第204話:家族

 歌が聞こえる……子守歌?

 いやなんか違うな。

 でも優しい声だ。


 母さん?


 それも違うな。

 だって母さん、けっこう音痴だったし。


 ふと目を開けると、青い瞳と視線が合った。


「セリ、ス」

「あ、浅蔵さんっ。も、もしかしてうるさかった?」

「いや。凄い心地いい声だったよ」


 心地よくて、目を閉じるとうっかりまた寝そうだ。


 寝そう……あれ?


「お、俺、寝てた!?」

「うん。二時間ぐらい」


 二時間!?

 に……この角度、頭の下の温もり……膝枕!


「ごめん、重かったろっ」


 慌てて体を起こそうとしたが、セリスにおでこを押されて膝枕に戻ってしまう。


「もう少しこうしとき。急ぐようなこともないけん、ゆっくりしとって」

「セリス……」

「それに虎鉄も横で寝とるし」


 あぁ、どうりで腰のあたりが温かい訳だ。

 頭も温かい。腰も温かい。

 なんだこの幸せ空間。


 セリス、ずっとこうしてくれてたのか。


 あぁ、俺……お……うああぁぁぁぁ。


「ど、どうしたと? 急に顔抑えて」

「は、恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしい。いい歳してわんわん泣いて……ああぁぁぁ」

「べ、別に恥ずかしがることないけん。悲しかったら泣くのが当たり前ばい」

「泣いたのも恥ずかしいけど、それ以上に俺――なんかおかしなこと言ってただろ? 現実と願望の区別が出来なくなってて、俺……うああぁ」


 なんて言ってた?

 なんか俺、家族にセリスを紹介するとか、そんなこと口走った気がする。


「ごめん、ごめん。情けない男で」

「そんなことないばい」

「あるよ。もう十年何も前のことなのに……」

「ずっと待っとったんやろ。帰ってくることを、帰れることを。さっさと家族のこと忘れて平然としとるような人やったら私、好きになっとらんけん」

「セリス……」


 青い瞳がじっと、俺を見つめる。

 ずっと……ずっと俺を見てくれているんだな。


「それに、浅蔵さんの気持ちも分かるけん」

「俺の?」

「ん。あの日、浅蔵さんに出会ったあの日……ダンジョンに落ちて、ホームセンターに逃げ込んで」


 あの日……もうずいぶん前のことのように感じるな。


「凄く不安やったと。私、ここで死ぬんやろうなとか、もう家族に会えんのやろうなって……不安で、怖くて……夢の中にお母さんとお父さん、ハリスが出て来て、普段の暮らしを私だけ見えない壁の向こう側で見とってね」


 そんな夢を見ていたのか。

 いや、俺も子供の時に見たな、そんな感じのやつ。

 大声でみんなを呼ぶのに、誰も振り向いてくれない。

 そして俺だけその場から離されて行って――


「同じような夢、何回も見たたい。目が覚めて、どっちが現実なのか分からん時も……。ラジオ体操したら頭もスッキリして、それが夢やったってすぐ理解出来たんやけどね」

「あはは。疲れを解消するだけじゃなかったのか、あのスキル」

「それに……浅蔵さんもおったけん」


 彼女の細い手が、俺の頭を撫でる。

 あぁ、気持ちいいな。

 ずっとこうしていたい。いや、されていたいか?


「浅蔵さんがおったけん、私、生きとるんばい」

「俺も。セリスがいてくれたから、頑張ってダンジョンから脱出しようっていう気になった。君がいてくれたから、壊れずに済んだ。ありがとう」


 頭を撫でるセリスの手を取って、その掌に口づけをした。

 それから体を起こし、唇に――。


「セリス」

「ん?」


 今ここで、言うべきだと思った。

 ここで。


「これからもずっと、傍にいて欲しい」

「あ、浅蔵、さん?」

「だから、結婚……してください」


 途端に彼女の顔が赤くなる。

 あ、やっぱり突然すぎたかな。

 でもせっかく実家に帰って来たし、ここなら家族にも見守って貰えるかなと思って。


「へ、返事はゆっくりでいいよ。急だったし、うん、ごめん」

「そんな、謝らんといて。あの、わ、私――もちろん」


 セリスが慌てて何かを言おうとして、だけどその先は大きな音によって遮られた。


 ぐううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。


 っという……


「ご、ごめん……なんかお腹空いたみたい、だ」

「……ぷはっ。さ、さすが浅蔵さんばい」

「ほんっとごめん。ムード全部台無しぃ。ああぁぁ、恥ずかしい。もうお婿にいけんばい」

「心配せんといて。私が貰ってやるけん。ぷはははは」

「それって、つまり、え」

「ふふ。もちろん、オッケーってことたい」


 もう一度セリスの頬に触れ、彼女を引き寄せた。

 その唇に、


『うにゃあぁぁ。ご飯にゃかあぁ?』

「……そうか。そうだよな。うん」

「ぷふふ。じゃ、ご飯の用意しましょうか」

「だな。ポケットの中、何か入ってる?」

「いろいろあるばい」

『にゃ~。マグロはあるにゃかぁ』

「「それはない」」


 リビングを片付けポケットを広げ、今日の晩御飯は何をしようかと話し合う。

 いつもと変わらない日常を、いつも一緒の彼女と過ごす。

 この日常がいつまでも続くよう祈りながら、俺はふと口を開いた。


「俺……冒険家続けたい」


 天神の町は戻ってきた。

 俺の生まれ育った町が戻ってきた。


 でも終わりじゃない。

 まだまだダンジョンが残っていて、残すにしろ解放するにしろ、俺のダンジョン図鑑は何よりも役に立つだろう。

 だから――


「うん。私も一緒に続ける。傍におる」

『うにゃ~? よくわかにゃにゃいけど、アッシも行くにゃあ』

「ありがとうセリス。虎鉄もありがとうな」

『うにゃぁ~。お礼はちゅ~る100本でいいにゃよぉ』


 ……まぁ虎鉄はそうなるか。

 にしても、100本ってわりと安上がりなやつだよな。


「さ、ご飯にしましょう。お湯ぽちゃハンバーグと筑前煮、どっちがいい?」

「ハンバー……味噌汁もあるし、それに合わせるなら筑前煮の方がいいよなぁ」

『両方食べればいいにゃあ』

「こ、虎鉄……お前は天才か!」

『ふっふっふっにゃぁ』

「じゃあ両方ね。大きい鍋を出さなきゃ」


 その日、十数年ぶりに実家で食事をした。

 食卓ではなく、手持ちの簡易テーブルで。


 そこに家族はいなかったが、代わりに新しい家族となる人がいた。 






**********************

●明日は3話更新します。

 12:01 → 12:20 → 12:40の更新です。

 次のお話で本編完結。残り2話はエピローグなもので

 週明けにエピローグ投稿というのがカッコつかないため

 いっきに更新することにしました。

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