第206話:エピローグ
「ただいま~」
『ただいまにゃ~』
玄関のドアを開けると、カレーのニオイがした。
真っ先にリビングから駆けだしてきたのは、二匹の子猫たち。
『おかにゃ~、とーにゃん』
『とーにゃ、おかぁ』
『にゃ~。かーにゃんとミケばーにゃんのいう事聞いて、いい子してたにゃかぁ?』
『『してたしてたにゃ~』』
成猫よりやや小さな子猫たちは、二足歩行で虎鉄にしがみついた。
虎鉄似のぶち柄の男の子『
次にとてとてと歩いて来たのは――
「ととー」
「ユータ、ただいまぁ。父さんいなくて寂しかったかぁ?」
「ううん」
いや、そこは「うん」って言おうよ、な?
なんていうか、淡泊だよなぁ、うちの息子くん。
『おかえりにゃ、あにゃた。おかえりにゃ、豊にゃん。無事にとーきょーに着いたかにゃ?』
「ただいま茶子ちゃん。やっと到着したよ」
『にゃ~』
茶子ちゃん。
二年半前、大阪ダンジョンの攻略の手伝いに行った際出会った『猫又』の女の子。
といってもダンジョンモンスターではない。
ミケと同じように、出産場所を探してダンジョンに入ってしまった野良猫の子だ。
福岡02同様に、ダンジョン人のいるダンジョンだった。
俺たち同様に地下一階を居住区画にしていたため、安心して出産したんだろう。
二匹生まれた仔猫のうち、一匹がダンジョン猫になってしまった。
すぐに猫一回は支援協会員に引き取られたが、茶子ちゃんが他の猫と違うと気づいた協会員は、そのまま支部で面倒を見ることに。
俺たちが大阪05ダンジョンに到着したとき、彼女がお茶を運んで来てくれた。
大阪05ではアイドル的な存在だったらしい。
そして虎鉄と出会い、二匹は惹かれ合って……去年、結婚した。
まさか猫の結婚式を開くことになるとは思わなかったよ。
「おかえりなさい、豊さん」
「ただいまセリス」
軽い抱擁を交わしてから、短いキスをする。
3年前に彼女と結婚をし、二年ほど前にユータを授かった。
「東京、どうやった?」
「子供の頃テレビで見た景色は、どこにもなかったよ」
「そう……」
高層ビルの立ち並ぶ光景は、どこにもなかった。
十七年前。世界にダンジョンが生成されたあの日に、東京だけで十のダンジョンが誕生した。
都心部ではむしろ、ダンジョンが生成されていない場所の方が少ないぐらいだ。
そのせいで東京のダンジョン攻略はあまり進んでいない。
「明日から攻略すると?」
「いやぁ、さすがに大阪から三日かけて東京入りしたし、明日は丸一日ゆっくりするよ」
『明日はずっと日向ぼっこにゃあ』
『子供たちと遊んでやってにゃ』
『そーにゃそーにゃっ』
『う、うにゃ。わ、わかったにゃよ』
俺もユータと遊んでやらなきゃなぁ。
何するかなぁ。
「じゃあ豊さん、明日、買い物いかん?」
「んー、そうだなぁ。そろそろベビー用品を揃えた方がいいか。よし、行こう」
「うん。あ、お風呂沸いとるけん、ユータと入って」
「ほーい。そういやお義母さんは?」
「今日は早めに帰ったばい」
ユータが生まれたタイミングで、福岡02ダンジョンの傍に家を建てた。
ダンジョンの上にダンジョンは生成されない。
ある意味安全といえるこの土地に、ついに県は住宅の建設に乗り出した。
坪単価はなんと、1000円!!
が、住みたいという人はほとんどいない。
ダンジョン生成部分の一番外周にあたる場所しか売りに出されていないけど、購入者はほとんどが冒険家だったり協会職員。
土地は安いし、ダンジョン転移で戻って来ても徒歩数分なのもあって、俺は喜んで土地を買った。
5LDKの家と一間の離れ。
ここに俺と虎鉄一家が暮らしている。
「あぁ。せっかく冒険家に復帰したばっかりやったのに」
「またしばらくは留守番だな」
半年前に冒険家復帰したセリスだったけれど、先月――
『セリス、いつ生まれるにゃかあ?』
「んっと、来年の4月よ」
『まだまだ先にゃねぇ』
東京ダンジョンに行くことが決まった直後に、セリスの妊娠が判明。
大阪ダンジョンまでは図鑑転移が出来るが、その先は車と徒歩で東京まで三日かけて移動。
連れていける訳ない。
「毎晩帰って来るしさ、大人しく留守番しててくれよ」
「むぅ~。ちゃんと毎日帰って来てばい」
「もちろん。さ、ユータ。父さんとお風呂行こうか?」
「こてちゅぅ」
『にゃっ。い、嫌にゃっ』
ユータは父さんより虎鉄が好きでちゅか。
その虎鉄はユータに捕まらないよう、急いで子猫たちを抱えて逃げて行った。
『にゃ~。手と足は洗うにゃよぉ』
茶子ちゃんが追いかける。
あの子がいてくれるおかげで、俺がいない時間もセリスを見ててくれるから助かる。
もっとも、毎日のように義父母が来ているけど。
「そぉら、行くぞぉ」
「きゃー」
ユータを脇に抱えて風呂場へと向かった。
三日ぶりの息子との風呂。
子供は二人まで――という暫定的な法律が日本に出来たのは三年前だ。
あのダンジョン神の話だと、人口を減らすことを目的にダンジョンを生成しているようだしな。
増えなければダンジョンも生成されないと信じて、子供は二人までとなった。
二人いれば十分だ。
遊んでいたらセリスに呼ばれ、風呂を上がってすぐ食卓へ。
やった、カツカレーだ。
虎鉄一家には衣をつけずに炙った肉が用意されていた。
子猫たちは大興奮だ。
『にゃ~ん』
「ミケ、ただいま。今日はご馳走だぞぉ」
『うにゃ~ん』
みんなが揃って、いただきますをする。
「ん。嶋田さんとこ、もう臨月やったやろ?」
「みたいだなぁ。甲斐斗のやつ、戻ってきたら報告もしないで帰ったよ」
「そりゃ奥さん心配やけん、当たり前ばい」
「上田さんもとうとうお母さんかぁ」
「上田さんやなくて嶋田さんたい」
まぁ結婚したんだし、苗字は変わるけどさ。
でもいまいちしっくりこないんだよなぁ、嶋田さんって呼ぶの。
「あぁ、それにしても出産ラッシュで、俺たちのパーティーも減ったよなぁ」
「小島さんとこも池野さんとこもやしねぇ」
「まぁ芳樹んとこの木下さんは、そろそろ復帰するって言ってたけどさ」
「瑠璃が小島さんところの赤ちゃんの面倒みるっていっとったね」
「うん。武くんたちの子も一歳だし、年齢が同じだからね」
翔太と鳴海さんのところは、生後三か月だから冒険家復帰はまだ先だ。
省吾と春雄のところも、冒険家じゃない女性と結婚して子供もいる。
それぞれ家庭を持ったけど、冒険家は続けていた。
まぁサラリーマンみたいに毎日帰ってこれるしな。
今回みたいな他県への移動で数日戻れない日もあるけれど。
「明日は一日のんびりして、明後日から東京ダンジョンの攻略開始だな」
「まずどこいくと?」
「うん、端から攻めていく予定で、まずは八王子ダンジョンだ。今のとこ、地下68階まで攻略出来ているらしい」
「100階規模? それって拡張後なん?」
「いや……拡張前……」
「うわぁ……時間かかりそうやねぇ」
「うん。まぁコツコツやるさ」
八王子ダンジョンは解放する方向で準備をしている最中だ。
まずはここから。
そうして日本としての機能を復活させる。
二日後。
今日から東京ダンジョンに潜るぞ!!
――というこの日。
「甲斐斗、遅いなぁ」
「もしかして上田さん、陣痛始まってたりしてぇ」
なんて翔太が言った途端、福岡02支部の事務所から上田さんが駆けてきた。
「おーい、今嶋田くんから電話があってねぇ」
「「陣痛!?」」
「あ、うん。そうなんだって」
「翔太、フラグ立ててんじゃねえよ」
「えぇー、ボクのせいになる訳?」
「置いてこうぜ。どうせ俺たちは八王子の一階から進まなきゃならないんだし、すぐ追いつけるだろ」
「だなー。心愛、甲斐斗に伝えといてくれるか?」
「うん。伝えとく。たぶん帰ってきたら、みんな甲斐斗先輩の雷ハグが待っとるやろうけど」
あぁ、うん。目に浮かぶよ。
「じゃ、行ってくるよセリス」
「うん、気を付けてね。ヒーラー誰もおらんのやけ」
「分身でポーション増やしまくるよ。茶子ちゃん、よろしく」
『任せるにゃ~。あにゃた、お土産獲ってきてにゃ』
『にゃ~。海があればいいにゃねぇ』
海マップは地下51階にあるらしいけど、今は言わないでおこう。
虎鉄が俺の肩に飛び乗り、他の奴らは服の袖を掴む。
転移するのは八王子ダンジョンの地下一階。
「じゃ、行くか」
「おう」
『にゃ』
「いってらっしゃい」
セリスの笑顔に見送られ、次の瞬間には別のダンジョン――八王子ダンジョンへと転移した。
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