第62話

 ウィンドウショッピングならぬUSBショッピングは明日やるとして、まずは図鑑機能のチェックだ。


「どうやって使うかだなぁ」

「そういうのは書いてないと?」


 書いてない!

 中途半端に不親切なんだよこの図鑑。レベルが上がって詳細説明が『高』とかになると変わるのだろうか。


「地図上の任意ってあるから、地図ページで何かするんだろうけど……」


 試しに地下2階の地図を開いても特に『転移』を設定するテキストなどは無い。どうするんだろうなぁ――お。


「なるほど。触れるとこうなるのか」

「え? どうなったんですか?」


 地図は持ち主である俺にしか見えない。見えないセリスさんには分からないだろうが、見えていても分からないだろう。

 地図に触れた瞬間、いつものボーカロイドの声が頭に響いて説明を始めた。


【転移したい場所を2回、素早くトントンってしてね】

【同行者が居る場合は、図鑑の持ち主――つまりあなたの体に触れさせてね】


 それだけだ。

 他の階の地図に触っても、もう説明はしてくれない。


「転移したい場所を2回トントンしろだってさ。例のボーカロイドの声でそう説明された」

「トントンですか?」

「あぁ。あと同行者は俺に触ってなきゃいけないらしい」

「あ、浅蔵さんに……さ、触ればいいんですねっ」


 と言って、セリスさんは俺の服をきゅっと握る。


「セリスちゃん。浅蔵さんに触ってなきゃダメなんだよぉ。服じゃダメぇ」

「ダ、ダメなの?」

「ダメダメェ。浅蔵さんの手を、ぎゅ~ってしてなきゃぁ」

「て、手ぇ!?」


 俺の手と自分の手を交互に見つめ、セリスさんお顔は真っ赤になっている。

 異性と手を繋ぐって、恥ずかしいよね。

 まぁ検証するには良いと思う。


「服でいいよ。それで同行者認定されるかどうか、確かめるのも有だからね」

「え……そ、そう……ですか」

「ん? 手の方が良い?」


 と、俺は冗談めかして言ってみる。


「はぃ……あっ。はい、ふ、服握ってます」


 うん? 今の『はい』はどっちの意味のはいなんだろう。ま、まぁいいや。


「じゃあちょっと行って来るよ」

「瑠璃は寝ててね」

「うん~。夜のデート、行ってらっしゃ~い」

「る、瑠璃!?」

「ははは。行って来るよ」


 もし、1日に1度しか使えない――なんてことが無い様に、帰りの事も考えて2階に転移しよう。

 そう考えると階段付近だけど、あの屋台村の中にいきなり転移すると周りを驚かしてしまう。スキルの存在もあまり知られたくないし。知られて、転送屋にさせられるのも嫌だからな。

 という訳で、階段から近く、人の目に触れない場所――あそこだ!


「行くよ」

「は、はいっ」


 地図を拡大してピンポイントであの場所をトントンする。


【転移するよー?】


 はいはい、どーぞ。


 思わずした返事に合わせ、一瞬ずんっと重力を感じた。それまで見ていた景色も一変し、家の中から茂みに瞬間移動。


「出来た! セリスさんっ」

「は、はいっ。居ますっ」


 服でもいいみたいだな。

 ここが本当に2階なのか。確かめるには茂みから出て、すぐ近くに屋台村があればいい訳だ。

 2人揃って茂みから出て行くと、すぐ近くに屋台村を発見。


「転移成功だな」

「ダンジョン内の移動が楽になりますね」

「あぁ。これならバスの時間を気にせず、武くんをしごけるな」

「浅蔵さんの体力が心配ばい……。相場くん、体力馬鹿やけん」

「まさに『体力馬鹿』だよな」


 どうも元々彼はその類だったらしい。そこにきて『体力馬鹿』スキルの獲得だ。スキルレベルが低いのに馬鹿みたいに元気なのは、元々の体力がそうだったからだろう。

 若い子に着いて行くのって大変だ。俺だってまだ20代前半なのになぁ……。


「さて、次の検証だけど」

「はい」


 俺たちは屋台村で肉まんを買い、それを食べながら次の検証について話す。

 特に難しい事ではない。連続で今のが使えるかどうかと、マッピング範囲拡張がどのくらいか確かめることだ。

 この辺りは武くんを鍛える時に歩き回っているから、もっと奥に行くか、もしくは別の階層だ。それだって階段付近はどこの階層も歩いているので、さぁどうしたものか。


「だったら25階はどうですか? 25階はほとんど歩いてないですし」

「確かに……でも2人だけで大丈夫だろうか」

「レベル上がってますし、スキルも増えました。無茶しなければ行けるのでは? それに、そもそも階段からほとんど歩いてないけん、マッピングもほとんどなかとやろ?」

「それもそうか」


 マッピング範囲の確認なら、ほとんどマッピング出来てない25階のほうが分かりやすいだろう。

 それが出来るかどうかは、連続転移が出来るかどうかなんだけど……。


「なんでぇお前ら。まぁーた茂みん中でイチャイチャしてたのかよ」

「イ、イチャイチャ!?」

「はわっ。し、しとらんけんっ」


 ……この前の屋台の兄ちゃんが、ニヤニヤしながら俺たちを見ていた。






 逃げるようにして俺たちは茂みに駆け込み、そして2度目の転移を試した。


「出来た」

「出来ましたね!」


 目の前には懐かしの我が家である、24階のホームセンター。


 25階に転移しても良かったんだが、そこが25階だと見て分かる物が無かったのでこちらに設定した。


「せっかくだし、中の様子も見とく?」

「はい」


 もうここまで来てる冒険家は居るのかな。地図があるし、これる冒険家は居るだろう。

 中間地点の休憩所としては優秀な場所だろう。ただ食料は俺たちがだいぶん使ってしまったし……。


「そうだ。今度俺たちのアイテムポケットにカップ麺やレトルト食品詰め込んで、ここに届けに来よう」

「え? どうしてですか?」

「中の食料は俺たちがほとんど食べてしまっただろ? ここはダンジョン攻略の拠点として使えるし、食料を充実しておけば長期攻略も出来るからね」


 アイテムボックス系を持っていないパーティーは、そもそも長期攻略が出来ない。それがダンジョンの解明を遅らせている要因の一つでもある。

 ダンジョンの各階層を探索して生成の謎が解明されるかどうかは分からないけど、何か手掛かりの一つでもあればなとは思う。


「食料は地上で手配して貰わなきゃならないけどね」

「そうですね。でも……新鮮な野菜はいつでも手に入りそうですよ」

「え?」


 セリスさんがげんなりした顔でホームセンターの正面入り口を見た。

 そこには『おかえりなさい』と喜ぶ、歓喜して出迎える化け野菜たちが居た。


『モケケケケケケケ』『ムヒョーッヒョッヒョッヒョ』『イェーイイェーイ』

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