得たようだし。引く手あまただろうなぁ」
「え!? あ、浅蔵さん、大人気なんですか?」
「浅蔵くん個人じゃなくて、感知スキル持ちっていう理由でね。しかも今回は図鑑という、攻略を有利に進められるスキルも加わっているからね」
「浅蔵さんじゃなくって……スキル……なんですか」
まぁダンジョン攻略を行う為のパーティーメンバー募集なんて、良いスキルを持っているかが基準だもんな。
スキルしか見ていないのも、特に珍しい事でもない。
だけどセリスさんには衝撃的だったようだ。
「登録、辞めるかい?」
「へ? い、いえ。辞めませんっ。私は……私だけは浅蔵さんのこと、ちゃんと見てますから! スキルじゃなくって浅蔵さんをっ」
と、セリスさんは真剣な眼差しで声を上げた。と同時に顔真っ赤。
「わ、私、何言ってるんだろう。わ、忘れてくださいね浅蔵さんっ」
「いや、覚えておくよ。ありがとう、セリスさん」
嬉しいので頭を撫でておこう。
でも18歳の子の頭を撫でるって……流石に子供扱いし過ぎで怒られるかな?
とも思ったが、彼女は特に抗議するわけでもなく、俺に撫でられ続けていた。
髪、サラサラで気持ちいいな。
翌日は武くんのバイト休みの日。
「浅蔵さぁん。タケちゃんのことぉ、お願いします~」
「心配しなくても、暫くは2階で動くから」
「えぇ!? もっと下まで行きましょうよ。その為にオレ、外泊許可も親から貰って来たんっすから」
「いや。2階でまず慣れて貰う。今週はずっと2階。日帰りだ」
「っちぇ」
拗ねて唇を尖らせる武くんに、大戸島さんが頭をぽこんと叩いて説教が始まった。
バスの時間あるんだけどなぁ。
「瑠璃。送迎バスに遅れるけん、それぐらいにしとき」
「は~い。じゃあこれお弁当。3人で食べてね」
「やった! 瑠璃の手作り弁当だ」
「浅蔵さん。タケちゃんすっごく食べる人だから、気をつけてねぇ」
「はは。若いからね、よく食べるのは良い事だよ」
とこの時はいったが、後程笑えない状況になる。
ようやくバスへと乗り込めた俺たちは、30分掛け2階へと到着した。
先日の屋台の兄ちゃんは不在。夜当番なのかな。
「よし。まずは武器の確認だ。武くんはオーソドックスな剣を選んだのか」
「勇者つったら剣っすから!」
この子は勇者願望があったのか……ダメな意味での勇者にならなきゃいいんだが。
「浅蔵の兄貴の武器はなんっすか?」
「ん? 俺はこれだ」
腰にぶら下げていた鞭をピシィーっと唸らし、近くをぽよぽよしていたスライムを潰して見せる。
「うわぁお……」
「なんで引くんだよ。カッコいいだろ?」
「時籐、兄貴ってあーなのか?」
「そう。浅蔵さんはあーなの」
「なんだよ。あーってなんだよ! 鞭は男のロマンだからな!」
鞭の素晴らしさを語って聞かせてやり、2人にもぜひ鞭の良さを実感して貰いたかった。
貰いたかったが、
「いや、全然分からないっす」
「浅蔵さんのことは見てますが、だからって鞭フェチになるつもりは……」
「なんでだよ!」
くっ。どいつもこいつも鞭を馬鹿にして。
俺だけはお前の味方だぞ、マイ鞭。
「時籐、お前、ほんとにあんな兄貴でいいのか?」
「い、いいもんっ。って、え? な、なんで相場くんが!? る、瑠璃に聞いたん?」
「いや。たぶんそうかなって思った」
「いやぁっ。誘導尋問に引っかかったばいぃ」
くっ。また俺には分からない話をしやがって。
くそうっ。
「こ、ここはダンジョンだぞ! 楽しいピクニックじゃないんだからな。ビシビシしごくから、覚悟しろ!」
「うっす! よろしくお願いしゃっすっ」
その後、なんとかして彼の音を上げさせようとした俺は、見事に音を上げることになった――俺が。
忘れていたよ……武くんのスキルは『体力馬鹿』だった。若さとかいう以前に、勝てるわけない。
そんな訳で昼食時には食べるよりも前に――
「は……ぁ……ん」
「――も、もう少しいい?」
こくりと頷くセリスさんに感謝しつつ、その白い首筋を吸った。
「うぁー。エロぉ。その辺のエロ雑誌よりエロー」
茂みの中。セリスさんの首筋を甘噛みする俺の目には、武くんが映っている。
「えっちな事なんて何もしていない! だいたい向こうで待ってろって言ったじゃないかっ」
「だってさぁ。2人で茂みに隠れるなんて、怪しいじゃん。そしたらエッチな事してるしよぉ」
「エッチなことやないけんっ。相場くん、勘違いせんとっ」
「いやいやいや。エッチだって絶対」
「「違うっ」」
いそいそと茂みから出て行ったが……。
武くんがえっちえっち言うから、近くに居た冒険家に変な目で見られるはめになった。
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