第99話

『シャーク、にゃ』

「あー、うん。アレの事だよな」

「アレやよね」


 波間に薄っすら見える防波堤=階段。

 その周辺をぐーるぐる回遊する尾びれは、どう見ても鮫だ。

 虎鉄は漢字のほとんどをまだ読めないが、読める部分だけを教えてもらうと――


『下かにゃー、にゃんとかって食らいつく』

「あー、うん。下から襲って食らいつくかな」


 虎鉄の言葉を聞いていた冒険家も身震いしている。

 海面がこれ以上下がらない仕様だった場合、泳がなきゃならないんだが……そうであって欲しくない。


 虎鉄には他に鑑定出来るものはないか聞いてみると、あちこりキョロキョロしたがらピタリと顔が止まった。

 防波堤を見つめている。あれも鑑定できるのか?


『サンドシェル85、にゃんとかクラブ90、チビギョ100、シャーク1』

「は?」

『サンドシェル85、にゃんとかクラブ90――』

「あぁいいんだ虎鉄。うん、ありがとうな」

『にゃ~』


 虎鉄の頭を撫でてやると、役に立てたかとドヤ顔になる。

 虎鉄はモンスターの数を言っているのだろうか。この階層に生息する数?

 いや、防波堤を泳ぐシャークは一匹ではない。少なくとも五匹は見える。


「討伐数か?」

「いや、俺らそんなに倒してないだろ。鮫だって一匹カウントされているし」


 他の冒険家からそんな声が聞こえて来た。

 討伐数……討伐……そうか!


「これ、討伐数で合ってるんだ。だけど討伐した数じゃなく、討伐するべき数なんだ!」

「討伐するべ……あっ。私たち、ここに到着するまでにサンドシェルと宿クラブは倒してきとるけんっ」

「そう! その分、カウントが減っているんだよ」


 チビギョは一匹も倒していない。

 もし討伐するべき数のスタートが100だとして、サンドシェルは15匹、宿クラブは10匹。そのぐらいは倒しているはずだ。


 ゲームでもこういうのは目にする。

 モンスター討伐クエストを受けると、残り討伐数何匹――の何の部分だけ表示されていて、倒すと数字が減っていくパターンだ。


「ちょっと俺たちで確認してきます」

「じゃあ俺たちはここでじっとしとるけん」


 俺とセリスさん、虎鉄で来た道を引き返し、モンスターを探す。

 サンドシェルが2匹見つかったので、これを倒して防波堤へ。

 虎鉄の鑑定でサンドシェルの数字が83になっていれば……。


『83にゃー』

「よし! やっぱり討伐するべき数のほうか」

「多いな。手分けして倒すか?」

「そうですね。ただ狩り過ぎると、潮の満ち引きがリセットする可能性もあるし」


 もしくは夢中で狩っている間に潮が引いてしまって……多分一定時間が経過すると潮が満ちてしまうだろう。

 気づいたときにはまた元通りなんてことも。


 パーティーは三つ。

 一つには待機して貰い、潮の満ち引きを監視。そろそろというところで二つのパーティーに声を掛けてもらう。

 また待機メンバーにはシャークの討伐もやって貰おう。


「ということで、いいですかね?」

「せやったら、猫のおるあんたらが待機の方がいいんちゃう? 鑑定持ちやろそのケットシー」


 虎鉄=ケットシーは随分と浸透しているな。まぁ時々食堂で招き猫みたいなことをしているからな、こいつ。

 確かに虎鉄に鑑定をさせ、カウントを見ながらの方がいいだろうな。


「それじゃあお互い――」

「おっしゃ。頑張ろう!」

「俺ら右行くけん」

「じゃあ我々は左に。真ん中任せた」

『任せるにゃ~』


 任されて嬉しい虎鉄が、それぞれのパーティーのリーダーらしき人の足にハグをしていく。

 うん。二人の顔が物凄い勢いで緩んでいくな。あと、他のメンバーが羨ましそうに見ている。

 後で喧嘩にならないといいけど。






「さて。真ん中を任されたわけですが」

「シャーク、どうしたらいいんやろ」

「それなんだよなぁ」


 現状、シャークを倒すためには海に潜るしかない。

 確実に下から襲われる光景しか浮かばない。


 少しだけ入っておびき寄せるか?


 でもなぁ……両親が健在の頃に見た鮫の映画で、水際に居ただけで跳ねて来た鮫にバクッ!!

 っていうシーンあったもんなぁ。

 いや、それを言うなら地面を泳ぐ鮫の映画なんていう、有り得ないのもあったぞ。

 どこに居ても食われるじゃないか!


「あ、浅蔵さん、どうしたん?」

「あ、うん……子供の頃に見た鮫映画を思い出して……ちょっと怖いことを想像しただけだよ」


 鮫映画……の鮫は作り物だが、目の前の鮫はモンスターだ。

 どっちが恐ろしい?


「浅蔵さん……手、繋ぐ?」


 え? いいの?


「繋ぐ」


 映画の事は忘れよう。その為にもまず心を落ち着けよう。

 隣に立つセリスさんの手にそっと触れ、包み込むように握る――と、何故かふさふさした何かを包み込んだ。


「ん?」

「あれ?」


 セリスさんと同時に繋いだ手を見ると、俺とセリスさんの手の間に虎鉄の手があった。


『手ぇ繋ぐかにゃ?』


 うん。もう繋いでるから。

 虎鉄の小さな手を挟むようにして、暫くシャークを見つめながら彼女の手を握っていた。


 じーっと見ていたのが良かったのだろうか。


「海面……下がってきているね」

「そういえば。階段の天井部分も見えとるね」

『にゃー。サンドシェル46、にゃんとかクラブ64、チビギョ52、シャーク1にゃ』

「倒すごとに少しずつ海面が下がって来るのか」


 見ている間にも少しずつ階段があらわになって来ていた。

 階段の屋根部分に上れればなぁ。だが上るためには結局海に入らなきゃならないし。


「せめて屋根に乗れれば、鮫を釣り上げるんだが」

「……釣り竿持っとらんやろ?」

「こいつで」


 鞭は万能です。


「それやったら私があそこまでジャンプして……あ、ボムください」

「え?」


 跳躍で行っちゃう?

 でも階段までまだ15メートルはあるんだけど。


 その距離もカウントが減るにつれ、どんどん短くなっていく。潮が引いている証拠だ。

 セリスさんが飛ぶよりも先に、まずは分身と俺とで左右のパーティーへと向かう。

 右のパーティーには狩りをやめて貰って戻って来て貰う。

 左のパーティーは残りの討伐数分だけ狩るようお願いする。


 二つのパーティーが戻って来た時、階段から波打ち際まで約5メートルの位置に。


「じゃあ行くけん」

「飛べる? 大丈夫かセリスさん」

「平気」


 そう言ってセリスさんはあっさり5メートル+階段の高さを飛んだ。

 洞窟タイプの階層だと高く飛ぶと天井に頭ぶつけてあぶないし、普段あまり飛ぶ姿は見ないけど……飛びすぎだろ。


 屋根へと着地した彼女は、渡しておいたリュックに手を伸ばす。

 屋根から海面まで2メートル近くあり、海面ではセリスさんを襲おうとシャークが集まって来ていた。

 大丈夫か。飛び跳ねたりしないか?


「なんか池の鯉みたいやね、あれ」

「口ぱくぱくさせとるけん、あの中にボム投げ込めばいいんじゃね?」


 そんな冒険家たちの声が聞こえる中、俺が見つめる先のセリスさんは、まさにそれをやっていた。

 ピーマン、パプリカ、オクラボムを、一匹のシャークの口へどぼどぼと。

 そしてすぐさま身を翻し屋根へとうつぶせになる。


 その後の光景は、まるで鮫映画のラストシーンのようだった。

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