第38話

 17階、16階と1日で攻略。

 どちらもマウンテンバイクを走らせるのに問題無い地面事情もあれば、そもそもモンスターのほとんどをスルーして進んでいる。

 15階は階層ボスが存在するので、念のため体力の回復に努めることに。主に俺だけ。


 若い子二人はいいよな。

 体力回復スキルを持っているうえに、俺のサポートのおかげでそもそも疲れにくくなってんだし。

 なのに一番年寄りの俺にはその手のスキルが一切無いって!


 そんな訳でダンジョン生活39日目は昼過ぎに活動を開始することにした。


「あぁ……これいいわぁ……」


 これ・・というのはバランスボールだ。仰向けになって背中に敷くようにして乗るだけだが、実に気持ちいい。


「浅蔵さん……おじさん臭いですよ」

「おじさん、体力回復系スキルがないんだよぉ。他人の疲労を緩和してんのに、自分はされないってどんだけー」

「おかげ様であまり疲れにくくなりました。ありがとうござます」


 そう言ってセリスさんは微笑む。

 いいよいいよ。もっと微笑んで。少しは気分的に癒されるから。


「セリスちゃん。どうせなら浅蔵さんの肩でも揉んであげたら~?」

「へ!? わ、私が!?」

「それこそ本当にただのおっさんじゃないか。さすがにそこまでして貰わなくていいよ」


 そもそも疲れているのは足ですから。


 俺も一応、毎日腹筋とか腕立て伏せ程度はしていたんだけどなぁ。

 冒険家止めても体を鍛えるのは止めなかった。これは中学からずっと続けてきたし、止めるとでぶでぶするんじゃないかという不安もあったからだ。

 こんな事ならもっとガッツリと鍛えておくんだった。


 昼食を終えいざ出発!

 これまたマウンテンバイクを走らせやすい、石畳の通路だな。地面以外は洞窟のようにごつごつした岩肌で出来ている。

 20階のように上って直ぐボスが――なんてことはなかった。

 自転車を漕ぎ進んで行くと、第一モンスター発見。


『ギギッ!』

「お、ゴブリンだ。懐かしいなぁ~。あいつ、弱いんだぜ」


 言いながら俺は図鑑でスコーンっと殴り飛ばす。


『ゲギャーッ』

「ほらな」


 自転車で走りながらでも余裕で吹っ飛ばせる弱さ。それが15階に居るなんてな。

 初代福岡ダンジョンだと、あれ5階に出て来てたんだぜ。

 

 図鑑の一撃で瀕死状態のゴブリンをそのままに、どんどん地図を埋めていく。場合によってはさっきの階段まで戻って野宿する可能性もある。

 しかし――


「あれ? 階層ボス見なかったな」

「そういう事もあるんですよね?」

「あぁ。固定した場所に出てくる訳じゃないしね。まぁそれならそれでいいんだけども」


 ただボスを倒して得られるスキルに期待もしてたんだよな。

 どうか体力回復系スキルを授かれますようにって。

 あ、筋肉痛と無縁の体でもいいよ。うん。


 そして遂にダンジョン生活も40日目だ。

 この日、14階へと上った俺たちの目の前には川があった。

 川といっても周りの風景からすると、森の中を流れる川といった感じだ。一見するとファンタジーな世界に迷い込んだ気にもなる。

 まぁダンジョンが別世界に繋がってるだのの話もあるし、あながち嘘ではないかも。


 川沿いだけは開けているので、俺たちはそのまま川沿いを自転車で走った。

 場所が場所なだけに、見かけるモンスターはカニやスライム、手足の生えた魚だ。

 この魚も女性陣には人気が無く、気持ち悪いだすね毛が嫌だと言って全力でスルー。確かに気持ち悪いけどさ、すね毛は許してやってよ。


 川沿いをずっと走って来たのは正解で、そのまま上り階段まで到着。

 そのまま13階攻略へと進んだ。


 これまでほとんどの工程をマウンテンバイクで走って来たが、ここにきて遂に降りなければならない階層へとやって来た。

 21階だって一部を除けばだいたい乗ったままで進めたんだけどな。ここは完全に徒歩必須だろう。

 なんせここは、鬱蒼と木々が生い茂った森だから。






『くぉーん』

「いやぁ~ん。可愛いっ。浅蔵さ~ん、これ一匹持って帰りたぁい」

「ダメです! 捨ててきなさい!」


 13階。森林タイプのダンジョン。

 生息していたのはゴブリンと顔が怖い『怖い兎』。そして『ウルフベビー』だ。

 ベビーというだけあって、見た目は子犬そのものだ。大きさも大型犬の子いぬ程度と、本当に可愛い。

 可愛いけどこいつらはモンスターなんだ。ペットじゃない。


「えぇ~。こんなに可愛いのに、ねぇ~?」

「おいっ、手を出すな!」


 大戸島さんが目の前のウルフベビーに手を出すと、目をキラーンと輝かせたベビーがジャンプ。

 そして彼女の手に噛みついた。


「いたっ」

「瑠璃!?」


 言わんこっちゃない。

 すぐさまベビーに鞭打つと、キャインっとなんとも胸を締め付けるような声を上げ離れた。

 こいつはモンスターなんだ。同情なんてしていたらこっちがやられる!

 再び鞭を唸らせベビーの体を絡めとると、そのまま力任せに振り回す。


『ギャインッ。キャンッ――』


 近くの大木に思いっきりぶつけると、ウルフベビーは血泡を吐いて動かなくなった。


「瑠璃っ。ここはダンジョンなのよ? 可愛いからって油断しないで!」

「ご、ごめんなさい」

「セリスさんの言う通りだ。モンスターをペットになんか出来ないことは、スライムの時にも話しただろう。どんなに小さくて見た目が可愛かろうと、モンスターは人を襲う。ウルフベビーを地上に持ち帰って、関係ない人を襲って怪我を負わせた場合、君はどう責任を取るつもりなんだ?」

「す、すみません……そこまで考えてなかった、私」


 しゅんとしてしまったし、これ以上は言うまい。


 しかしここは厄介だ。

 モンスターの数はそこまで多くは無いが、身を隠すところがあるのか無いのか。四方を木々に囲まれているため、感知が無ければ突然敵と遭遇するなんて状況が作り上げられている。

 小部屋がある訳でもない。だからここで野宿をするには十分な人手も必要だ。見張りの人数という意味で。


 地図を見ながら真っすぐ下り階段の対角線に進もうと思ったが、途中、切り立った崖があって迂回せざるを得なくなり。そこで一旦下り階段へと引き返して、本日40日目の攻略は終了。

 翌日はマッピング出来た所まで駆け足で進み、なんとか夕方には12階へと到着した。


「自転車って……偉大だな」

「そう思います……」

「歩きっぱなしは流石に疲れますねぇ。すぐ美味しいご飯作ります!」


 昨日の一件もあってか、大戸島さんは全ての食事の支度を自分ひとりでやろうとする。

 まぁ謝罪のつもりなんだろうし、今はやりたいようにやらせておこう。

 なんせおじさん、もう足が……足がぱんぱんで動けません!


 12階の様子を見に行ったセリスさんが戻ってくると、「14階とまったく同じでした」と。

 マウンテンバイクを走らせることも出来そうだと聞き、俺は密かにガッツポーズを作った。

 その12階を翌日昼から攻略し、その日のうちに11階へと上る階段を見つけたが……。


「なんじゃこりゃあぁあぁぁぁっ」

 ――じゃこりゃあぁあぁぁぁ……


 やまびこが俺の悲痛な叫びを木霊させる。


 目の前に広がるのはどこの山脈ですか?

 雲海広がる絶景に心躍らせることもなく、ただただ足の悲鳴だけが聞こえてくるような、そんな気持ちになった。

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