第164話

「え? 隣に入ってる?」

「は、入っとるばい」


 ……隣いぃ!?

 と、隣の風呂にセリスが。


 い、いや落ち着け。隣だよ。そう隣。

 ここじゃないんだ。混浴しているわけじゃないんだから落ち着け。


 すーはー、すーはー。


 この竹柵を越えたその向こうにセリスが……。

 い、いかん。のぼせそう。


「星……綺麗やね。でもお父さん言っとったと。昔は今ほど、星は綺麗じゃなかったって」


 そんな声が聞こえ、改めて夜空を見上げる。

 天の川──七夕のその時期になんて言われているが、実際には年中見れるもの。季節によって見えやすい見えにくいがあるってだけで。

 ただ季節以上に地上の空気にも左右されやすい。空気が汚れていては、星の輝きが地上に届かないからだ。


 だから、田舎のほうでは星が良く見える。


 湯布院は山に囲まれた盆地で、工場とかは見当たらない。

 空気が澄んでいるんだろう。


 いや──


 人類の人口が減り、その分さまざまなものの生産量も減っている。

 100あった工場が50に減ったみたいなものだ。

 人口が減れば車の数も減る。

 汚れた空気を出すものが全体的に減ったから……。


「だから星が綺麗に見えるようになったのか……」

「浅蔵さんが考えとる通りやと思うばい」

「え? 俺なんか言った?」


 口に出していたかな?

 

 隣から聞こえるちゃぽんっという水が跳ねる音。その音に一瞬ドキっとしながら、また独り言をぶつぶつ言ったのかなと恥ずかしくて口を押える。


「ううん。言っとらんばい。でも──なんとなく分かると。ダンジョンのせいで人が減って、それで工場とか車とかも減って。そのせいで空気が綺麗になったからって、そう思ったんやろ?」

「──せ、正解」

「ふふ。やっぱりー。浅蔵さんの考えとることぐらい、分かるんやけん」


 そんな言葉にドキリとして胸が高鳴る。


 考えが単純ねって意味かもしれない。

 でもそうじゃなくって……彼女は俺のことをよく分かってくれている。

 そう考えると、それがとてつもなく幸せに感じて。


 この幸せがいつまでも続くことを願いたい。

 そのためにはどうすればいいのか──。


「なぁセリス」

「は、はい?」


 夜空を見上げ考える。

 彼女と二人、どこかで静かに暮らす未来を。


 だけどもしそこにダンジョンが出来たら?


 たぶん、生存の条件は建物の中だ。それも戸建ての家やアパートではダメ。学校もこれまで残っていたという話は聞かない。

 商業施設や、オフィスビル、それにコンビニ。

 スーパーなんかも、何故か買い物客が少ない時間帯であった時のみ、ダンジョンに残っていたなんて事例ばかりだ。


 数百人、数千人を生かしておく気がないらしい。


 結局は運でしかない。

 ダンジョン生成がどこで行われるのか、そこにいれば安全なのか。誰にもそれは分からないんだ。


 だったら──


「俺、図鑑を使って出来る範囲のダンジョンを解放したいと思っている」

「はい」

「安全に暮らせる場所なんて、地上にはもうないのかもしれない」

「そう……ですね」

「だったら俺、君と二人でダンジョン暮らしを続けたい。あ、02ダンジョンの家でっていうんじゃなくって、あー、攻略生活?」


 いや、家があるから02ダンジョンで暮らすのもいいんだけど。そうなると別のダンジョンへの移動が面倒ってだけで。


「あ、あの……浅蔵さん。そ、それって……」


 バシャっと大きな音が隣から聞こえた。

 ま、まさか──足を滑らせて溺れた!?


「セリスッ!」


 慌てて竹の柵へ駆け寄りジャンプして柵を掴み、そして乗り越える。

 これもダンジョンでスキルを貰った賜物だ。

 着地をして顔を上げると、温泉から身を乗り出した彼女がそこにいて。

 ……溺れてはいなかった。


 その証拠に彼女と目が合った。


「あ、あしゃくらひゃん、ど、どど、ど、どうし、どうしたんばい!?」

「いいっいやあのさっき大きな音がして、そ、そそそそれで君がおお、お溺れたんじゃないかとおおもって」

「そ、そうなん? だ、大丈夫ばい。大丈夫。だいじょうぶ……」


 すぅーっと、何事もなかったかのように彼女は温泉へと浸かる。

 俺もすぅーっと、何事もなかったかのように下がり、くるりと背を向け柵を掴んでよじ登った。

 その背中にセリスが、


「見たと?」 


 と問いかける。

 なので俺は素直に「見た」と答えた。

 だってあの状況で「見てない」って言う方が不自然だろ!


「えっち」


 ぽちゃんっという水音を聞きながら、柵を乗り越え慌てて温泉へと飛び込む。


「ごめんなさい俺はえっちです。本当にえっちですごめんなさいーっ」


 顔面を湯に付けぶくぶくを息を吐く。

 苦しくなって顔を上げ深呼吸してからまた顔を付ける。


 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。

 そのうえ彼女の裸体が頭から離れない!


 何度も何度のぶくぶくと顔を付けては煩悩退散と唱えるが──


「わ、私も見たけんっ」

「ぷはぁー。え、今なんて?」

「わ……私も見たけん……」


 なにを?


「あ、あしゃ、あしゃくらしゃんの──見たけんっ」


 俺の──


 うああああぁあぁぁぁぁっ!

 彼女が全裸なら、俺も全裸じゃねーかあぁぁっ。

 しかも思いっきりジャンプして、彼女の真正面に華麗なる着地を決めてたじゃんかぁぁぁっ。


「お、おあいこばい」

「す、すみませんすみません。お見苦しいものをお見せして、本当にすみません」

「ぷっ。ぷふふふふふ。お、おかしいばい、おかしいけん」


 あぁ、なんか彼女のツボに入ったようだ。

 その後しばらく笑い続ける彼女の声を聞きながら、何故か俺は正座をして湯に映る月を見つめていた。


 ちょっと冷静になってくると、一つ──彼女に言いたいことを思い出して……。


「セ、セリス」


 はしゃりと音がして、それから「はい」という返事が。


「俺たち、ダンジョンから出ることを優先にしようって、そう言ったよな」

「え……あ、はい」

「見つかる見つからないは置いといて、探す努力を優先して、それまで付き合うのは……後回しにしようって」

「そう、やね。でもこうして出れましたね」


 あぁ、そうだ。俺たちは外に出られた。

 そしてダンジョンの完全攻略の方法も分かった。


「ダンジョンから出られたんだ。だからその──」


 改めて彼女に気持ちを伝える。

 きっと周りからは「今さらかよ」って言われそうだな。

 けど……ちゃんとハッキリさせなきゃな。


「俺と付き合ってください」


 沈黙。水音──


「は、はいっ。よ、よろしく……お願いします」


 それを聞いて安堵し、それから──


「安心した。じ、じゃあ俺──もうのぼせそうだから先に上がるね」


 緊張とその他の要因で、いろいろともう限界だった。




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