第42話

『ジッチュー!』


 本来細長いはずの尻尾も、あのクラスになると太い。俺の太もも程もある。

 それを地面にびたびたと打ち付け、砂ぼこりを撒きあげていた。


「あいつ倒さないと、上には上れないみたいですね」

「そうだな。陸橋に上れればゴールの位置も見えるかもしれない」

「またスキル貰えるといいですね~」


 俺たちは各々の武器を構えネズミへと近づく。

 俺は右手に鞭、左手に図鑑を抱え、まずはボスの情報を確認した。



∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

     【ジャイアンラット】

 気分が良いと歌いだす。その歌には頭痛を引き起こす効果がある。

 手下のラットが持って来た物を、全て奪い取るという意地悪な面も。

 故に手下のラットからは嫌われている。

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽



 おい、どこかで見たことのある設定だぞ?

 頭痛って……ちょっとそれヤバくないか?

 早めに決着を付けよう――そう思ったのに、ジャイアンラットがまさかの行動に出た。


 後ろ足とお尻をぺたりと地面に着け体を起こすと、どこに持っていたのか巨大なマイクを取り出した。

 ヤバい……。


「耳を塞げ! 歌を聞くと頭が痛くなるぞ!」

「え?」

『ギィーッヂュヂュウゥゥゥ♪』

「いやぁ~っ」


 ぐおおぉぉぉっ。遅かったぁ。

 いや、耳を塞いでも効果が無い!

 ドリルで頭蓋をゴリゴリされているような、強烈な痛みが襲って来る!


『チュチューッ!』


 て、手下のネズミ共まで悶絶してるじゃねえか。なんてボスだよ!

 その癖気持ちよさそうに歌ってんじゃねーよ!


 ただこの戦い。

 奴が歌っている間、俺たちは頭が痛くて動けない。奴は歌うのに夢中で攻撃もしてこない。手下のラットが本来ならここで俺たちを襲うんだろうけど、そいつらも頭を抱えのたうち回っている。


 これ……どうやって戦闘を終わらせればいいんだ!


 かれこれ5分ほど歌っただろうか。まぁ1曲分と考えればそれぐらいか。


『ヂュ~』


 歌い終わって満足したのか、ジャイアンラットは会釈をしてマイクを置いた。

 歌い終われば頭痛は収まるが、余韻は残る。

 

「くっそ。まだぐわんぐわんする」

「こ、これ……無理ばい……浅蔵さん、陸橋は諦めて他の道行きましょう」

「頭痛~い、耳も痛い~」

「そ、そうだな」


 陸橋に上れればゴールまでの道が少しは分かるかもしれない。だがあそこを上らなくても奥へは行ける。

 こんな音痴放っておいて先へ進もう。


 俺たちはジャイアンラットを無視して奥へと続く道へ向かった。

 だがその行動がボスにはお気に召さなかったようだ。


『ヂュ! ヂュヂューッ!!』


 地面に置いたマイクを拾い上げ、青筋立ててスイッチを入れた。


「ま、待て! やめ――『ヂュッヂューッ、ヂュヂュビヂューッ。ヂュワーオ!』


 こ、今度はロックか!? ロックなのか!?

 ぐああぁぁっ。さっきより酷い!

 手下のラットたちなんか、泡吹いて気絶してんぞ!


 は!? セリスさんと大戸島さんは?

 なんとかギリで耐えてるようだ。

 二人の下に駆け寄り、とにかくここから引き離す。離れれば奴の歌も聞こえないだろう。

 だが奴は歌いながらのしのしと歩き、先へとつながる道を封鎖しやがった!

 仕方ない。今は一旦道を戻ろう。


 二人の手を引き道を戻り、中央の広場から抜け出すと――奴の歌声は途端に聞こえなくなった。

 有効範囲って奴か。こういうところは非現実的なんだよな。


「大丈夫か、二人とも?」

「は、はい……なんとか……」

「あっちのネズミさんたち、死んじゃってるんじゃないですか?」

「いや、痙攣してるから生きてるだろ。しかし殺人級の音痴だな。あれじゃあ先へ進めない」


 通路を塞ぐようにどっしり居座られてはどうにもならない。

 倒すしかないんだろうけど、あの割れるような頭の痛みはなぁ。


「浅蔵さんは平気なんですか? 私なんか歌声聞こえた瞬間、周りの状況とかもう見れませんよ」

「私も~。頭押さえるので精一杯」

「いや、頭は傷むよ? でも状況判断しないと危険じゃないか。……ん? 待てよ」


 二人との温度差がかなり有る。頭は痛いが周囲の状況を見る余裕ぐらいはあった。


 順応力――もしかして奴の音痴に、俺の耳は慣れ始めているのか?

 音痴に慣れるってなんだよ……そう思いながら俺は確かめることにした。


「さぁジャイアンラット! 俺が貴様の歌を聞いてやるから、どんどん歌え!」

『ヂュ!? ヂュヂュ~ッ』


 通路を塞いだジャイアンラットは嬉しそうにマイクを握ると、そこから奴のリサイタルが始まった。


 痛い。やっぱ痛い。頭が痛い。

 ドリルでゴリゴリされているような、ハンマーで殴られているような、ボールが当たったような、グーパンチで殴られているような、スリッパでツッコミを入れられているような……。

 

 30分ほど歌を聞かされただろうか。

 俺の頭痛は、完全になくなっていた。


 奴は気持ちよさそうに歌い続けている。

 だから攻撃し放題だった。

 まずは凶器になり得る太い尻尾を鞭打ち切断。殺傷力上げてよかったぜ。

 尻尾が落ちようが歌を止めようとしない。完全にトリップ状態だ。

 それから全身を鞭打ち、裂傷を増やしていく。


 そして奴がようやく全身の痛みに気づいたとき、出血多量で瀕死状態だった。


『ヂュ……ヂュー』


 何故だ。何故俺を襲うとでもいうような、悲痛な目で俺を見る。

 やめろ! 俺は何も悪くない。


「お前の歌は最悪だった。ただそれだけだ!」


 止めは図鑑による角での脳天殴打。

 それが決め手となり、奴は体を横たえ動かなくなった。


【福岡02ダンジョン10階層ボスモンスターを討伐したよ】

【討伐完了ボーナスとして『エナジーチャージ』スキルを獲得したよ】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る