第49話
あの日。福岡県二つ目となるダンジョンの生成に巻き込まれた日から、今日で55日目。
目視できるほどの距離に地上へと続く階段を見つけた。
ダンジョンの地下1階。ここは例に漏れず草原エリアだ。
2階を進む最中に冒険家とすれ違うこともあった。一昨日辺りにダンジョンの正式解放が行われたという事。
つまり入り口を取り囲む巨大バリケードが完成し、冒険家用の施設も建ったということだ。まぁ建物はプレハブ住宅みたいなもので、2週間もあれば完成する。
「豊。もうすぐ地上だぞ。気分はどうだ?」
「そりゃあいいさ。やっとだからな。やっと……」
後ろを歩くセリスさんと大戸島さんに目をやれば、二人は俺の視線に気づいて笑顔を浮かべた。
50日以上も、二人はよく頑張ったよ。
俺は一時期だが冒険家をしていたし、それを目指して頑張ってきた期間もある。そういう意味では『覚悟』みたいなものは出来ていたし、モンスターとの戦闘経験もあったから耐えれない事も無かった。
冒険家を目指す人の中には、実際にモンスターを倒してスプラッタを見た後、やっぱりダメだと諦める人も多い。
生きるか死ぬかの命の駆引きに、耐えきれなくなる人だって居る。
俺みたいにスキル効果による、精神的プレッシャーから逃げ出す人もだ。
スキルに恵まれたからとはいえ、本当に二人は頑張った。
頑張ったから、ここまで来れたんだ。
「もう少しですね浅蔵さん」
「あぁ。セリスさんも大戸島さんも、よく頑張ったね。俺ひとりだとここまで来れなかったよ」
「私たちだってっ。浅蔵さんが居てくれたから、無事に帰ってこれたんです」
「うん。浅蔵さんのおかげだよぉ。浅蔵さん居なかったら、25階で私たち死んでたもん。きっと……きっと……う、うぇ……」
大戸島さんは言葉を詰まらせ、しきりと目を擦り始める。そんな彼女の肩をセリスさんが引き寄せ、二人は目を赤くして涙を堪えていた。
二人が初めて泣いた。ダンジョンに落ちて55日。ずっと泣かなかった二人が、今、出口を目前にして泣いた。
「いいさ。もう地上まですぐなんだ。泣いたっていい。俺たちはやっと帰って来たんだから。もうすぐ家族に会えるんだから。泣いてもいいんだぞ」
立ち止まり、二人にそう声を掛けた途端――
「ぅ……うわぁぁん。帰ってこれたよぉ。帰ってこれたのぉ~」
「本当に……本当に生きて戻ってこれた……本当に……ぁ……う……わあぁぁっ」
崩れそうになる二人を――大戸島さんを芳樹が支え、セリスさんは俺の胸に飛び込んできて泣いた。
暫く二人には思う存分泣いて貰い、その声に寄って来たスライムやバッタを仲間たちが瞬殺していく。
図鑑にあった通りのラインナップだな。この景色も図鑑のイラストそのものだ。
最初に出来た福岡ダンジョンはここより規模が大きい。今のところ、51階まで確認されているが、まだ深いだろうという話だ。
地上に戻って暫く休んだら、あっちのダンジョンにも行くかな。この図鑑のコピー機能を使えば、詳細なダンジョン地図を世に出すことが出来る。
1枚コピーすればいい。あとは
俺ももう一度、冒険家を目指してみようかな……。
そんな事を泣きじゃくるセリスさんの体を支えながら考えた。
そして二人が落ち着いたのを見計らって、これで本当に最後となるダンジョン攻略を完了させる。
あと200メートル……100メートル……。
「るぅ~~~りぃい~~~っ!」
大音量で恰幅のいい男が走って来る。声の感じからすると若くは無いが、その足取りはしっかりしているし、近づくスライムをそのまま足蹴りにもした。
なんともパワフルな人だな。
「あぁ、おじいちゃ~んっ」
「え!? お、おじ!?」
芳樹に目をやれば、彼も頷いて苦笑いを浮かべていた。
「じーさんさ、瑠璃が可愛くて仕方ねーんだよ。なんせ死んだ俺のお袋の若い頃にそっくりでさ」
「芳樹のお母さんが大戸島会長の娘だったのか。それで苗字が違う訳だな」
「あぁ。俺の小島の姓は親父のもんだからな」
芳樹自身は親父さん似で、それは俺も知っていた。よく家にも遊びにいっていたからな。
物凄い速さでやって来た大戸島会長は、そのまま大戸島さんをハグして持ち上げ、ぐるぐる回し始める。
「うわぁん。もうおじいちゃん! 子供じゃないんだから~、ぐるぐるしないでぇ~」
「うわっはっはっは! 瑠璃だ。瑠璃だぞ! 本当に生きて帰ってきおったたい!」
やめて~と言いながらも、大戸島さんの顔は笑顔だ。それにまた少し涙ぐんでいるようにも見える。
気づけば隣のセリスさんも貰い泣きの状態だ。
多少暑苦しい抱擁を交わした後、会長がこちらに向かってやって来た。
「時籐さんだったね? 上にご家族が来とるけんの」
「え? お父さんとお母さんが?」
「弟もおったじゃろ? みんな来とるわい」
弟さんも居たのか。みんな彼女が心配で来ているのだろう。
「よかったな」
そう声を掛けると、彼女は喜び、そして直ぐに眉尻を下げた。
その理由はなんとなく分かる。
俺には出迎えてくれる家族が居ない。
それを気遣ってくれているのだろう。
「何そんな顔してんだ。俺はもう出迎えて貰ってんだよ。最高の友にな」
「え? 何浅蔵? 今ボクたちの事、最高の友とか言っちゃった?」
「うっわー。これだからリア充は恥ずかしい事サラっと言うとっちゃね」
「恥ずかしい奴だ」
「もう仕方ねーな。可哀そうだからハグしてやんよ。ハグ。さぁ、来いっ」
全力でお断りします。
「もう先輩たち、イチャイチャしてないで、さっさと上に行きましょうよ。セリスさんのご家族も待ってるし、3人とも早く上に行きたいでしょ?」
「は、はいっ」
「おじいちゃん、温泉行きた~い」
「おぉおぉ、瑠璃の為ならどこでも行くぞ? 別府か? 由布院か? それとも熊本の黒川か?」
「全部~。それとね、セリスちゃんや浅蔵さんとも一緒に行きたいの~」
大戸島さんがそこまで言うと、突然会長の顔が急変した。
「浅蔵あぁぁぁっ! 儂の可愛い孫娘に手を出しとらんやろなぁっ」
「ひぃっ。出してません。断じてお孫様には指一本触れておりません会長!」
「もうおじいちゃんったらぁ。浅蔵さんはねぇ~」
そして大戸島さんが会長の耳元でごにょごにょと内緒話をしている。それを聞いた会長の顔は、にんまぁ~っと不気味に笑った。
「なんじゃあ、そうかそうか。じゃったら二人も連れて行ってやらんとなぁ」
「でしょ~」
「「ふふぅ~」」
やだこのじじと孫。なんで俺見て笑うんだよ。
「もう会長! 早く出ましょうってばぁ」
「お、そうじゃった。すまんのぉ」
ようやく前進し始めたのは、後輩女子に二度目のお叱りを受けてからだ。
名前、なんだっけな?
「木下は会長相手にも容赦ねーな」
「そうそう、木下だ。下の名前は知らないけど」
春樹が彼女の名前を呼んだので思い出した。もうひとりのメガネの大人しそうな子が鳴海だったな。
「浅蔵先輩。私の名前忘れてたんですか? 確かに数回しかあった事ありませんが、酷くないです?」
「え……名前を覚えてるかどうかでそこまで言われるのか?」
「女って気難しいんだよ。素直に謝っとけ」
「芳樹、お前、俺じゃなくって木下さんの肩を持つのかよ」
「俺はいつだって女性の味方だ!」
あぁあぁそうですか。
「ふふ。仲いいんやね。浅蔵さんと、仲間の皆さんと」
「まぁ……小学校中学校からの付き合いだからね。嫌でもこうなるさ」
「ほぉ。浅蔵は俺たちと仲良くなるのがお嫌らしい。よし、喧嘩するか? スキル制、まいったと言わせた方が勝ちな?」
「おい止めろ嶋田。お前遠距離雷魔法持ってんだから、勝てる訳ねーだろ」
「なら大人しく仲良くしろ」
なんで上から目線なんだよ。まったく。相変わらずだなぁ、こいつらみんな。
自然と顔がほころび、誰もが笑顔になった。
俺たちは遂に地下1階から地上へと続く階段へと到着。最後の階段は少し長めだ。
それを一歩一歩、踏みしめるようにして上って行った。
ようやく見えた外の景色。
まぁ高さ3メートル超えのバリケードがあるから、見えるのはその壁と空なんだけどな。
赤く染まった夕焼け空なんて、随分と見て無いな。
やっと帰って来た。
やっと……。
ステータス板の横をすり抜け、トンネルのような入り口から遂に外へ!
あと一歩――だがその一歩は踏み出せなかった。
バチチッ――という音と、静電気が走った時のような痛みが全身を襲う。
見えない何かが、俺たちを地上へ出すまいと邪魔をする。
そして……。
【業務連絡。ダンジョン人がダンジョン1階層出入口へと到着したよ】
【これよりダンジョンを第二ステージへと移行するね】
【ダンジョン拡張に伴い、25階層住民は所定位置から退去してねー】
そんなアナウンスが鳴った。
いつもの脳内アナウンスではなく、耳から聞く声だ。
「今の声はなんだ?」
「第二ステージ? ダンジョン拡張って、広げるの、これ?」
「豊、おい豊?」
……出れない……どうやってもここから出られない!
見えない壁が邪魔して、ダンジョンから出れないぞ!?
「出れない……浅蔵さん……壁みたいなのがあって、外に出れんばい!?」
「おじいちゃん。おじいちゃん私!」
「なんでじゃ……ここまで来ておるのに、なんで出れんのじゃ!」
大戸島さんの手を引く会長も、彼女をダンジョンから出せず困惑していた。
俺とセリスさんと大戸島さんの3人だけが、ここから出ることが出来なかった。
そしてダンジョンが……揺れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます