第39話

 足場は悪いし勾配はきついし……くそっ。なんて嫌らしいダンジョンなんだ!

 ある意味、一番の難易度じゃないか!

 不幸中の幸いは空気の問題か。特に薄さも感じず、呼吸に関しては一切の支障は無い。

 それともう一つ。


「み、見ろ二人とも。10階への階段が見えるぞ」

「え? ど、どこですか?」

「ふわぁ……なんだか天国に上って行くみたいですねぇ」


 そうなんだよ。天国に上る階段みたいでちょっと不吉なんだよな。

 山々がそびえ立つ構造の11階は、雲海の下には行けず。ずぅっと起伏のある山を歩くだけだ。

 高い所までくれば、周囲を見渡すことも出来る。

 そして見つけた上り階段なのだが、見えるから近い訳じゃない。直線で結べればまだ近かったかもな。

 そこにたどり着くまでにいくつかの山を登って下りてを繰り返さなきゃならない。その間ずっと徒歩だし、モンスターとも遭遇する。

 足場が悪いせいで走って逃げることも出来ないし。

 そのせいで随分と時間が掛かっていた。


「ここを引き返してもう一回来るのは無意味だよな。階段の場所が分かっているんだし」

「そうですね。でもこのまま歩き続けるのは、流石に辛いんじゃ?」


 と、セリスさんが俺を見る。俺の体力を心配してくれているのだろう。

 うん、けっこうきつい。もう騙しだまし歩いているようなものだ。出来ればどこかで数日体を休めたいが、階段とかだとそれをしてもあまりゆっくり休めないんだよ。

 どこかにまたホームセンターでも無いかなぁ。


「まだ大丈夫。それより二人はどうだい? ここで野宿するのはいろいろ条件が厳しいけれど、頑張れば今日中にあそこまで到着できそうだ」

「私は平気です。でも……」

「私も~。浅蔵さん、本当に大丈夫ですか~?」


 ぐ……心配されちゃってるなぁ。

 大人の俺がしっかりしなくてどうする!


「大丈夫! 引き返せないんだから、進もう。地上まであと10階だ。さぁ」


 ぷるぷるする足に鞭打って(心の中だけで)、俺は行く。あの頂へ!!






 あ、あともう少し……もう少しで山頂だ。そこまで行けば天国への階段――訂正、10階への階段へと到着する!

 ここから見上げても、階段は山頂から空に向かって伸びているようにしか見えない。

 ただ途中から雲に覆われその先は見えないが、あれ、本当に10階に上る階段だろうか?


 不安であってもそこを目指すしかない。他にそれらしい物は何も見えないのだから。

 そして夜半過ぎ。そろそろダンジョン生活も43日目になろうかという時刻。

 ようやく俺たちは山頂へと辿り着いた。


 もう俺の足はボロボロだ。早く階段を上って休みたい。


 だがそれ以上に心躍らせる物が視界に映った。


「あれ……パチンコ店か?」


 山頂を挟んだその奥、やや下った所に見えたのは大きな建物だ。ホームセンターの2倍はあるだろうか。

 2階建てのその建物には見覚えがある。

 出勤ルートとは違う、大きな通りに面した場所にあったパチンコ店だ。


「あそこならぐっすり眠れる!」


 そう思ったら元気が出た!

 二人にも声を掛け山を下る。その距離わずか200メートルほど。

 足元に気をつけ下りて行き、到着したパチンコ店の入り口を探す。

 ダンジョンに落ちたのは早い時間なので、もちろん表は開いていない。裏手に回ってみたが、こちらもダメだった。

 だが建物には2階へと続く階段があった。


「パチンコ店って、住み込みで働いている人も居るって聞いたな。この上、もしかして住居になっているんだろうか?」


 上って行けばドアが一つ。鍵は――開いてる!

 念のため警戒しながら開くが、中は真っ暗。

 取り出した懐中電灯で照らされ見えたのは、正面に伸びた短い通路。その通路に更にドアが二つ。

 開いていてくれればいいが。

 

 ドアノブを開くと、手前はダメ。だが奥のドアは開いた。

 中は2Kぐらいだろうか。

 入って直ぐがキッチンだが、畳1畳分ほどしかない。その奥に4.5畳の畳の間と、同じ広さの洋間がある。洋間には二段ベッドもあった。

 ちゃんとした生活空間がそこにはあり、あの日まで誰かしら住んでいたことも分かる。

 ここの住人はどこに行ったんだろうな。

 あの日、偶然仕事が休みで朝から遠くに遊びに行っていた……とかなら、生きているかもな。

 でもそうでなければ……どこに行ったのか。


「今日はここでゆっくり休もう」

「浅蔵さん。瑠璃とも相談したけど、2、3日ここで休んで行きませんか?」

「え? でも、地上まであともう少し……」

「あともう少しだけどぉ、浅蔵さん疲れてるでしょ? このまま無理に強行突破してぇ、疲れが原因で怪我とかしちゃうと大変だもん」

「私たちは自分のスキルと浅蔵さんのスキルで大丈夫やけんど、浅蔵さんだけ体力の回復手段が休むことしかないけん。だからここで何日か休みましょうよ」


 1日でも早く家に帰りたいだろう。なのに二人は俺の為にここで留まる選択をしてくれた。

 自分が不甲斐ない。この程度のダンジョン攻略で体が悲鳴を上げるなんて。

 地上に出たら、今までよりももっとしっかり体を鍛えよう。

 仕事の休みにはダンジョンに潜って実戦経験を積むのもいい。


「ありがとう。じゃあ、明日1日休ませてくれ。それと次は10階層だ。ボスと遭遇するかどうか分からないけど、明後日は少しずつ地図埋めをしよう。午前中動いて、またここに戻って来て午後は休む。そんな感じで」

「もっとゆっくり休んでもっ」


 悲痛な面持ちでセリスさんが声を荒げる。


「明明後日はまた休息日にさせてくれ。その後、地上に向け出発しよう」


 明後日の午前中もそんなに遠くまで行くつもりはない。引き返すことを前提に動けば、2時間程度で引き返すことになる。

 それなら疲労はほとんど無いに等しい。

 次の日もう1日ゆっくり休めれば、残り10階分だ。大丈夫。


「さぁて、それじゃあ……まずは何か食べよう。もうお腹ペコペコだよ」


 そんな俺の一言で、二人の顔には笑顔が戻った。

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