第156話

「お、おい、そんなアッサリ……」

【ほんと、アッサリだけどそれでいいの?】

「いいもなにも、選択肢がないだろ」


 何当たり前なこと言ってんだというような顔の仲間たち。


「さぁ、早く褒美を寄こせよ」

【……分かったよ。はい、上げた。じゃぁねー】

「は? ──って待ておい!!」


 神と名乗る奴の言葉が終わるや否や、俺たちはまたオープンフィールドに戻された。

 ここは……地下50階?

 俺たちを見て驚いている攻略組の面々が見える。


 帰って……来たんだな。


【福岡02ダンジョンは完全攻略されたよ】

【福岡02ダンジョンに捕らわれたダンジョン人は解放されたよ】

【以降、福岡02ダンジョンは地下50階まで平常運転に戻るよ】


 そんなアナウンスが流れ、それを聞いた攻略組メンバーからは次々に質問が飛んできた。


 だけど今は……風呂に入って眠りたい。


「とにかく上に戻ろう。話はそれからだ」

「そ、そうだな。みんな疲れた様子だし、休ませてやろう」

「浅蔵、頼む」

「分かった。じゃあ順番に──」


 そうして俺たちは全員、地下1階へと戻った。


 全員を地下1階に転移させ終わると、蹲るセリスと大戸島さんの姿が。その隣で武くんと、そして上田さんが二人と支えるようにして一緒に座り込んでいる。

 俺の姿に最初に気づいたのは武くんで、直ぐにセリスの肩を叩いて知らせてくれたようだ。


「兄貴、ほ、本当に出れるっすか?」

「さぁ、どうかな。なんかあの声の主は、信用できなさそうっていうか」


 軽薄そうなイメージがする。

 声がマシンボイスだから感情も何も分からないからってのもあるんだろうな。


「え、じゃああのアナウンスは嘘っすか?」

「ダンジョン全体に流れたのか……まぁとにかく今は──」


 あの部屋で聞いた話を報告しなきゃな。

 いや、それともステータス板で確かめるか、捕らわれのダンジョン人が消えているかどうか。


 消えていて……消えたら、どうなるんだろう。


 あれ?

 消えたら外に出られるのか?

 たったそれだけ?

 それだけで、俺たちは出れるのか?


 出れる……出れる?


「兄貴、どうしたっすか?」

「浅蔵さん、い、今頃パニックになってるんです?」

「え? パニック? いや、なってない。なってないよ。冷静冷静。さ、作戦会議をしよう」

「「なんの作戦会議?」」


 あれ? 違う?

 いや違うな。作戦会議じゃなくって……何をするんだっけ?


「おーい、浅蔵。悪いがとにかくあそこでのやりとりをみんなで共有するぞー」

「あ、ああ分かった! た、武くん、上田さん。二人のことを」

「分かりました」

「兄貴ぃ、しっかりしてくださいよ」

「は、はは。大丈夫大丈夫」


 大丈夫だろうか、俺……頭の中真っ白だぞ。






 自宅横のテントには、慌てて地上から駆け付けた支援協会のスタッフが数人集まっていた。


「裏ステージに8時間のタイムアタックか……」

「8時間以内に敵を見つけ出せず、クリアできなかったらどうするんだ?」

「あぁ、それは……奴の説明だと、元の50階に戻されるだけらしい。本当がどうかは分からないですけどね」

「それで、お前たちは倒したんだろう? どうなったんじゃ?」


 話はほとんど芳樹たちに任せっきりで、俺は頷いたり相槌を打ったりするだけ。

 あとは図鑑を見せ、50階表、裏のボスを見せるぐらいか。


「報酬は選択肢……」

「最終的に5を選択して、ダンジョンを無くしていけばいいんだろうけどな」

「じゃが一度誰かが褒美を受け取ると、以後誰もクリアできないということなのだろう?」

「らしいです」


 沈黙が続く──かと思われたが、芳樹がすぐに口を開いた。


「ダンジョンが消滅すると、今度は冒険家がレベル上げをするのに必要なダンジョンが無くならねえかな?」

「ん? いや、それは既存のダンジョンでもできるじゃろう」

「そうだけどよ。浅蔵のおかげでここのダンジョンは各階層へ移動するだけなら、最下層まで完璧な地図が出来上がっているんだ」

「後続組も比較的安全に進むことができます。少なくとも迷子になる可能性は限りなく低いですよ」


 あ……だからここを残す方向で考えたのか?

 さすがにあの場で5は選択できない。何の準備もなく5を選べば、地上の人たちに危険が及んだだろう。

 今まさにダンジョンに入っている冒険家たちもだ。


 1と2でもよかったのかもしれない。

 けど……俺たちの解放を選んでくれた。


「確かに。会長、ここのダンジョンは比較的難易度も低く、新規の冒険家を育てるのにももってこいなダンジョンです。あの場で5は絶対に選択できなかったんです」

「そう思ってダンジョンを残す中で、今一番必要な選択をしたつもりだ」

「ダンジョン人の開放か」

「それもあるけど、浅蔵──延いてはダンジョン図鑑かな」


 え……俺より図鑑?


「他のダンジョンも、図鑑のマップ機能があるだけで、攻略速度がぐんっと上がるはずだろ」

「一理ある。よし、では浅蔵くん。他のダンジョンでもよろしく頼むぞ」

「まぁ久々の地上だ。何日かはゆっくりさせてあげましょうよ」

「次どこ攻略する? 福岡の?」

「あっこは深いし、難易度がここと比べても高すぎる」

「5を選択するなら、規模の小さいダンジョンでやらないか? まず地上の住民の避難とか必要だろ?」

「冒険家のレベル底上げも必要じゃないか? スタンピードに対抗できるようにしなきゃならねーんだし」

「準備期間が必要じゃの。ダンジョンが生成された土地を囲むように、分厚い壁を築かねばなるまい」

「4の一部開放でもいいんじゃないですか? 農作物の栽培なら、ダンジョンが効率的でしょう」

「そうだな。完全開放したのち、その土地でまたダンジョンが生成されないとも限らない」

「その辺りは要検証というか、次の時に神と名乗る糞野郎に確認するっきゃないな」

「なんにしても準備がいる」

「数カ月はかかりますね。その間に近隣のダンジョンの最下層までの地図作成を、浅蔵くんには頼めるかな」


 話がどんどん進んで行く。

 

 ダンジョンは……攻略できるもの。


 みんながそれを感じ、やる気に満ちていた。


 俺は──


 手にした図鑑に血痕はない。いつも目にする綺麗なままだ。

 竜神の血はどこにも付着していなかった。


 俺は──


 地上に出れる。


 この図鑑を使って

 

 家族を奪ったあのダンジョンを──いつか解放する!


「ここから近くて一番小規模なダンジョンの完全開放をやりましょう。スタンピードがどのくらいの物か確認する必要もあります。俺が最下層まで潜り、地図と、そして全モンスターの情報を集めます。その間に地上の準備もお願いします」

「分かった。山口や大分のダンジョンが小さかったかな」

「福岡02以外にも、いくつかダンジョンは残しておくべきじゃないか? 捕らわれのダンジョン人がいる所なら、今回みたく人の解放だけにして」

「そうだな。各ダンジョンの規模や難易度を参考にして決めよう。それじゃ──」


 各ダンジョンのデータをもとに会議が開かれることになった。

 ここではなく、地上で。

 さすがにその会議までは出席しなくてもいいってことで、俺たち冒険家は解散。


 テントを出ると食堂横にいた四人の姿はなく、家に戻ってみることに。


「あ、おかえりー」

「おかえりなさい浅蔵さん。は、話どうなりました?」

「あー、うん。図鑑を活用して、各ダンジョンの攻略に乗り出すことになった」

「そう、ですか。私たち……本当に攻略、したんですね」

「それを確かめに行こう」


 リビングのソファーに座るセリスと大戸島さんを促し家を出る。

 武くんは大戸島さんの手を引き、上田さんは後ろから付き添ってくれた。


 あの日。

 地下25階から生還した俺たちが、ここから出れないと知ったあの日からどれくらい経っただろう。

 9月頃だったかな。

 今は年が変わってまもなく3月になろうかっていう時期だ。

 半年ぐらい経ってんのか。


 長いようで、案外短いのか?


『にゃっ、にゃっ』

『にゃぁ~ん』

「なんだ、お前らもきたのか?」


 足元には虎鉄とミケが、同じように階段を上っていた。


 そしてゲート。

 あの日はここを潜れなかった。目に見えない壁に阻まれ、ほんの少し触れただけで全身に電気が走ったような痛みに襲われる。


 今は……どうだ?


「よ、浅蔵」

「早くこいよ豊」

「あれ~? 怖いのかなぁ、浅蔵くぅ~──んげっ」

「翔太さんは浅蔵先輩を苛めちゃダメです」

「うぅ、ごめんよ鳴海ちゃん」

「安心しろ豊。俺がしっかり受け止めてやるぞ。うおぉぉぉ"ガード・ボディ"」

「俺も受け止めてやるぞ。"ライトニング"」


 約一名、俺を殺しにかかっている奴がいる。もうひとりは何をしたいのかサッパリだ。

 とにかく。

 仲間たちがゲートの向こうで出迎えてくれていた。


「おー、姉ちゃんまだ中にいんのか」

「まぁまぁ間に合ったわねぇ」

「あら、時籐さんのお母さん」

「まぁ瑠璃ちゃんところの。この度はどうも、おめでとうございます」

「いえいえ、セリスちゃんこそお婿さんゲットしたそうで、おめでとうございます~」

「いったいなんの挨拶をしているんだ母さんたちは」


 なんかいっぱい集まって来た。

 あとなんか凄いこと言われた気がする。


 けど……みんなが待ってくれているんだ。


「俺が先に行くよ。壁がないか、確かめ──」


 確かめるから。そう言おうとした俺の手を、セリスがぎゅっと掴む。


「一緒やけん!」

「そうですよぉ。三人一緒に出ましょうよ」

「で、も。もし万が一」


 壁があったら。またあの激しい痛みに襲われるんだ。


「その時はぁ、鳴海さんが治癒してくれますしー」

「あ、はい! 任せてくださいっ」

「「ね?」」


 はは。確かに。

 安心して痛い思いもできるってことだ。


 いやそれ安心していいのか!?


「ま、なるようになる、か。分かった、じゃあ三人一緒に行こう」

「えぇ」

「はぁい」


 真ん中にセリスが立ち、左側に俺、右側に大戸島さんが立つ。

 そして手を繋ぎ、一歩踏み出す。


 二歩


 三歩


 四、五、六……。


 そして俺たちは、ダンジョンを出た。




************************************************************

 福岡02ダンジョン編

 これにて完結です。

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