第79話

 15階のゴブリンのボスは居なかった。

 まぁ他にも冒険家が居るんだ。前回会えたのが幸運だったんだよ。

 今日は16階の階段を降りたところで終了。


 上田さんはセリスさんの部屋に泊まって、武くんは一旦自宅に帰して、ご両親に了承を取らせて俺の部屋に泊めた。

 明日は早めに出発して、出来れば19階まで制覇したい。


「上田さん。どうせなら21階まで行きますか? スーパーがある階だからね。そこを拠点にレベル上げする冒険家も多いと思うし」

「い、いいんですか! そうなんです。21階の転送を希望する人多いんですよっ」

「という訳なんだけど、セリスさんと武くんは良いかな?」

「私は浅蔵さんについて行くだけやけん」

「俺は寧ろもっと下に降りたいっす」


 という武くんを無視して、翌朝は6時起床。7時半には16階へと移動した。

 昼前には18階まで進み、少し早めの昼食のあとには18階、そして19階をクリアした。


「19階のあの町って、なーんか違和感あったっすね」

「相場くん、違和感ってたぶん、並んでる家のデザインがパターン化しとるけやろ」

「パターン? あぁ、なんかどこ歩いても同じ所ぐるぐる回ってるような気がしたのって、そういう事だったんか」

「あの、途中で泣いてた子はいいんですか?」


 上田さんが言う泣いていた子もモンスターだ。

 図鑑のアラームモンスターを見せると、顔を青ざめ口元を抑えていた。

 泣いてる子を心配して近づけば、大きな声を出してゾンビを呼ぶ嫌ぁなマネキン人形だ。

 あの恐ろしさを知っているセリスさんは、路上に蹲るあれを見たとき即行で道を逸れたぐらいだ。


「今日は少し早いけど、ここで戻るか。20階を走り抜けるのに2時間半ぐらいあれば階段まで行けるが、そうなると食事抜きで走らなければならなくなるからね」

「俺もうお腹ペコペコっすよ」

「俺もだよ。ってことでいいかな、上田さん」

「はいっ。じゃあ明日で最後ですね」


 頷くと彼女が転移スキルの準備をする。

 21階まで行くならいっそ24階までと思うが、そうすると追加で二日は掛かりそうだ。

 武くんのレベル上げも済ませたいし、何より俺たちも地図埋めから25階以下の攻略に乗り出したい。

 それに上田さんのレベルは高くないので、これ以上は俺たちの負担もある。

 まぁ21階で十分だろう。


 帰宅し終えて風呂と食事を済ませてから、俺の部屋に寝泊まりする武くんが、


「浅蔵の兄貴。20階に連れて行って貰えないっすか?」


 と言ってきた。


「レベルを上げたいのかい?」

「うっす。今日は早く戻って来たんで、出来れば1時間だけでもいいんで」

「そうだな。まだ8時前だもんな」


 とはいえ20階は出てくるモンスターが蟻なのでレベル上げには向かない。

 兵隊蟻は言わずもがなだが、働き蟻も皮膚は固そうだ。20階を移動する時は全無視したから分からないが、それなら18階のスライムやダンゴムシの方がいいだろう。

 19階のゾンビは風貌がリアル過ぎて俺でも倒したいとは思わないし。


「18階にしないか? 蟻はたぶん、皮膚が硬くて倒すのに手間取ると思う」

「18って言ったら、スライムとかダンゴムシだったっすね。じゃあ武器はバットのほうがいいかな」


 ぶつぶつ言いながら武くんは荷物の中からバットを取り出す。

 見た目は普通の木製バットだが、先端に棘付きのゴムマットが接着された物。スライム系にはこの武器がかなり有効だ。


『にゃっ。あっしも。あっしもぉ』

「お前も?」

『にゃー。レベル欲しいにゃ』


 虎鉄にもレベルがあったから、やっぱり上がるってことだろうか。

 昨日は森エリアで何匹かは倒してるし、上がってるだろうか?

 ま、どうせなら帰って来たときに診てみよう。


「じゃあセリスさんたちが心配するかもしれないし、話しておくよ」

「うっす。たぶん行くって言うっすよ」

「はは。かもね」


 隣のセリスさんの部屋に行くと、案の定彼女も来ると言う。予想外なのは上田さんも行きたい、ということだ。


「上田さん、レベルはいくつなんですか?」

「あ、はい……一応11はあります」


 お、10以上だったのか。予想外だ。

 転送屋を護衛して下層まで案内する場合、パーティーには入れず、ただ同行させる形で進むことが多いと聞く。

 彼女はパーティーに入れて貰ったりしたことがあるのだろうか。


「私も……最初は普通にダンジョン攻略していたんです」


 ぽつんと話す上田さんは、たまたま入ったパーティーで転移スキルしかないのなら――と、階段で置いて行かれたらしい。

 酷いもんだ……。転移スキルしか持っていない事を知っておきながらパーティーに誘い、専属の転送屋として使おうとしたのだろう。


「以来、なんとなく攻略パーティーに入るのが嫌になっちゃって。でもある程度レベルは無いと、下層への転送のための移動も困難ですから。浅蔵さんたちは……良い人そうでしたから、思い切ってその……同行させていただけると有難いんですが」

「そんなん、気にせんと一緒に行きましょう」

「ありがとう、セリスさん。18階にはスライムが居ましたよね? あれなら私にも潰せます!」


 そう言って、上田さんは武くんのそれよりは少し短い木製バットを取り出した。

 セリスさんがああ言っているし、断る理由なんて無い。






『にゃにゃーっ』

「あ、おい虎鉄! 俺の獲物だぞっ」

『にゃー。あっしの方がはにゃいにゃー』


 確かに虎鉄は速い。走る時には四本足になって、ゆる~く動くスライムへと駆け寄る。そしてジャンプひとつ。

 くるくると回転しながら爪をジャキーンと伸ばし、イエロースライムの核を確実に切り裂いて行く。

 他に1メートル弱のゲジゲジ、50センチを超えるダンゴムシが居る。

 ダンゴムシの背中側の皮膚は固いが、腹の部分はそうでもない。


「ほっ」


 鞭をしならせひっくり返すと、すかさず虎鉄が走って行って爪を立て絶命させていく。

 武くんと上田さんも頑張っているが、虎鉄の足には敵わない。あいつ、子猫のくせに足速すぎだろ。


「することありませんね」

「そうだな。分身まで出したんだけど……」

『まぁ万が一に備えないとな』

「くす。双子みたいですね」


 まぁ今回は特に何も考えず分身したから、オリジナルの俺に近いのが出たみたいだ。

 時折すれ違う冒険家も、俺と分身を見てビクっと体を震わせたりしている。

 双子以上にそっくりだからな。驚かれても仕方がない。


 2時間ほど二人と一匹は頑張って帰宅。揃ってステータス板へと向かうと、武くんと上田さんはひとつずつレベルが上がっていた。そして虎鉄は――


『にゃにゃー。5にゃー』

「上がったなぁ。まぁレベル1で13階や18階のモンスターと戦っているから、そうなるよな」

『にゃー。あと5にゃー』

「あと5?」


 何があと5なのか。聞こうとしたが虎鉄はミケが寝るダンボールへとさっさと潜り込んでしまった。

 あと5……レベル10のことか?

 虎鉄はたまによく分からないことを言うよな。

 言葉を話せるとは言え、そもそもあいつは猫なんだ。猫が日ごろ何を考えているのか、人間に分からなくても仕方ないな。


 さて、明日は20階だ。階段前に女王蟻が居なきゃいいんだけどなぁ。

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