第104話

 大きな船=豪華客船。

 岩山の向こうに見えたのは、下に居る時には見えなかった観光用の豪華客船だった。

 しかしこの船、船体のあちこちに損傷が見て取れる。


「沈没しないだろうなぁ」

「というか、この中に階段あると?」

「いや、それは入ってみないと分からないけど」

『にゃー。あっちに道があるにゃよ』


 虎鉄の言う道とは、船に乗り込むためのタラップの事だ。

 不安なのはこのタラップが、途中でトンネルになっている事か。


「怪しすぎるだろ、あれ」

「船の上には人影も、モンスターの姿も何も見えんばい」

『行くにゃ?』


 行くしかないんだろうな。

 タラップは船に向かって下っている。柵はあるものの、人ひとりが通れる程度の幅しかなく。

 緊張しながら渡りはじめて、トンネル部分まで差し掛かると――


「え? な、なんだ?」

「きゃっ」

『階段にゃよ~』


 景色が一変して、そこは見慣れたダンジョン内の階段だった。

 振り返れば空が見え、見下ろせば船の甲板らしき床が見える。

 だがここは階段だ。踊り場も有り、先ほどまでの人ひとりが通れる幅でも無い。


「つまりタラップで29階は終わりってことなのか」

「え? じゃあ船が30階になるってことなん?」

「そうだと思う」


 28階29階は海だったが、まさか今度は船とはね。

 下に降りたところで図鑑を確認。

 うん。やっぱりこの船が30階だ。


 床はしっかりしているが、船の中だと通路は広くなさそうだし、自転車はダメだな。

 地図の表示を確認して1階へと戻り、上田さんに応援を貰って再び下りる。


 船の甲板にはプールまであるが、泳いでいるのは魚だ。水族館かよ。

 で、その魚は当たり前のように飛んできて、こちらを襲ってくる。


『"シュババ"』


 飛んできた魚は真っ二つ。虎鉄のスキル『シュババ』のレベルが上がったら、三枚下ろしも出来るようになるだろうか。


「豪華客船なのに、豪華な印象が微塵も感じられんばい」

「まぁ乗客が今のところ、俺たちだけだしな」

『にゃ? あっしらはお客にゃんか?』

「そうだな。まぁダンジョン作成者にとっては、招かれざる客だろうけど」


 甲板をぐるりと一周するだけでも結構時間を食ったな。さすが豪華客船。

 プールを泳ぐ魚以外に、マリンスライムが看板上を浮かんでいた。

 見た目は宙に浮くクラゲ。飛ぶという感じではなく、浮く、だ。

 移動もうらぁっとした感じで、高く舞い上がることも出来ないようだ。


 だがクラゲだけあって、触手に少しでも触れれば電気が走る。

 結構これが痛い。


「早いところ船内に移動しよう」

「外は特に何も無さそうですもんね」

『にゃにゃっ。あっこから入れるにゃ』

「よし、入れっ」


 船内へと続くドアの先にモンスターは居ない。感知がそう告げている。

 まぁ少し先に反応があるんだけどな。


 船内へと入るとすぐさまドアを閉め、一息つく。

 クラゲの電気は外傷を残す攻撃ではないが、痺れてほんの二、三秒ほど硬直してしまうのが難点だ。

 その間にクラゲに囲まれ、張り付かれては身動きが取れなくなる。

 21階のスライムみたいに、張り付いてじわじわ……なんて考えると、身震いする。


 船内は天井にある電気が灯って明るい。

 でもなんで時々チカチカ点滅するんだろう。

 なんていうか……子供の時に見たホラー映画を思い出すから嫌なんだけど。


 豪華客船を襲う巨大海洋生物のパニックホラーとか。

 豪華客船を襲うゴースト物のパニックホラーとか。


 ってここ豪華客船じゃん!


『あさくにゃー、どうしたにょか?』

「なんでもない」

「いや、何でもないって浅蔵さん。虎鉄抱っこしとうやん」

『よしよししてやるにゃよ』


 肉球に頭を撫でられて癒された。

 恐怖を振り払い先へと進むと、壁に避難経路が書かれた船内地図が掛けられていたり。

 これって実際にこの船の地図なんだろうか?


 試しに図鑑の地図と照らし合わせると……


「一致してる……」

「じゃあこの船はこの地図を見ながら進めばいいんやろうか?」

「あぁ、でも階段が何処にあるかは書かれてないしな」


 31階へと続く階段はさすがに明記されていない。

 だがこの地図があれば、自分の現在位置も把握できる。


 ――と思ったが、額縁に入った地図を壁から引き剥すことが出来ない。

 暗記するか描き移すか、どちらかしなければならないのか。

 結局はそう簡単に楽させないぞって仕組みは相変わらずだな。


「階段があるとすれば、可能性としては船の底の部分だが……とにかく下を目指そう」


 壁に掛けられた地図と図鑑を見比べ、自分の現在位置を確認。

 そこから一番近い階段から下にと思ったのだが、その途中で感知に反応。


 船の通路が狭いせいか、感知してもそれが自分の進行方向の通路に居るのか、船室の中なのか分かりにくいな。

 しかも下の階に居るモンスターまで感知してるし。

 平面じゃないとこんなことになるのか……。


「その先の通路にモンスターの気配」

「了解」

『にゃ』


 念のため分身を出しておく。

 分身には小型の短剣を持たせてあるが、今回はそれが正解かもしれない。

 船内じゃ鞭は使い勝手が悪いだろう。

 同様にセリスさんも薙刀を短いバージョンにして装備していた。

 今回、鞭の出番はないかもな……。


 感知にヒットしたモンスターの姿が見えてくると、俺はダンジョンの理不尽さに憤慨する。


「こんな狭い通路じゃ鞭は使えないだろ!」

『そうだ! だから俺は図鑑だけで戦うしかないかって落胆してたってのに!!』

『それを……それを貴様らは!』

「あの、浅蔵さん? モンスターにそんな愚痴言っても、仕方ないけん、ね?」


 目の前ではにょろにょろと蠢く、イソギンチャクの姿があった。

 

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