第98話
「ん~……半分以上傷んでてぇ、もうダメだよぉ」
『そんにゃあぁぁあぁぁぁっ』
生臭くなったリュックから取り出した貝柱は41個。そのうち28個は傷んでいて食えない状態だった。
図鑑にあったサンドシェルの説明には、食べれる――と書かれてはいたが。
ダンジョン産モンスターを食べる気にはならないよな。
大戸島さんがまだ食堂に居たのでそっちに持って行ったが、大人の掌サイズもある貝柱に興味津々な冒険家も集まって来た。
「それ、28階の二枚貝のヤツだろ? 食えるぜ」
「え? 食べたんですか?」
俺より少し年上だろうか。男性がそう言ってやってくる。
「あぁ。普通に貝柱だった。一応生だと不安だったし、湯に通して鍋みたいにして食べたけどな」
「美味かったよなぁ。大きいし、食べ応えもあるからさ」
「水炊きが最高ばい」
彼の仲間なんだろうな。一緒に居た三人の男性らも美味かったと話す。
その言葉に周囲の冒険家たちが喉を鳴らした。
『にゃにゃっ。あっしのにゃ! あっしのにゃーっ!!』
「虎鉄ちゃん。一個あればお腹いっぱいになるでしょ~?」
『かーにゃんの!』
虎鉄は他の奴らに渡すまいと、必死に貝柱を抱え込む。が、せいぜい三つ四つ抱えるので必死だ。
お前は親子で13個の貝柱を食べる気か? 一つが大人の掌もある大きさなんだぞ。たぶん一つでも食べきれないだろう。
「虎鉄。お魚さんや貝は腐るのが早いとよ。虎鉄とミケが今日食べる分以外は、みんなに分けてあげようね」
『うにゃあぁあぁぁ』
「明日も行くんやけん。また捕ってきたらいいやん。ね?」
『明日も行くんにゃかぁ?』
そしてまた俺のリュックは生臭くなるのか……。
「まだ28階の攻略が終わってないだろ。行くから安心しろ。あと明日はビニール袋を何枚か持って行こうな」
臭いから。
その夜――ダンジョン食堂では巨大貝柱のバター醤油焼きが振舞われた。
そして案の定、貝柱ひとつすらミケと虎鉄の二匹では食べきれない量だった。
「やっぱり28階は円形の浜辺マップか」
風呂を終えリビングのソファーで寛ぎながら地図を確認。
今日は鈍器として大活躍していただけに、本来の用途をすっかり忘れてあまり開いていなかったな。
んんー、分身が歩いた部分も表示されると、地図埋めが捗るんだけどなぁ。
ま、仕方がない。
28階の地図はとにかく見開きで楕円形を描いているだけ。
四隅はグレーに塗りつぶされ、真ん中も同じだ。
ちょうど見開き部分がスタート地点になっていて、俺たちは向かって右側を進んだので地図上では左側が埋まっている。
ぐるっとカーブして、もう少しで丁度スタート位置の対岸に当たる部分――ってところか。
「はは。まさか真向かいに下り階段があるなんてこと……」
なんてことがあった。
24階のホームセンターから釣りで使うような大きなクーラーボックスを頂戴し、再び1階に戻って氷を入れてから28階へ。
1時間ほど歩くと地図では丁度見開き部分に到達。
そこに二組の冒険家パーティーが居た。
彼らが見つめるのは海と、そして防波堤?
「あれって防波堤なん?」
「だと思う。今まであんなもの無かったのに」
俺たちがそんな会話をしていると、冒険家のひとりが振り向いて苦笑いを浮かべた。
「あれね、防波堤じゃなかと。階段の入り口たい」
「え? か、階段!?」
「まさかの海底なん?」
更に他の冒険家も俺たちを見て首を振り、
「潮が引くと渡れるようになるけん、それまで待っとうと。ちょっと前から少し引いとるけん、もうそろそろやろ」
そう言う。
潮の満ち引きで階段が出たり沈んだりしているのか。
「ただねぇ、俺ら昨日の夕方にここ到着して、やっと今さっき引き始めとるけん」
「昨日の夕方から? 半日居て、今引き始めたんですか?」
「そうそう。潮の満ち引きっちゃ、普通は一日に四回なんやけどねぇ」
「まぁここはダンジョンの中ですから、一日二回かもしれないんですけどね」
なるほど。でもまぁ引き始めたって言うなら、ちょうどいいタイミングだったかもしれない。
・
・
・
と思ってから30分。
一向に潮が引く気配はない。
先客組も首を捻る「さっきは引き始めてたのになぁ」と疑問の声が。
『あさくにゃー』
「んー、なんだ?」
『かいにゃしらー』
「シェルが居たのか? 捕ってもいいぞ」
『いにゃいにゃー。探しに行くにゃー』
いや、それはちょっと……。さっき1時間で5個ゲットしてきたんだし、もういいじゃないか。
どうせお前、一個の半分も食べれないんだし。
「そう言えばこの近辺には、モンスター出てこんのやね」
「ん? そういえば」
半日以上ここに居るという冒険家に聞いても、その間にここでモンスターが湧くのを見ていないという。
セーフティーゾーンなのか、ここは?
とにかく潮が引かなきゃ進めない。さすがに潜るのは危険だろう。
うん。チビギョなんて生易しいもんじゃない。
防波堤にも見える階段の入り口周辺には、どう見ても鮫だろというヒレが見え隠れしている。
ずっとぐるぐる泳いでるって、あれ階段まで泳ごうものなら襲われるの決定だろ?
「ただじっと待っていればそのうち潮が引くのか」
「潮の満ち引きを左右する条件ってあるんやろか?」
普通だと、満潮と干潮はそれぞれ一日二回ずつある。
半日待っていれば必ず満潮と干潮、それぞれ一回ずつ見れているはずだ。
しかも俺たちが到着する前に潮が一度は引き始めていたというし。
「それとも潮が引く条件があるのか……だよな」
「条件があったとして、どうやってそれを調べると?」
「うぅん……」
『にゃっ。調べうにゃか?』
足元で砂浜に絵を描いていた虎鉄が、目を爛々と輝かせて見上げてくる。
その口元にはひらりと光る涎が見えるのは、描いていた物が貝柱の絵だからだろう。
『鑑定するにゃか?』
虎鉄は口元を拭って、得意げにそう言った。
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