第78話
『あっしを捨てるにゃか』
そう言って虎鉄が俺のズボンの裾を掴んで見上げる。大きな瞳は潤み、耳と尻尾は小刻みに震えていた。
「捨てる訳ないじゃないかーっ!」
全力で抱きしめる。
『にゃー。じゃあ連れていくにゃ』
「連れて行く!」
「浅蔵さん! もう虎鉄、遊びに行くんじゃないけん、家でミケと留守番しとき」
『に"ゃ"ー』
自転車をセリスさんのポケットに寝かせて積み込み、俺のポケットに昼食とおやつ、それにお茶と万が一の薬や包帯などを詰め込んでいく。
魔女の女性も準備をしてくるからと、一度地上に戻って行った。
俺たちが準備をしている間、ずっと虎鉄は『連れてくにゃ』と騒いでいる。ミケは……我関せずのようだ。気持ちよさそうに居眠りをしている。
可愛い顔して連れて行ってくれと言われて思わず「連れて行く」と答えたが、まぁ危ないもんな。やっぱり連れては行けない。
「ミケぇ。息子が駄々こねてるんだぞぉ。ちょっとは窘めてくれよ」
「浅蔵の兄貴。ミケは普通の猫だぜ? 言ってること、理解できないっすよ」
それがそうでもない。
ミケは耳をピクリと動かし、面倒くさそうに起きた後伸びをして虎鉄の所へとやってくる。
そうそう。かーちゃんからきつーい一言で虎鉄を叱ってやってくれ。
『なぁお』
『にゃっ。にゃにゃにゃ』
『なおん。なぁーお』
『にゃー。にゃにゃにゃ』
お? 話は終わったのか、ミケが虎鉄を伴ってこっちに来る。
そして――
『なぁー』
そう鳴きながら虎鉄を鼻で押し出す。俺に向かって。
「兄貴。どうやらかーちゃんの方からも、連れて行ってやれと言ってるようっすよ」
『なぁ』
「そう言っても……セリスさぁん」
「んん~」
セリスさんも眉間にしわを寄せ当惑している。
そしてミケは「任せたぞ」と言わんばかり、自分はソファーの上にひょいっと飛び乗り大きなあくびをして寝始めてしまった。
『行くにゃ!』
まさかミケがそう出るとは思ってもみなかった……。
仕方ない。一応戦闘能力はあるようだし、スライムあたりだけ相手をさせるか。
「浅蔵さん。案内って、図鑑の転移機能使うと?」
「いや、転移機能もスキルもね、この手のは術者だけでなく、乗っかる人もそこに行った事が無いなら使えないものなんだ」
「そうやったん。それで相場くんのレベル上げのときも徒歩やったんやね」
「なんだ。俺はてっきりレベル上げるためにわざわざ歩いてるんだと思ったっす」
「いや、それも兼ねてなんだけどね」
図鑑の機能だと地図に表記されている所ならどこにでも飛べる。それを利用して、武くんが足を踏み入れてない下り階段の方に飛んで、そこからまた階段を下りて――というずるは多少したが。
地図に表記された好きな場所に飛べる機能も、同行する人がそこに訪れてないといけない――ということは無く、階層単位での入場があるかどうかしか判定していないようだ。
「まぁ図鑑を使わない理由は他にもあってね。この機能の事はあまり人には言わないでおこうと思うんだ」
「なんでっすか? 便利でいいじゃないっすか。これなら上田さんみたいに転送屋が出来るんじゃ?」
「そうだね。便利過ぎて、彼女の仕事を奪うだろうな。なんせ階段限定でなく、どこでも好きな位置に飛べるんだし」
「あぁ……確かに。しかも図鑑は連続使用できるし、上田さんのお客を横取りしてしまうっすね」
「だから人前で階層転移使ってなかったんやね」
お客を横取りどころか、こっちの都合も考えずに突撃してきて転送を頼んでくる奴らも出るだろう。
俺は転送屋をするつもりはない。図鑑をもっと有効に使うためには、俺は攻略組に回った方が良いんだ。
だから他人に転移のことを知られたくはない。
商売敵になるかもしれない俺の図鑑のことを上田さんが話すことは無いだろうが、一応念のために、ね。
そのうち芳樹たちと攻略を共にするかもしれないから、あいつ等には話すつもりでいるけど。
『にゃー。準備出来たにゃー』
そう言って虎鉄が嬉しそうに俺の足にまとわりつく。
準備って……いったい何をやったんだと思えば、どうやら爪とぎをしていたようだ。
猫用の爪とぎのダンボールのカスが、そこかしこに落ちていた。
「それで、ケットシーをそのリュックに?」
「そう。マウンテンバイクにはカゴが無いからね。こうして前にからうと、こいつも前も見れるし」
「前にからう?」
魔女さんが首を傾げる。あれ? からうって普通に使わないか?
「魔女さんは福岡の人じゃない?」
「あ、はい。岡山からこっちに来たんですけど、元々は近畿出身でして」
「からうってこっちだと背負うの意味っすよ」
武くんが説明すると、魔女さんは「あぁー」と納得したようで。
リュックを背負わず前にぐるりと回し、前掛けのように抱きかかえた中に虎鉄は入っている。
チャックは全開に、そこから顔をひょこっと出している感じだ。リュックの中には虎鉄ようのご飯とおやつ、そして粗相をした時のティッシュとビニール袋も忘れていない。まぁオープンフィールド型の階層に埋めるつもりだけど。
「そういえば自己紹介まだでした。護衛案内の依頼をしておいて、名前も告げずにすみません。私、
「よろしく上田さん。俺は浅蔵豊。感知スキルがあるから、護衛案内向けかもしれない」
「感知! うわっ、頼もしい人見つけちゃった。私はさっき話した通り転移しかなく。戦闘もまったくできません。スライムぐらいは潰せますけど」
そう言って上田さんが笑う。
俺と同年代か、ひとつふたつ下ぐらいかな。サラッサラな髪で、前も後ろもまっすぐ切り揃えられた眼鏡の女性だ。
準備――というのは、どうやら着替えの事だったらしい。
まぁ紺色のスカート丈の長いワンピースじゃ、オープンフィールド階層を歩くのは面倒だろう。
今はミニスカートにスパッツかレギンスだろうか、足首まであるそういった物を穿いていた。
そして「スライムなら」と言ったように、手には短い木製のバットのような物を握っている。
武くん、虎鉄、そして最後にセリスさんが自己紹介をし、俺たちはさっそく13階へと移動した。もちろん上田さんのスキルで。
「ここは森ですから、戦闘力の無い私を護衛しながら進むのは厳しいって、以前連れて来て貰った方に言われまして」
「まぁ四方八方から襲われる可能性もある場所だからね。しかも草木で視界も悪いし」
「目視でモンスターを確認する場合は、常に周囲に目を光らせとらんとダメやもんね」
「俺んときもここは走り抜けるだけだったもんな」
武くんはまだいい。攻撃スキルが無くても、戦う気満々で体力も有り余っている。そのうえ野球部だったのもあって、モンスターをバットで殴りまくってたからな。
でもそれは「やるぞ」という覚悟があったからだ。
階層転移のスキルはパーティーでも重宝される。たとえ戦闘スキルが無くてもパーティーに入れて貰えるだろう。
それをせずに転送屋をしているのは、モンスターと戦う気が――勇気が無いからだ。
それが悪いとは言わない。
やらなければやられる。だから殺る。そう簡単に割り切れるものじゃない。
ごく普通にスプラッタが苦手ってのもあるしな。
森では自転車に乗れないので徒歩での移動になる。
俺は図鑑を手に持ち地図を確認しながら歩いた。多少駆け足気味で。
「それ……もしかして浅蔵さんたちが、ここの生存者ですか?」
「うん。俺とセリスさんはね。もうひとりは食堂で切り盛りしてる女の子だよ」
「俺はその瑠璃って子の彼氏っす」
「相場くん、主張したがるわよね」
「おう!」
『にゃ。あっしは? あっしは?』
虎鉄が会話に混ざろうと顔を出してくる。
「お前はリュックの中に入ってろ」
徒歩で歩くときは背中にからう。前にするのは自転車の時だけだ。ついでだし、コピーして貰った図鑑の地図を見せて、進行方向の指示を出させようと思っている。
歩く順番は、俺、武くん、上田さん、セリスさん、分身の俺の順だ。
戦闘になって分かったのは、分身の俺には図鑑が無く、鞭は装備している。俺自身が持っている物と同じやつ。
火力がちょっと落ちるが、まぁ鞭使いが増えて絡め取り要員が増えたのならいいことだ。
『セリスさん、どうした?』
「はぅっ。な、なんでも無いです」
『そうか? さっきから後ろを気にしているようだけど……後ろ!』
「え? 後ろ!?」
後ろの
セリスさんと目が合う。何故か顔が赤い。
何故かは分からない。だけど最近は彼女の赤い顔も見慣れてきた。
あれは別に熱があるわけでも、体調が悪い訳でもない。
『何もいないか』
「お、おらんけん、大丈夫っ」
『そっか』
うぅん。なんだろう。相手は俺なんだけど、他の俺と仲良くしてるセリスさんを見るのはもやもやする。
まっすぐ14階に進む方角に向かったのもあって、4時間ぐらいで階段のところまでやってきた。
階段で昼食だ。その後虎鉄に地図を見せ、道を覚えさせる。一度に全部は記憶できないだろうから、ちょっと進んでは目標を決めて覚えさせ、そこまで移動したら次の目標までを覚えさせてと進む予定だ。
「あぁ、15階のボスいねーかなぁ」
「15階? なんで、この前倒したじゃないか」
「浅蔵の兄貴だけスキル貰ってんだもんよー」
「そうです。私だってスキル欲しいもんっ」
セリスさんと武くんが睨んでくる。怖い……。
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