第40話
1日丸々休息日となったダンジョン生活43日目。
朝からずっとぼぉーっとするだけのお仕事なんだが、これがもう暇で暇で仕方がない。
バランスボールに寝そべってみたり、これまたホームセンターから持って来た肩こりマッサージ器具でぐりぐりしたり。あぁ気持ちい。
「浅蔵さ~ん。お風呂入りたくないですかぁ?」
「お、入りたいねぇ。でも水は出るのかい?」
「出ましたよ。きっと落ちてから誰もお水使ってなかったんでしょうね」
貯水タンク完備だったのか。
そりゃもう、お風呂入りたいですとも!
もう何日入ってないか……。体はウェットテッシュなんかで拭いて、汗の匂いなんかはデオドラントシートでカバー。
それでもいろいろ限界はある。精神的な限界が。
さっそくカセットボンベでお湯を沸かそうとしたが――。
「あ、プロパンガスだから、コンロ使えますよ」
「え? マジで!」
それは有難い。カセットボンベで風呂用のお湯を沸かすのって、結構時間係るからガスの残量が気になるんだよな。
業務用の鍋を取り出し、水をじゃんじゃん汲んで沸かす。
風呂のお湯もガスで沸かせればよかったんだが、そこは電気っていうね。
ただコンロが二つ同時に使えるので、やかんでも沸かして時短も可能。
お湯を沸かしながら昼ご飯を食べ、大戸島さんセリスさん、そして俺の順で風呂へと入った。
髪だって3回も洗ってやったぜ!
こうしてのんびり風呂に浸かっていられれば、疲労も少しは回復できるな。
どっかに銭湯とか落ちてないもんかねぇ。
「はぁーぁ、さっぱりした」
「ですよね。私、地上に出れたらどこか温泉にでも行きたいなぁ~って思うんですが」
「お、いいねぇ温泉。でも福岡だと温泉とか期待できないんだよなぁ」
「大分なら道も通ってますし~、行けますよぉ」
「行きたいなぁ。大きな露天風呂にゆっくり浸かって、美味しいもの食べてぐーたらしたい」
「したいばい」
「したいね~」
畳部屋にごろんと寝転べば、自然と瞼が重くなってくる。
体がぽかぽかして、最高の気分だ。
こんな、割と当たり前の状況で安心感を得られるとはな……。
はぁ、こんなダンジョン暮らし、早く終わらせたい。
「浅蔵さん? 寝るんやったらマットレス敷こうか?」
「ん。でも二人の邪魔だろ?」
「そんなことないですよ~。私、向こうの部屋で漫画読んでる~。続き気になって」
「あぁ……じゃあ……」
体を起こそうとしたが意外なほど重く感じ。起き上がる前にセリスさんが、壁に立てかけてあるいつも使っているマットレスを敷いてくれた。
そこにシーツを敷き、「どうぞ」と声を掛けてくれる。
いやぁ。こんな綺麗な子にベッドメーキングして貰えるなんて、嬉しいねぇ。
這うようにしてごろんと寝転べば、今度は毛布を掛けてくれた。
至れり尽くせりだな。
うあぁ、眠い。こりゃあダメだ。
「ごめん。ちょっと寝……る」
「はい。おやすみなさい、浅蔵さ――」
セリスさんの甘くて優しい声が最高の子守歌のように聞こえ、だが途中で俺の意識は飛んでしまった。
目を覚ましたのは夕飯だと起こされてから。
おぉう。6時間は寝てたぞ。
「よっぽど疲れていたんですね。やっぱり明日もお休みにしたらどうなん?」
「いや、風呂で体が温もってたから、かなり気持ちよかったしね」
明日も帰ってきたら風呂に入ろう。そして寝よう。ぐっすり。
長い昼寝から目を覚まして、足の疲れはかなり解消されている。あ、あとで肩こりマッサージ器を足に使ってみよう。
今日の夕飯は鍋焼きうどん!
具材はフリーズドライの油揚げをお湯で戻し、それを砂糖しょうゆとみりんで煮込んだ物と、あとは乾燥ワカメだ。
そこにサバの味噌煮缶とカレー粉で味を調えた野菜炒めをおかずとして添える。
もちろん作ったのは大戸島さんとセリスさんだ。
「はふはふっ。ダンジョン内の気温がやや低め設定だから、こういううどんも温まっていいねぇ」
「温まったらまた眠くなりますかね?」
「結構寝たもんな~。どうだろう?」
なんて話をしていたはずなのに、夕食を食べ終えた後暫くして俺は再び爆睡した。
目が覚めたのは夜中の3時頃。
「ごめん、また寝てた」
起きていたのはセリスさんで、俺が寝る畳部屋と洋間の間に座椅子を置いて座っていた。
明るい場所で寝ることに慣れていた俺たちは、ランタンの明かりがあってもぐっすり眠れる。その灯りの下で彼女は漫画を読んでいたようだ。
「あ、いいですよ、そのまま寝てて貰って。私と瑠璃で見張りしてますから」
「いや、そういう訳にも。結構ガッツリ寝たし、流石に目が覚めたから代わるよ」
体を起こしセリスさんに寝るよう促す。
すると彼女は何を思ったのか、マットレスに腰かける俺の隣にやってきて漫画を読みだした。
「寝なくていいのか?」
「も、もう少しだけ……き、気になるから」
「あぁ。まぁ気持ちは分かるよ。寝る前に漫画とか読んでると、1冊だけと思っていたのに続きが気になって全部読んじゃうんだよな」
そんな俺の言葉に彼女はこくこく頷いた。視線は漫画を見つめたまま。
「でもそれ読んだら寝るんだぞ。もう1冊とか言ってもダメだからな」
「う、うん……」
軽く笑ってから俺は喉を潤すためにお茶を飲む。
パチンコ店が大きいからだろうな。感知に引っかかるモンスターはまったく居ない。
そもそもこの階層のモンスターって少なかったもんな。
ここは疲れさせるためだけの階層なのかもしれない。
ダンジョンが出来て10年。未だに謎だらけだ。
いつかダンジョンの生成を止められる日は訪れるのだろうか。
それとも地球上のすべてがダンジョンに飲み込まれるのか。
どうなるのか分からないが、今俺たちがすべきことは地上へと出ることだ。
3人で一緒に――はは。セリスさん、寝てら。
俺がさっきまで使っていたマットレスの上で、タンスを背にして座ったまま眠っていた。
そっと本を離して起こさないよう、しずかーに彼女の体を横たえる。そして彼女がしてくれたように、俺も毛布を掛けてやった。
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