第97話
12月1日。
28階攻略を再開する。
「海の中に階段があるとは思えないし、ひたすら海岸を歩いて回るしかないな」
「右と左、どっちに行く?」
『にゃっにゃっ。さかにゃ』
魚はもういい。
海岸に打ち上げられたチビギョで楽々レベリングとかも思ったけれど、ビックウェーブ待ちの時間が無駄だ。そのうえ打ち上げられるのは2、30匹だけ。効率が悪い。
「分身使って両方調べるか」
分身を呼び出し、俺とセリスさん、虎鉄は右に。分身はひとりで左へと行くことにする。
『あさくにゃーひとりで平気か?』
『虎鉄、心配してくれるのか。良い奴だなぁ。帰ったら猫缶やるからな』
『にゃった~』
おいおい、勝手に決めるなよ。
まぁ出してやるけどさ。
「でも分身浅蔵さんひとりで、ほんと大丈夫なん?」
「まぁひとりは心配ではあるが、戦闘状態になって万が一、一定ダメージで消滅した場合、同行者が逆にひとりぼっちになって危ないだろ?」
『そういう事。とりあえずダメージ消滅でも自動消滅でもなんでも、消えるときに報告するから』
「ん? 報告するって、どうやって」
『ん? 意識を伝える方法――あぁ、そっちは本体だから、分身の仕様はステータス板にあった説明でしか知らないのか』
どういう事だ?
分身の俺が言うには、分身だからこそスキルの仕様が手に取るように分かるのだと話す。
分身レベル2から本体に意識を伝えることが出来るようになるが、それは消滅する寸前のみ。
スキルの仕様が分かると言ったが、現時点でのスキルレベルで出来る事しか分からないという。
「なるほど。スキルレベルが上がった時には、追加される仕様については教えておいて欲しいもんだ」
『分かった。次のレベルが上がった時にはちゃんと報告しておこう。ちなみにもう少しでレベル3になるから、積極的にスキルを使ってくれ』
「レベルが上がるタイミングも分かるのか。それはいい」
二手に分かれた後、俺たちは右に。分身は左にそれぞれ分かれる。
波打ち際の方は砂が固められていて歩きやすいが、そうするとビックウェーブがやってくる。
虎鉄は喜ぶが、持って帰る気にもならないので放置。
『うにゃーうにゃーっ』
「虎鉄。帰ったら武くんに魚を頼んでやるから、諦めろ」
『にゃあマグロをお願いするにゃ』
……マグロなんてどこで覚えた!?
しかし妙なマップだなぁ。
右手は海。左手は砂浜。更にその先は断崖絶壁だ。見上げると空まで続いているように見える。
しかも海岸は微妙にカーブを描いており、ぐるっと一周するだけなんてオチじゃなかろうかと不安になる構図だ。
砂浜にもモンスターは生息しており、見た目がヤドカリの姿をした『宿クラブ』、二枚貝モンスターの『サンドシェル』が出てくる。
「うぅん。貝系モンスターは殻に篭られると硬くて手が出せないんだよなぁ」
『美味いにゃか?』
「虎徹は食べる事優先なのね」
『にゃー。ご飯は大事にゃよぉ』
「ここのモンスターは無視していくか」
わざと突いて殻に閉じ籠らせ、その隙にさっさと行ってしまおう。
そう思ったが、素直に行かせてはくれないようだ。
俺たちが背を向け小走りすると、直ぐに殻から出てきて背後から襲われる。
サンドシェルなんかは跳ねて体当たりしてくるが、貝だけあって痛い。
しかも粒子の細かい砂浜は見た目には綺麗だが、走るとなるとなかなか……。足腰鍛える分にはいいんだろうけどな。
「一匹ずつ倒すしかないな」
「ヤドカリは穴に刃先を突っ込めばいいけど、貝はどうするん?」
「硬い物同士ぶつけたら、壊せないかな?」
跳ねて体当たりしてこようとするサンドシェルを鞭で絡めとり、ぶつける物が見つかるまでそのまま持っていく。
ヤドカリでも別のシェルでもなんでもいい。見つけたら鞭にぶら下げたヤツを思いっきりぶん回して叩きつけた。
「サンドシェルの貝のほうが、ヤドカリのそれより硬いな」
「浅蔵さんの図鑑って、確か絶対破損せんとよね? 図鑑とどっちが固いんやろうか」
「図鑑か……あれも鈍器だもんな」
「うぅんと……それはちょっと、違うと思うけんど」
さっそく試すべく、ヤドカリを鞭で一本釣り。キャッチする代わりに図鑑の角で叩き落とす感じで殴打。
ゴキッという、なんとも心地よい響きが聞こえ、巻貝が粉砕した。
……これ、鞭で図鑑を巻き取って振り回せば、僕の考えた最強装備になるんじゃないか?
「何しとるん浅蔵さん?」
「ん? いやね、図鑑最強伝説始まったかなぁーと思って……あ」
鞭に巻き付けて手から離した瞬間、図鑑は虚しくも消えてしまった……。
「もしかして、図鑑を括り付けて振り回して武器にするつもりやったん?」
「……うん」
『あさくにゃー、元気だせー。これ食べるにゃかー?』
そう言って俺がさっき粉砕した巻貝の中身――宿のないカリを、虎鉄は持ってきた。
「捨ててきなさい」
『にゃーっ!?』
約一時間後、分身の俺の声が頭に響いた。
『ずっと海岸が続くだけだった』――と。
こちらも同じだ。まさか階段は海の中か、海面にあるって言うんじゃないだろうな。
海面なら船必須。海中ならダイビングセットも必要だ。
そんな「普通なら絶対発見することが不可能」な状況なんてあるだろうか。
とにかく突き当りまで進むしかない。
だがいくら進んでも突き当りが見えて来ず、その日の夕方まで粘ったが階段は見つからなかった。
「分身浅蔵さんが行った方角なんですかね?」
「うぅん……明日、午前中だけここの続きから進んで、それで何も無ければ入り口を左に進もう」
『こんにゃはお刺身にゃー』
お刺身って、どこでそんな言葉を覚えた!?
いやお刺身って、そもそも魚は捕ってないし他に刺身に出来るようなものなんて……ん?
そういえばなんか生臭い?
「虎鉄。ヤドカリは捨てたんだよな?」
『捨てたにゃよ』
じゃあなんで生臭いんだ?
ん? セリスさん……笑ってる?
「セリスさん。何か知っているなら白状しなさい」
「……ぷ、ふ……」
『セルスにゃん、ダメにゃよ!』
「二人とも、俺に何を隠してる!?」
『にゃんでもにゃいにゃよあさくにゃー』
絶対に何か隠している!
どこだ? 臭いの原因はどこだ?
辺りを探すが、どこにもそれらしい物は見えない。
だが――振り向くたびに背負ったリュックの重心がぶれる。
いつでも取り出せるようにと持ち歩いている化け野菜ボムが入ったリュックだが、それらは種類ごとに袋に入れてある。
こんなに重かったっけ?
「まさか!?」
『んにゃっ。なんにも入ってないにゃっ。ニャックにはなんにも入ってないにゃーっ』
「入ってたー!?」
チャックを空けると化け野菜ボムを入れた袋の上に、つるんとした肌色の物がいくつも乗っていた。
これ……
サンドシェルの貝柱か……。
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