第80話

 遭遇しなければいいな。

 だがそんな時に限って遭遇する――というのはよくあることなのだろうか。


 今、俺たちの進路上には巨大な蟻塚と兵隊蟻、そして女王蟻の姿が見える。

 まだ気づかれていない。迂回するか。


 とは思うものの――


「兄貴! ボスっすよね? あれはボスっすよね!?」

「わっ。私、ボスモンスターって初めて見ます。本当に大きいんですねぇ」

『にゃっ。にゃっ!』


 約二名と一匹が大興奮状態だ。


「浅蔵さん、どうします? 前は毒入り団子使ったけど」

「今は無いもんなぁ。それにあの作戦は効果が出るまで半日ぐらい待たなきゃならないし」


 この先の階段に行くだけだ。さっさと進みたい。

 迂回すればなんてことはないんだけど、目の前のボスを無視して進むことにこの二人と一匹は頷くだろうか。


「えぇ!? 倒しましょうよっ」

「も、勿体ないです。スキルが手に入るかもしれないし」

「俺はあいつからスキル貰ってるしなぁ」

「私も」

『にゃー。あっしは? あっしは?』


 お前はそもそも生まれてないだろう。

 こりゃ倒すしかないな。


 しかし女王と兵隊を同時に相手するのは無理だ。

 俺の分身を入れても六人と一匹。とはいえ、上田さんは戦力に数えられないし、虎鉄も……どうだ? いや、危険だ! そんなのパパ許さない!


「上田さんは後ろにっ。セリスさんと分身俺は彼女を守りつつ、兵隊の数を減らしてくれ。武くん、行くぞ!」

『にゃにゃっ。あっしは? あっしは?』

「……虎鉄は上田さんを守れ!」

『にゃにゃー。守るにゃーっ』


 本当はお前も守られる方なんだけどな。でもそう言っても納得しないだろうから、上田さんを守るという仕事を与えておけばいい。


「武くん。こいつらは皮膚が硬いから、剣よりは打撃バットの方がいいかもしれない」

「うっす」


 武器を持ち替えようとしていた武くんに叫び、まずは女王の足を狙って鞭を伸ばす。

 女王は大きい。鞭で縛っても動きは止められない。


 いや、俺の鞭だけでは足りなくても……これなら足りる?


「武くん、リュックを! 大根を投げろっ」

「大根――あぁ!」


 俺の意図が分かったようで、武くんが背負ったリュックから大根ボムをひょいひょいと投げ込む。

 シュルルっと桂剥きになった大根は、女王の6本の足を絡め取った。

 ただし、一本ずつ、ルーズソックスか何かのように絡みついただけ。


「浅蔵の兄貴……」

「……何も言うな。コツコツダメージを与えていこう」

「そうっすね」


 ピーマンボム系は敵味方お構いなしに飛んでいくので、正直開戦直前のファーストアタックか逃げる時に後ろから追いかけてくる奴にしか使えない。

 女王の右後ろ足の関節部を狙って何度も鞭を振るい、時折巨体の下をかいくぐって図鑑で殴る。


『キイィィッ』


 自分の体の下をうろちょろする俺たちにイライラしたように、女王蟻が上体を起こして踏みつけようとする。

 武くんは走って避け、俺は着地地点を見極め必要最小限の動きで躱す。体力を無駄に使わないためだ。

 常に同じ場所を攻撃する俺に対し、武くんは打ち込める場所があればがんがんバットで殴っている。

 さすが元野球部だ。一振りするごとに女王蟻が悲鳴を上げる。

 俺も負けてはいられない。

 ようやく後ろ足を一本、関節部分で斬り下ろすことに成功したのは5分ぐらい経ってか。

 右の後ろ足が第一関節から短くなった事で、少しだけバランスを崩す女王蟻。


『ギイイィィエェェッ』


 怒り狂って残った足で地面をどすどす踏み鳴らす女王蟻。

 それと同時に誰かが俺を踏み台にして跳躍した。


『にゃんとーっ』

「おいーっ!」


 飛び出した影は虎鉄のもので、あいつ、女王蟻の頭に向かっていきやがった!?

 

「虎鉄!」

「浅蔵さん触覚っ。触覚を狙うんばい!!」

「え?」


 セリスさんの声に思わず視線がそちらへと向かう。

 彼女は兵隊蟻と戦ってはいない。いや、もう戦いが終わっている?

 そう思っていると、


『ギャアァァァァッ』


 女王蟻の悲鳴が聞こえた。


『蟻の触覚を切り落とすと、平衡感覚を狂わせられるんだ。かなり激しくな』

「それを教えてくれたのは虎鉄なんよ。あの子、野生の本能でそれを知っとるみたい」

「……マジか」


 女王蟻の悲鳴は、虎鉄の奥義で触覚を切り落とされたからだった。


 奴のバランスを崩させようと、5分掛かってやっと1本切り落としたってのに……。

 虎鉄の二発目の奥義で、残った触覚も切り落とされた女王蟻がふらふらし始める。


 まるで酔っ払いのように千鳥足の女王蟻は、反撃しようと前足を鎌のように振り上げるが――誰も居ない地面を突き刺すだけ。

 虎鉄は小さな体を生かして女王蟻の巨体によじ登り、その腹に爪を立て引っ掻いていた。

 もしかして腹が弱点?

 他の所には一切触れず、虎鉄は女王のお腹だけ執拗に爪を立てていた。


 そこからはもう袋叩きの始まりで、フットワークを持つセリスさんが女王の気を引き、残りはひたすら腹への攻撃に集中。

 5分もしないうちに女王の巨体は崩れ、そしてピクリとも動かなくなった。


『にゃ~っ』


 虎鉄が随分と喜んでいるようだ。もしかしてスキルを獲得したんだろうか。下に降りたら確認しよう。

 同じく武くんも喜んでいるが、突然だったので何のスキルを貰ったのか分からないという。そして上田さんも……。

 彼女は嬉しそうに笑みを浮かべるが、その笑みは直ぐに消えた。

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