第96話

「ケーキはぁ、やっぱり外のお店で買って来て欲しいなぁ」

「じゃあ料理は大戸島さんが作るのかい?」


 ケーキも作れるが、クリスマスや自分の誕生日にはパティシエが作ったものが食べたい! という大戸島さんの意見で、ケーキは武くんに任せることになった。尚、彼は現在、畑で頑張っているのでこの場には居ない。

 料理に関して尋ねると、何故か彼女は溜息を吐いた。


「人手が……」

「足りんと?」


 セリスさんの言葉に大戸島さんが頷く。


「予想以上にね、お客さん多くって」

「あぁ、繁盛してるもんね」

「ボクも見た見た。なんかすっげー行列出来とった。グルメガイドに載るんじゃね?」

「お弁当をついでに注文してくれるお客さんも居るから……お客さんいっぱいなの嬉しいんだけどー、こんなに忙しいのも困るぅ」


 そ、そう言えば最近、大戸島さんお疲れみたいだもんなぁ。

 寝て起きればそれが解消されるとはいえ、寝るまでは疲れてるわけで。


「浅蔵さぁん。私の近くに居てくれませんかぁ?」

「は? え? な、なんで俺が?」

「浅蔵さん、サポートスキルばい」

「あ……な、なるほど」


 俺が傍に居ればスキルの影響で疲れにくい……か。


「ついでにお店手伝ってくれると嬉しいなぁ」

「いやいや、ダンジョンの攻略できなくなるから、それ」

「えへへ。冗談。でもぉ、人手欲しいのは本気~」


 大戸島さんがそう言うのなら、他で働いてくれている人もそうなんだろうな。

 もう少し人を雇ってくれるよう、交渉した方がいいんじゃなかろうか。






「そうだねぇ。実は他のスタッフさんからも頼まれていたんだよ。厨房と接客スタッフを増やして欲しいって」


 ハリスくんに頼んで地上の協会施設から小畑さんを呼んで来てもらった。

 今から――よりも年明けからのほうがキリがいいだろうからと、募集はまだ掛けていなかったようだ。

 その話に大戸島さんが噛みつく。


「今です! 今から募集してください!! そしたらクリスマスディナーをみんなに出せるかも!!」

「みんな?」

「みんなです! 24日と25日は、食堂のメニューをクリスマス仕様にしたいのぉ~」


 全メニュー、チキンですか?

 そりゃあ、今から鶏たちに頑張って貰わなきゃな。


「うぅん。それは……うん、楽しみだ。分かった。募集をネットに出そう。ただし、募集しても来ないという事だってあるからね。そこは分かってくれるかい」

「はいっ」


 時給や月収の話を簡単に済ませると、小畑さんは上へと戻って行った。

 クリスマスディナーかぁ。楽しみだ。

 その為にも厨房で働きたいという人が来てくれるのを祈らないとな。


「じゃあさ、じゃあさ。もっとでっかいツリー居るばいね?」

「大きい? いや、これ以上大きいと飾るの大変じゃないか?」


 ハリスくんが持って来たこの180センチのでも、十分大きいと思うんだが。


「ちっげーよクラ。外で飾るんだよ、外で」

「外?」


 あぁ、ハリスくんの言う外っていうのは、家の外のことか。

 まぁ確かに外なら高いクリスマスツリーも飾れるだろうけど、でもダンジョンまで運ぶのは大変だろう。


 そこへどこで話を聞きつけたのか、畑仕事から戻って来た武くんが「クリスマスパーティーやろうぜ!」と叫びながらやって来た。


「え? でかいクリスマスツリー?」

「ハリスくんがね、これより大きいのが欲しいんだとさ」

「これ……おぉ、デカっ」


 ほらほら。武くんだってこの180センチクリスマスツリーを大きいと言っているぞ。

 クリスマスになったらこれを外に出せばいいじゃないか。


 ――と思ったんだけども。


「じゃあハリス。あんたもう一本買ってきてよ」

「じゃあお金頂戴姉ちゃん」

「あ、私出す出すー」

「待ったぁ! でかいツリーなら俺に任せてよっ」

「タケちゃんにぃ?」

「言い出したのうちの弟やけん、お金はこっちで出すばい。相場くん、気にせんで」

「いやいや。お金はいいって。それよか楽しみにしててよ。俺、めっちゃ良いこと思いついたからさ!」


 うん。若い子たちでキャッキャウフフしてて、おじさんは着いて行けそうにない。






 翌朝。

 武くんが出勤してきたとき、とんでもないモノを担いでいた。


「た、武くんそれ……」

「浅蔵の兄貴、ちょっと手伝って。これ、どっかに埋めたいんっすけど、どこにしようかな」


 武くんは、木を担いできていた。

 これ、もしかしてもみの木じゃないのか?

 彼よりもかなり背の高い木を見て、周囲の冒険家たちもざわつき始める。


「もしかして、それクリスマスツリーか?」


 知らない冒険家がそう話しかけてきて、武くんが「そうっすよ」と答える。

 他にも集まって来た冒険家たちが、彼を手伝うために木を持ち上げてくれる。


「うわぁ! タケちゃん凄い凄い~。これどうしたのぉ?」

「おう! 近所に住んでる親戚がさ、造園業者なんだよ。で、頼んで貰って来た」


 もみの木は放置しているとかなり大きくなる。だから、買い手が付かないとそれはそれで困るのだとか。

 で、武くんが持ってきたのは、既に2メートルを超えるサイズ。軽トラックで入り口近くまで運んで貰ったそうだが、また随分と立派なツリーになりそうだな。


 食堂のあるプレハブ小屋の近くに冒険家にも手伝って貰って穴を掘り、そこに木を植えた。


「うわぁ、まさか本物の木を持ってくるなんて」

「ははは。ハリスくんにまた飾りを買って来て貰わないとな」


 何の飾り気もない、ただの木を見つめ……俺は隣に立つセリスさんの手にそっと触れた。

 クリスマス……か。


 あの日……家族を失った10年前。

 あれからクリスマスなんて、祝ったことなかったな。

 ケーキも、チキンも、食べることは無かった。


 家族は戻ってこない。どんなにサンタに願っても、帰ってくることは無かった。

 13歳の子供がサンタなんて信じるはずないのに、居ないと分かっているのに……プレゼントに願ったのは……両親と姉、この三人だった。

 願ったのは3回だけ。その後はもう諦めた。

 諦めきれなかったが、諦めるしかなかったから。


 今年は……今年からは祝おう。

 隣に立つ、大切な人と。


「あっ。こらぁ虎鉄ちゃん爪とぎしちゃダメよぉ~」

『にゃにゃっ。ダメにゃのかぁ?』

「ダ~メ」


 ……あいつ用の爪とぎの新しいやつ、24階から持ってくるか。

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