第205話:ダンジョン暮らし

「やぁん。浅蔵さん、かわいぃぃ」

『この頃のあさくにゃは、純粋無垢にゃねぇ。それに引き換え今は』

「おい、それはどういう意味だ虎鉄」

『にゃ~ん』


 都合の悪いときだけ猫語になりやがって。


 朝から家の掃除をした。少しでも綺麗にしようとして。

 けど、直ぐにアルバムを見つけて――


「これも持っていくけん」

「いや、一冊でよくないか?」

「ダメ! 全部持って行くと」


 全部――俺が写ってない姉ちゃんの写真から両親の若い頃の写真まで、セリスは全部持って行くという。

 

「ポケットには十分空きがあるけん、心配せんでもいいばい」

「はぁ……まぁいいや。な、そろそろ行かないか?」

「ん? 支部に行くの、11時でいいんやろ? まだ8時半ばい」

「あー……昨日はさ、無我夢中でマンションまで来たから、周辺の安全確認とか、ほら」


 倒し漏れしたモンスターがいない――とも限らない。

 建物の安全性を確認したら、元々この地区に住んでいた人たちが戻って来るだろう。

 俺のように。


 まず建物の確認をする人たちの安全を守るために、ちゃんと周辺の調査をしなきゃな。


「そうやったね。もう行く?」

「あぁ。朝ごはんももう食べたし、出発しよう」

『もっと食べたかったにゃぁ』

「食べ過ぎだ」


 荷物――といってもポケットだが、それに入れて玄関へと向かう。

 あんだけパニックになってたのに、ちゃんと靴を揃えて上がってたんだな。

 おかげで靴下は真っ黒だったけど。


 靴紐を結んで――ふと、視線を感じて後ろを振り返った。


 そこに家族の姿はない。分かっている。

 けど、

 きっと見送ってくれているはずだ。

 だから――


「いってきます」


 リビングに向かってそう声をかけ、ドアを閉めた。






「あ、小嶋さん」

「セリスさん、早いな」

「お、芳樹。今来たのか。俺たち先に行くよ。周辺の安全確認、まったくしないで来たからさ」

「あぁ、そういうことか。なら三丁目の方は行かなくていいぜ。こっち来るときに見て来たからさ」


 三丁目は木下さんの家がある方角だろうな。あの辺りは小学校の校区が違うし。

 木下さん、少し目の下にクマがあるな。

 でも表情は決して暗くない。

 彼女には芳樹がついていた。俺にセリスがいたように。

 芳樹も大丈夫だろう。


「じゃ、先にいくよ」

「あぁ。また天神の支部でな」

「8階まで頑張れ」

「……マジかぁ」


 昨日は冷静じゃなかったからなんとも思わなかったけど、6階から下りてくるだけでもうんざるした。上るならもっとうんざりだろうな。


 マンションを出て駐輪場へ。

 そこから自転車に乗って、西区の方へと向かった。

 東区には甲斐斗と春雄の実家がある。省吾は北区だ。きっと今日は冷静になって、自宅から天神支部までの道中を調査しながら来るだろう。


「少し遠回りになるけど」

「別にいいばい。浅蔵さんが一緒やったら、疲れんけん」

『疲れるのはあさくにゃだけにゃ~』

「ですよね~。あぁ、ついでだから分身も走らせるか」


 分身を出して、各方面に自転車で走らせる。

 オフィス街の方に行って貰おう。


 懐かしい風景――いつもお菓子を買いに行っていたコンビニ――立体駐車場――。

 今でもよく覚えている。

 だけど目の前に広がるのは、苔むしていたり、蔦が絡まっていたり、ヒビの入った建物ばかり。

 あの時のままのものはひとつもない。

 

 そんな景色を見ながらペダルを漕ぐ。


 高層ビルが太陽の光をして反射して、辺りが明るく照らされる。

 

 ふぅ……やっと……やっとこれで、本当の一歩を踏み出せる気がする。

 そう。まずは一歩だ。

 まだまだ終わりなんかじゃない。むしろこれから始まるんだ。

 

「セリス」

「え?」


 隣で自転車を漕ぐ彼女へと声を掛ける。


「これからもよろしく」

「え……あ、うん。もちろん」

『アッシは? アッシはぁ?』

「虎鉄もよろしく。あぁ、そうだ。天神のダンジョンがなくなったし、我が家には図鑑転移できなくなったな……」

「そ、そういえば……」

『走って帰るにゃかぁ? 疲れるにゃぁ』


 疲れるってお前、俺の肩に乗ってばかりじゃないか。


「あぁ、車欲しいなぁ。くる――」


 あ、今なんか嫌なことを思い出した。

 スライムに溶かされている愛車のこととか……。


「浅蔵さん、今、車のこと……思いだしとった?」

「うああぁぁぁぁ、愛車があぁぁぁ」

『あいしゃあ? 溶けてたやつにゃあ?』

「虎鉄、止め刺したらダメっちゃ」


 くっそぉ。今度はローン組まずに一括購入してやる!

 買うならまたSUV車だな。なるべく大きいやつがいい。

 遠くのダンジョンに行く場合、今は電車がほとんど使えないからな。

 一日二日程度なら、SUVで車中泊もまぁいいだろう。


 今度こそ、助手席にはセリスを乗せて――虎鉄には後ろで大人しくしてもらうかな。


「そうと決まれば、ダンジョン図鑑でばんばん稼ぐぞ!」

「ばんばん稼ぐと? お、お金そんなに稼いで、何を――も、もしかして家!?」

「え、い、家?」

「わ、私たちの……はうっ。ち、違うと!? そ、そうよね。そうたいね。だってダンジョンに家があるんやけん」


 家。俺たちの……。

 確かに家はある。けど、あそこは常連の冒険家や芳樹たちがしょっちゅう来て、自宅というよりは溜まり場だ。

 図鑑転移のこともあって便利ではあったけど、02ダンジョン近くに家を建てるのもありだな。

 虎鉄とミケ用に離れとは作れればいいな。


「は、早とちりして恥ずかしい」

「いや。家、いいと思う。図鑑転移のことも考えて、ダンジョンの近くに土地を探そう」

「ふえ、と、土地? 家やなくて?」

「少し大きめの土地を探してさ、虎鉄とミケが暮らせる離れとかあるといいなぁと思って」


 同じ家でってのもいいけど、なんかなぁ、絶妙なタイミングで虎鉄が邪魔する未来しか見えないんだよ。


『あっしとかーにゃんの家!?』

「虎鉄とミケの……うん、うん、それステキ」

「だろ? まぁそのためにもさ、まだしばらくダンジョン暮らしを続けなきゃならないだろうけど」

『うにゃ~』


 天神の町を、家族を取り戻すのがひとつの目標になっていた。

 それは……望んだかたちではないけれど、達成した。 


 次の目標は、明るい未来のためのものだ。


 ダンジョン図鑑があれば攻略も楽になる。

 ダンジョン暮らしを続けながら、新しい目標に向かって突き進むぞ!






********************

12:30と12:50にエピローグ2本投稿します。

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