第60話

 ちゅーちゅータイムの後は、階段近くにレジャーシートを広げてランチタイム。

 冒険家は多いし屋台もある。あちこちで俺たちと同じように、レジャーシートを広げランチタイムが行われていた。

 その異様な光景にモンスターも近づいてこない。


 お昼は豪華に重箱か。と思っていたら、他にもある。

 いやいや、多すぎないか?


 重箱一段目:おにぎり13個

 重箱二段目:おにぎり13個……

 重箱三段目:からあげ

 別途使い捨て弁当箱:出汁巻き卵+レンコンのはさみ揚げ

 別途使い捨て弁当箱:ポテトサラダ

 別途使い捨て弁当箱:うさぎさんリンゴ+ぶどう


 これ、三人前じゃないよな?

 俺が弁当の内容に呆気に取られていると、セリスさんが弁当の蓋にてきぱきとよそっていく。


「浅蔵さん。おにぎりいくつ食べれる?」

「え? あ……えぇっと、三つ……かな」

「じゃあ余分に四つにしとくばい」

「あ、ありがとう」


 からあげ、出汁巻き卵、レンコンのはさみ揚げ、ポテトサラダにリンゴとぶどう。それぞれを全部取って俺に渡してくれた。

 それから自分の分をよそうらしい。

 その間、武くんは物欲しそうな顔で彼女の手元を見ていた。


「はい。じゃあ相場くん。残りは食べていいけんね」

「やった! いっただっきまーっすっ」


 ……え?

 残りって……おにぎり20個ありますけど?

 からあげ8個ぐらい残ってますけど? 串フライだって10本も……。

 あぁ、食べちゃうわけね。それ全部行けるわけね。

 若い子の胃袋って、凄いな。


 そんなことを思いながら、セリスさんが取り分けてくれた分をよく噛んで味わって食べた。

 うん。美味しい。でも俺にはこのぐらいで十分です。






「よし。午前中のうちにレベルが上がったな」

「あんだけ倒してレベル2っすか?」

「人がごった返しているからね。スライムに遭遇できる回数も少なかったし。でも午前中で1つでも上がれば良い方だ」


 ランチタイムのあと、階段下にあるステータス板で武くんのレベルが上がっているのを確認。

 真新しいダンジョンとなると利用者も多い。しかも1階での狩りは禁止されているので、ここ2階に人が集中する。

 難易度が低いという噂も広まって、駆け出しやまだ自信のない冒険家が押し寄せてきているのだ。

 そのせいでステータス板には長蛇の列が付いていた。

 武くんがステータス板を見るのに20分も並んだぐらいに。


「浅蔵の兄貴ぃ。ステータスポイントとか無いんすか?」

「無い。ステータスはレベルアップ時に低確率で上がる。ほんっとに上がりにくいんだ」


 25階から脱出――は出来なかったが、1階まで上がって来る間に、レベルは7から21に上がった。

 だけどステータスは一番上がったやつでも肉体Eが、D-になった程度。

 

 ステータスは「E」→「E+」→「D-」→「D」→「D+」という順に上がって行く。

 レベルが14上がる間に、2段階やっと上がったことになる。それだけ上がりにくいのだ、ステータスは。


「それにね。人によって得られる経験値が違うんだよ」

「え? なんすかそれ」

「そうなんですか?」

「うん。まぁ経験値がそもそも数値化されていないから、正確には分からないんだけどね」


 だけど同じレベル1から始めて一緒に狩りをしているのに、レベルに差が生じるという話はあちこちである。

 だから個人によって獲得できる経験値が違うんじゃないかって話だ。


「午前中の、しかもあまり数を倒してないのにレベルが上がったのならいい方さ」

「ぐぅ。ってことは、人が少ない所でじゃんじゃん狩れば、あっという間に瑠璃に追いつけるかもしれないってことじゃないっすか」


 ……そう受け止めたか。

 そうなると――。


「3階に行きましょう! 今すぐ!!」

「嫌だ! そろそろ帰って俺は風呂に入りたい!」


 夜の7時を過ぎると戻って来た冒険家たちで風呂が大混雑するんだよ。出来ればそうなる前に入っておきたい。

 もしくはもっと遅い時間になれば空くが、それはそれで嫌だ。夜は地上で録画して貰ったTVを見たいんだ。


「私もお風呂行きたいけん。また続きは明日でいいやん」

「時籐まで風呂か……なんでそんな風呂に拘るんだ?」

「「混雑するから」」


 俺とセリスさんの声がハモる。彼女も同じこと考えてたのか。


「明日は最初から奥の方に行こう。俺の図鑑に載ってない位置だと人は少ないだろうから」


 下層に下りる冒険家は、地図に載っている下り階段に向かって一直線に進む。その直線上を避け、尚且つ奥のほうに行けば少しは混雑を避けられるだろう。

 そう説明すると、武くんも笑顔で頷いた。


 うん……なんか子犬みたいな子だな。

 ただし大型犬種。

 鼻歌交じりに弾むように階段を上る彼を見ていると、3階、いや4階辺りに連れて行ってやりたいとは思う。

 思うけど、そこに移動するだけで数時間も掛かる。徒歩なら移動だけで1日費やすかもしれない。


 階層転移なんていう、超が付くレアスキルでもあれば楽に階層を移動も出来るんだけど。

 

 1階まで上がると、ちょうど送迎バスが到着していた。

 整地されたとはいえ下はアスファルトでもコンクリートでもない。ごとごとと揺れる車内では、いびきをかいて寝る冒険家の姿もあった。

 1階上り階段近くに到着して、ぐっすり眠っているパーティーを起こしてやり、それから帰宅。


「お帰りぃ~タケちゃん。大丈夫だった? 怪我してない?」

「してないしてない。ぜーんぜん平気。あんなの余裕余裕」

「もう、タケちゃんの馬鹿! 油断しちゃダメなの~。そんな軽い気持ちでモンスターと戦うなんて、絶対ダメ! 死んじゃうんだからっ。ここでたっくさんの人が死んでるの。分かる? 生きたくても生きられなかった人なんだから……私だって……私だってそうなってたかもしれないのに。なのにタケちゃんったら……馬鹿ぁ~」

「え、瑠璃。瑠璃ごめん。ごめんって瑠璃」


 泣きながら家に入って行った大戸島さんを、武くんは追うことが出来なかった。

 彼女が正しい。

 そして収穫をひと段落させた秋嶋さんがやって来て、止めの一撃を見舞った。


「何年前だったかな。俺がまだ現役冒険家だった時の話だ。3日間の攻略を終えダンジョンから出てきたんだがよ、そん時若けぇ坊主がひとりでダンジョンに下りようとしててな」


 福岡01ダンジョンの1階のモンスターも、メインはスライムだ。決して強くはない。

 だが経験の浅い冒険家がひとりでとなると、囲まれた時の事を考えれば無謀とも言える。

 秋嶋さんはその若者を心配して声を掛けたのだと。


「けどなその坊主。スライムなんて余裕だっつって人の忠告をまったく聞きゃしなかったんだ。しまいにゃ俺をクソジジイ呼ばわりして突き飛ばしやがったんだ」


 そこまでされて秋嶋さんもこれ以上何も言うことは無いと、放って帰ったらしい。

 しかし翌日――。


「そいつなぁ。1階の隅っこでスライムに貪り食われて死んでやがったんだ」

「げっ」

「スライムをペットになんて考えた馬鹿も居たが、結局腕を食い溶かされちまったしな」


 その話は俺も大戸島さんにしたな。

 見た目がどうであれ、モンスターはモンスターなのだ。

 一瞬の油断が命取りだってのに、常に油断するなんて言語道断だ。


「ここで帰りを待つ瑠璃さんの気持ち、ちゃんと考えてやんな」


 そう渋い声で秋嶋さんがいうと、流石に武くんも沈黙した。

 秋嶋さんは武くんの肩を力強く一度叩くと、帰路へ着くために歩き出す。

 そして俺とすれ違いざま――。


「どうだ。カッコよかったろ?」


 ――と。


「……今のそれが無かったらカッコよかったんですけどね」

「なに? じゃあ今のは無しで」


 もう遅いです秋嶋さん。

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