第30話

 20階へと上る階段。ここを上って何事も無く19階へと辿り着ければいいが。

 

「20階に上がる前に話しておくことがある」


 蜘蛛の恐怖から逃れることが出来た二人は、ほっと胸を撫でおろし笑顔を浮かべていた。

 そこへ俺は真剣な面持ちで近づく。


 ダンジョンには5階層ごとにボスモンスターが配置されている。

 それを教えるためにだ。

 

「ボスの事ですかぁ?」

「あ、大戸島さんは知ってるのか」

「はい。従兄のお兄ちゃんやおじいちゃんから聞いた事あるますから」


 流石九州冒険家支援協会会長のお孫様だ。

 だけどセリスさんはこてんと首を傾げ可愛い仕草をしているので、説明する必要がある。


「どの国のダンジョンでもそうなんだけどね、5階層ごとにボスモンスターというのが存在するんだ」

「ボス……ですか? あの、ゲームなんかで最後に出てくる」

「いや、そういうのじゃないかな。とにかく他とはまったく違う強さのモンスターなんだ」


 ちなみに車で突入したスライムは、正真正銘このダンジョンのボスモンスターだ。

 車で核を潰したから瞬殺だったけど……。


「とっても大きいんだよ~」

「瑠璃は見たことあるの?」

「ないよ~。教えて貰っただけ~」


 そう。ボスモンスターは大きい。

 通常のスライムがソフトボール大からバレーボール大程に対し、25階層のボススライムはSUV車を丸飲みに出来るサイズだ。その違いは一目瞭然。

 そして本来、ボスモンスターは強い。強いと言ったら強いんだ!


「えー……それでだ。ボスってのは階層のどこにいるんだ。特に固定した場所に居る訳ではない」

「じゃあ階段を守っているとか、そういう訳じゃないんですね」

「そういうこと。ネットゲームとかにさ、固定沸きするボスが居て、特定の人物が張り付いてレアアイテム独占なんてのもあるけど、現実世界のダンジョンにはそれが無いんだ」


 まぁだからこそボスと遭遇せずに次の階層へと進無ことも出来るんだけども。

 ただボスを倒す事で得られる物もある。初回に限りだけど。


「ボスを倒すと、これまたスキルを得られる事もあるんだ。確率は結構高くてね。二人はボス討伐スキルをちゃんと貰っているんだよ」

「え? い、いつの間に?」


 気絶している間にです。

 ステータス板に表示されるスキルは、1番上がダンジョン初回侵入ボーナスのスキルになる。その下に出てくるのはボス討伐報酬のスキルだ。

 セリスさんのボス討伐報酬は『跳躍力』。ジャンプ力が高くなるとしか説明が無いスキルだ。

 大戸島さんは『料理』。これ、料理下手な女性だと嬉しかったんだろうなぁ。


「とまぁ、ボス報酬のスキルでも、普通にゴミスキルは存在します」

「あ、今私たちのスキルのこと、さり気なくゴミスキル扱いにしましたね!」

「料理スキル嬉しいもん! もっとお料理上手になれるってことだし、ゴミじゃないですもん~」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。ほんと、ごめんって」


 ぷんぷんと頬を膨らませる二人に平謝りし、今晩の食事当番を一手に引き受けることで和解した。

 料理自体は特に何かするという訳でもなく、テーブルの用意から紙皿等の準備、湯せん。そして食後の後片付け。それらを全部俺一人でやるってだけの話だ。


 食後、20階層がどんな構造なのか知る為に俺ひとりで階段を上った。

 最上段へと上る前から見えたのは盛り上がった土の壁? それとも盛り土?

 周囲に草木は無く、それ以前に天井を仰げばそこに見えたのはくすんだ様な色の青空だ。


 ダンジョンの構造はいろんな物があるが、空もそのひとつだ。階層なのに、天井が無いんだからなぁ。

 一説によれば、ダンジョンはそもそも異次元に繋がっているだのなんだの。

 まぁ「そうかもね」と思えるぐらい、不思議が普通になった場所さ。


 最後の一歩を上り切れば図鑑にも説明が出てくるだろう。

 さて、なんて書かれてるかな。


 図鑑を呼び出しページを捲ろうとした時。前方の盛り土からカチカチという音が聞こえてきた。

 げっ。あの盛り土って、まさかの蟻塚か!

 根本に穴があるようで、そこから数匹の蟻が這い出て来てこちらを威嚇するように顎を打ち鳴らしている。

 やばい。あれ、兵隊蟻じゃないか?

 その大きさはシェパードやレトリーバーといった大型犬よりもう少し大きいサイズ。


 これはヤバい。とりあえず下に――そう思って一歩下がった時だ。

 階段は地下歩道の入り口のように天井があり、階段を囲うように壁がある。ただ地表に出た部分は屋根と、それを支える数本の柱からなっていた。

 その柱の隙間から見えた赤黒く、棘のような無数の毛に覆われた足が見えた。

 異常なのはその大きさだ。

 前方の兵隊蟻の足の太さがだいたい俺の親指よりちょい太いぐらい。

 対して階段横に居るだろう奴のソレは、腕の太さをどっこいどっこいだ。


「やっべぇ……」


 前方の兵隊蟻を気にしてゆっくり後ろ向きに階段を下りる――なんて悠長な事もやってられない。

 踵を返すと全力で階段を駆け下りた。

 慌て過ぎて21階まで下りてしまい蜘蛛とご対面。これまた慌てて手にした図鑑で殴り飛ばしてしまった。


 階段を上って踊り場で鞭を構え上を見つめる。


「どうしたんですか、浅蔵さん」

「も、もしかして~、居たんですかぁ?」

「居た……けど、やっぱり下りてこれないみたいだな」


 兵隊蟻の姿も無ければ巨大な足の本体も、見える限り姿はない。

 けどこれ……上ったら前方には兵隊蟻の群れ。横からはボス……最悪コースじゃないか。






「出来ればボスと鉢合わせすることなく、19階を目指したかったんだ」

「でも倒せばスキルを貰えるんですよね?」

「それはそうだが、貰えないこともある。貰えたとしてそれが戦闘で役立つ物かも分からない」


 ぶっちゃければ、戦闘で役立たないようなスキルの方が多い。割合としては2:8ぐらいだ。

 二人がダンジョン初回入場で貰ったスキルも、実際には戦闘でどうこうというスキルじゃない。まぁ間接的に役立っているとも言えるが。


「ボスは規格外の強さっていうのもあるからね。あまりリスクは犯したくなかったんだが」


 せめて下層の10階や5階だったら、今のレベルがあれば対処も楽だろうけども。

 今俺のレベルが17、セリスさんと大戸島さんは12だ。

 基本は自転車で走り抜けているのもあって、思ったほどレベルは上がっていない。


「でも……階段上に陣取られているなら、倒すしかないですよね?」

「そう、なんだよな」

「じゃあ倒しましょう!」


 そう言ってセリスさんはポケットを取り出した。

 

「この中に秘密兵器が入ってますから」

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