第41話

 ダンジョン生活44日目。

 そう言えば……。


「もしかしてそろそろ9月?」

「え? ……8月下旬ですね」


 セリスさんはスマホのカレンダーをチェックしていた。もしかして毎日日付チェックしてたのかな。

 俺はここに落ちて何日目ってのだけ数えてたけど。


 あれ? 8月下旬ってことは、お盆も過ぎてるってことか。

 墓参り行けなかったなぁ。


「セ、セリスちゃん大変だよぉ~!」

「どうしたの瑠璃!?」

「夏休みの宿題~。通知表も貰ってないし~」


 あぁ。学生さんは大変だね。でもそもそも終業式にすら出てないんだし、君たち二人に宿題は出てないと思うよ?

 そう思うんだが、セリスさんまで慌てたようにどうしようとか言ってる。


「宿題、そもそも貰ってないよね二人とも」

「「え?」」


 いや、え? じゃないよ。えじゃ。


「セリスちゃん大変だよぉ~! 宿題、私たちしなくていいみたい~」

「高校3年間で一番嬉しい夏休み……でも全然遊べないまま終わりそう」

「うん。まぁそこは同情するよ」


 微妙な空気から始まった朝。

 朝食後少し休んでから10階へと上った。

 そしてこれはなんて言えばいいんだろう……。普通の洞窟ダンジョンのように通路状にはなっているんだけど、壁は3メートルほどの高さで天井は無い。空が見えているから。

 しかもこの壁、丸太で出来てるし。


「これ、巨大迷路とかじゃないですか~? 子供の頃、遊園地のイベント広場にこんなのありました~」

「巨大迷路……そもそもがダンジョンだって迷路みたいなものなんだけどな」


 だが言われてみると確かに巨大迷路かもしれない。ちょっと壁とか上れないかな。

 鞭を丸太の先端に絡め足を掛けてみると――


「ひえっ」

「きゃ!」

「地震だよ~」


 ぐらぐらと揺れ、丸太に掛けていた足が滑る。

 揺れが収まって際チャレンジすると、やっぱり揺れ始めた。


 ならばとセリスさんがジャンプ!

 垂直跳びで3メートル近く飛ぶって、どうなんだよ!

 だがしかし、壁も負けてはいない。

 彼女が壁を飛び越えられないよう、丸太が伸びる! ぎゅいーんと伸びて凡そ10メートル。伸びすぎ!

 高く跳んで周囲を見ようとするのも邪魔をする。


「くっ。どうやっても壁には上らせないつもりか」

「ずるはいけませんって事なんですよ~」

「ダンジョンでずるがどうこうとかあるのかよ……なんかこの階層、ムカつく」


 八つ当たり気味に鞭で丸太を打つが、皮すら剥げない。見た目は丸太でも鉄筋並みの強度かよ。

 しかし巨大迷路ってことは、進むのに苦労しそうだなぁ。

 他の階層に比べても行き止まりといった通路が多くなるだろうし。


 そして俺の予想は的中した。

 階段を上った正面は十字路になっていて、左手の法則に則ってまずは左の通路へ。しかし僅か100メートル程で行き止まり。

 まぁ直ぐに行き止まりなら引き返す手間もそれほどでも無いからいい。

 戻って来て正面の通路を進めば更に分岐点が。左へ、また左へと進むこと10分。結局行き止まりで、直前の分岐点まで戻っては別ルートに進み、また行き止まり。戻っては別ルートへ……そして行き止まり。


 途中、見たくなかった物……数匹スライムが迷路の隅でぽよぽよする横に、衣服が落ちていた。所々血の染みついたそれは、服の上下から肌着、そして靴まで。

 21階で見たアレを思い出す。

 溶かされ、食われてしまったのか……。


 結局2時間かけて分かったのは、階段上って直ぐの右通路が正解コースだってこと。


「うあぁぁぁっ。なんか悔しい! 昼から右の通路行かないか?」

「ダメです。浅蔵さんは体を休めてください」

「でも悔しくないか?」

「いえ、全然。ちゃんと地図埋め進んでいるんですから、いいじゃないですか」


 そんな……俺は右の通路の先が気になって仕方がない!

 二人が漫画の続きが気になるのと同じなんだーっ!






 左手の法則がダメなら右手の法則か?

 パチンコ店に戻ってから図鑑を開いて地図とにらめっこ。そこに表示されているのは何も俺が歩いた所だけではない。

 丸太壁の向こう、未侵入の通路も表示されているのだ。

 その通路の事も考えながら、俺は頭の中でシミュレートする。


 ・ ・ ・。


 まぁしたところで、実際そういう構造になっているかどうか分からないもんなー。

 ヤメだヤメ。


「今日は様子見で歩きましたが、明後日は自転車に乗りますか?」

「うぅん、そうだなぁ……」


 迷路の通路は案外狭い。これまで通った洞窟タイプでも、横幅5メートルぐらいあったんだが……ここは2メートル程しかない。

 横幅の狭い通路でモンスターと遭遇すれば、どうしても戦闘は避けられなかった。

 まぁ出てきたのは、黄色水色緑赤の、4色スライムだけだ。動きは遅いし、無視することも出来なくはない。

 ただ曲がり角は直角だし、スピードを出したまま曲がれないだろうな。


 曲がり角では一旦停止。歩行者ならぬ歩行モンスターが居ないか十分確認して、安全運転を心がけよう!


 休みの間に自転車のタイヤに空気を入れ、油を差してメンテナンスもバッチリ。

 鞭のワイヤーを少し強化して、殺傷力アップ!

 ただ階を上がるごとにモンスターは弱くなっていくので、ちょっとだけ物足りなさを感じる。

 そもそも戦闘回数が少ないしな。


 風呂にも入って疲れを癒し、バランスボールと肩こりマッサージ器で揉み解し、ダンジョン生活46日目。


「さぁ、右を攻略するぞ!」

「はいっ」

「宝箱とかあるかな~?」

「もう瑠璃ったら。イベントの巨大迷路とは違うんだからね!」

「でもここってダンジョンだよぉ。ダンジョンって言えば宝箱ぐらいあったっていいじゃ~ん」


 まぁ確かにそうだ。

 ダンジョンでは稀に宝箱が発生する。どの階のどこに――ではなく、完全にランダムな場所に。

 中にはスキルを獲得できる変な巻物だとかアイテムが入っていると聞く。

 まぁたかだか半年の冒険家生活でそんなのは見たこと無いし、現役の友人たちも見たことないと話す。もう5年も冒険家やってて見たこと無いって言うんだから、宝箱自体が伝説級なのさ。


 自転車に跨り比較的低速で進んで行く。

 ぽよぽよしたスライムはなるべくスルー。何匹か固まっているとタイヤで踏むことになって危ないので、その時は倒して進む。

 

 右手の法則が正解なのかと思って、右、右と進んでみたが、普通に行き止まりじゃん!


「はぁ……ここは地道に一本一本進んで地図を埋めていくしかないのか」

「時間かかりますね」

「どこかに近道を出現させるスイッチとか~、ないのかなぁ」


 そんなのあれば楽だよな。


 昼頃まで掛かって進んだのは、ざっと1/3といった所か。

 これ、移動距離がかなり長い階層だぞ。それ以外での難易度は無いようだが……。

 しかし忘れてはいけない。ここは10階層。5の倍数だ。


「この移動方法だとボスと遭遇する確率も高そうだな」

「そうですね……ここまでずっとスライムばかりやったし、スライムのボスかな?」

「うぅん、どうだろう。25階のボスがスライムだったからなぁ」


 だから違うと思う。そんな単純な理由だが、進むにつれスライム以外のモンスターを目撃するようになった。


 ネズミだ。

 よくドブネズミと言われる、尻尾の長いアレだ。大きさはカピバラさん程。

 現存する世界最大のネズミはカピバラさんではなかった!?

 尻尾も含めれば完全に抜いているからな。

 そして同じネズミ科でも、こちらは可愛くない。

 目が血走っているし、何より薄汚い。

 しかもスライムと違い動きは遅くないし、無視して走り抜けることも出来なかった。


「厄介だな。移動速度が遅くなってしまう」

「遭遇するたびにいちいち自転車から降りるのも面倒くさいですね」

「降りて歩きますか~?」


 その方が無難かもしれない。

 感知でモンスターの位置は分かるのだが、こう入り組んだ迷路だと進む先の通路なのか違うのか判断も出来ない。

 そしていざ遭遇すれば自転車を降りて停め、戦闘準備だ。しかも頻度はそこそこ。

 自転車を停める間に後ろから襲われないかと、ヒヤヒヤする。

 これなら歩いた方がまだいい。


 そのネズミを倒すと、たまにメダルをドロップした。いったい何に使うんだ?


 一度どこか広い場所を探して自転車をポケットに入れよう。そう思って場所を探していると、恐らく迷路の中央だろう場所へと出てきた。

 そこには見晴らし台のような陸橋がある。

 ただその陸橋前にはネズミが待ち構えていた。


 ひと際デカイ、どう見ても階層ボスのネズミが。

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