第58話
「相場武ですっ」
「大戸島大五郎じゃ」
修羅場は始まらなかった。
「お前か。無断でダンジョンに何度も何度も何度も入ろうとして、協会員を手こずらせたのは」
「その節は大変ご迷惑をお掛けしました。でも俺――自分は会長のお孫さんが心配で心配で……」
「貴様に心配されんでも、瑠璃はひとりでちゃーんと帰ってきたわい!」
いや、ひとりじゃないんですけど。
それにしても武くん。いつもと全然口調が違うな。
2人の声を聞いたのか、食堂テントから大戸島さんも駆けつけて来た。
今度こそ修羅場か?
「おじーちゃん!? た、タケちゃんの事――」
「みとめーんっ!」
「認めてください!」
「ダメじゃ! 瑠璃よりレベルの低い男なんぞに、瑠璃を任せられると思っておるのか!! わしゃ認めーんっ」
それはつまり、武くんが大戸島さんよりレベルが高くなればいいってことなのか?
「うっす! が、頑張ります!」
「ふんっ。るうぅりぃー。じいちゃんこれから広島に出張なんじゃ。寂しくないかのー?」
「ぜんぜ~ん」
「がーんっ! じいちゃんショックじゃぁぁ」
その場に膝をついた会長の後ろから小畑さんがやって来る。
「会長。さっさと行ってくださいよ。外でスタッフが待ってるんですから」
「小畑も冷たい男じゃの。酷い。みんな酷いのぉ」
ぐずぐず言いながら、会長はとぼとぼとダンジョンを出て行った。
修羅場……なかったなぁ。
「小畑さん。会長、どうしたんですか?」
「どうしたっていうのは?」
「いや、修羅場になるだろうなぁって思っていたんですけど」
という俺の言葉に頷くのは、いつまでも畑に向かわない秋嶋さんたちとアルバイトの方々、そして俺の友人たち。
みんな興味津々でずっと見ていたのだ。
そんな俺たちを小畑さんが納得したように笑いだす。
「なるほどなるほど。期待していたのか。ははは。まぁ会長は瑠璃ちゃん命の人だからねぇ。ただ――」
「ただ?」
「瑠璃ちゃんがダンジョン生成に巻き込まれたというのは、当日のうちに分かったことだ。通学路だったからね。そしてその日のうちに、彼はここに来たんだよ」
と、小畑さんに見られている武くんは、顔を赤くして照れ笑いを浮かべていた。
「ダンジョンが出来て直ぐ、協会所属の腕の良い冒険家が集められて入り口を捜索していたんだけどね。そしたらなんと、到着したらその時には相場くんがもう来ていてね」
「ぶっ。た、武くん。君、行動力あり過ぎ」
「いやぁ……俺、部活で朝練あるからあの時間にはもう学校に居て。ダンジョン生成されてから生徒は全員帰宅させられたんっすけど」
大戸島さんに電話しても繋がらない。家に電話してもまだ帰宅していないし、クラスメイトも見ていないと。
それでまさかと思ってダンジョンに向かったそうなんだが。
うぅん。さっきは慎重な子だなと思ったんだが、撤回だな。
「まぁステータス板を見て首を傾げているところを捕まえたんで、まだ階段を下りるには至ってなかったけどね」
「タ、タケちゃん……も、もうっ。危ないじゃないぃ」
「だ、だって瑠璃。お前がダンジョンん中だったら、助けに行かなきゃならないだろ!」
「タケちゃん……」
「お、俺、絶対瑠璃を守れる男になるからな!」
「うん。うん。タケちゃん大好き」
俺たちが見たかったのは、こんな甘々な光景じゃないんだ。
見物人が一斉に解散する中、
「大変だったんだよほんと。相場くんね、毎日のようにダンジョンへ侵入しようとやって来ていたんだから……会長もそれ見て、ここまで瑠璃ちゃんを想ってくれるならって――そう思ったんだろうねぇ」
そう言って小畑さんも帰って行った。
毎日のように、か……。まぁそんなの見せられたら、流石の鬼の会長も折れるしかないのかぁ。
さ、俺も仕事に行こっと。
「ん? どうしたんだい、セリスさん」
じぃーっと大戸島さんと武くんのイチャラヴを見ていたセリスさん。
声を掛けたが聞こえていないようだ。
「セリスさーん」
彼女の顔の前で手を振ると、ようやく気付いたようでビクっと跳ねた。
「どうした?」
「へ? あ、あ……いいなぁって」
「え?」
2人を見て羨ましがってる?
そうか。セリスさんも年頃の女の子だもんな。こういう青春ラブロマンスに憧れたりするんだろう。
「セリスさんにもいい出会いがあるさ」
「いい……出会い……」
「そ。いい出会い」
俯いて少し考えた彼女は――
「もうありました」
――頬を赤らめ微笑むセリスさんは、いつにもまして綺麗に見えた。
あれ? もう恋しちゃってるの?
恋する乙女は綺麗になるって言うけど……なんだろう……凄く、残念な気持ちになるのな。
まさかここに来てる俺の友達の中に居たりしないだろうなぁ。
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