第28話
大戸島瑠璃。
大戸島グループ社長兼九州冒険家協会会長、大戸島大五郎。
珍しい苗字なんだ。しかも同じ福岡在住。
身内だと疑う方が当たり前ってレベルだろ!
「お孫様っ、危なぁーいっ!」
「ふわっ!?」
一晩をスーパーで過ごした後、セリスさんのポケットの食料を整理し出発した俺たち三人。
この辺りは足場がでこぼこし過ぎて、マウンテンバイクでの移動も難しいと判断し、徒歩での移動となった。
だが足場が悪いということは、徒歩でも転ぶ危険性もある。
「お孫様っ。滑りますぞ!」
「は、はいぃ」
「ここ! 濡れますぞっ!」
「あぅ」
「元気出して、お孫様!!」
「お孫様ってぇ、言わないでぇ~」
「お孫様に何かあったら俺……職を失ってしまうかもしれないんですよ!」
正直、社長がどんな人かなんて知らない。親会社の社長なんて、見たこともないからな。
ただ、冒険家協会の会長が厳しい人だって話は耳にする。
不正を働いた冒険家を、何でもワンパンで吹っ飛ばしたとか、ビルの壁に穴を空けただとか、齢60を過ぎて冒険家になった会長は、10日間で福岡ダンジョンを攻略したとか。
まぁ……後半は嘘だってのは分かるけど。
そういう噂が立つぐらい、凄い人だってことだ。
「私が怪我したぐらいでぇ、浅蔵さんがニートになるなんてことありませんからぁ」
「いや……もう手遅れかもしれない……」
無断欠勤何日目だ? あ、今日で16日目か。
無断欠勤より、既に死んだと思われてるだろうなぁ。
俺のタイムカードも、もう無くなってるかも。はは。
「浅蔵さぁ~ん?」
どんよりと暗くなっていると、心配そうに大戸島さんが名前を呼んだ。
「あ、あぁ。大丈夫。うん。また新しい仕事を探すさ」
「だからぁ、おじいちゃんにちゃんと説明してあげるからぁ。図鑑の事は、ダンジョンの事が書かれる仕組みだったぁって、それだけお話しておくからぁ」
「うん。調べられる前に、なんとかマスキングテープで中表紙を閉じてしまおう」
「あ、あの……マスキング作業、やらせて頂けませんか?」
セリスさんが?
不思議に思っていると、彼女はエプロンのポケットから何かを取り出した。
ダンボールにしなくても荷物を取り出すとは……使いこなしてる!
あ、えっと、彼女が取り出したのって、ノートか?
「これ、学校で使ってるノートなんです。こういうの女子の間で流行ってて」
見せてくれたノートは、まるで額縁のように綺麗な装飾が四隅に施されたノートだ。
「え? これまさか、マスキングテープ?」
「はい。シンプルなノートを、マスキングテープで縁取ってデコるのが流行りなんです」
「私のも出してぇ~」
「オッケー。こっちが瑠璃のノートです」
「うわぁ……えっと……可愛いです、お孫様」
「棒読みぃ~!」
セリスさんのは統一感があって、テーマがしっかり決まっている感じ。違和感もなく、一瞬、本当に額縁かもって思えるようなデザインだ。
対して大戸島さんのは、リボン柄のマスキンや犬が横にずらっとスタンプされたようなマスキング、肉球、レンガ模様。なんでも貼りました的な、ごちゃごちゃしたものだった。
「セリスさんにお願いします」
「はい! 任せてください!」
「えぇーっ!?」
そうと決まれば、あとは無事に脱出するのみ!
スーパーを出てまだ2時間ぐらいだろう。足元はここまでで一番悪い。
悪路に終わりを告げたのは突然だった。
「う……わ……」
さっきのスーパーがあった場所同様、広い空間が広がる場所へと出た。
ただそこに地面はほとんど無い。
代わりにあるのはプールだ。
感知でも分かるほど、ここには大量のモンスターが身を潜めている。
「県営プールだな、ここ」
「見てくださいっ。壁からウォータースライダーが出てますよ」
「あれじゃあ滑れないねぇ」
滑れたとして、ダンジョン内でいったい誰がプールを利用すると言うんだ?
そんなツッコミを飲み込み、先に進むのを諦めるか考えていると――。
「あ、プールで泳いでる」
「は? え?」
まさか、生存者!?
そう思って姿を探すが、それらしい人影は見えない。
セリスさんに目を向けると、彼女はプールを指差し、
「ウォータースライムが」
と、頬を染め言った。
そうだね、確かに泳いでるね。しかも大量にいるんだよここ。
感知スキルはあのプールやウォータースライダー上に、モンスターが居ることを告げている。
ここは奴らの巣窟。はたまた遊び場なのだろう。
「道を大幅に引き返して、別の道に進むか……なんとかしてここを渡って行くか」
図鑑の地図を見ながら俺が話す。
24階、23階、22階を通って思ったのは、階段の上りと下りは、対極の位置にあるように思える。
そしてこのプールの奥にある道は、22階へ上る階段の位置から見ると、まさにその対極の方角に向いていた。
「どうやって渡るんですかぁ?」
「そこなんだよね……プールを泳ぐ訳にも行かないし」
「スライムいっぱいですしねぇ」
これまたホームセンターに戻れば、夏のレジャー用品の中にゴムボートなんてのもあったんだが……。
流石にもう取りに帰るには遠すぎる。
「あ、浅蔵さん。蛙の着ぐるみはどうですか?」
セリスさんがポンっと手を叩き、笑顔で振り返る。
「着ぐるみ?」
「はい。水の上を走れましたよね?」
「あ……」
あったねぇ、そんなの。
あ、だったらあれをコピーして、二人にも着てもらえばいいんじゃないか?
でも二着コピーすれば、DBPが1万も減るな。それに超劣化だ。もし水面歩行じゃなかったら、どうなる?
「じゃあ、浅蔵さんにぃ、抱っこして貰って行きますかぁ?」
「え? だ、抱っこ?」
唐突に何事?
どうやら大戸島さんに蛙の着ぐるみの話をしたようで、俺が抱っこしてひとりずつ対岸に送るのはどうかという話になったようだ。
まぁそれはそれでいいんだけど、そうなると片方は暫くひとりになってしまう。そこを襲われると心配だ。
それに――。
「プールにも大量のスライムが泳いでいるからな。俺の感知でも数を数えられないほどだ。走って渡るにしても危険だ。せめて水面から遠ざかってくれればいいんだが」
あの右奥に何があるのか分からないが、やたら固まってるよな。
それでも水面には、まだ数十匹が泳いでいる。こいつらが右奥に集まってくれればいいんだが。
「浅蔵さぁん。スライムって辛いの、苦手ですかねぇ?」
「へ?」
意味不明な事を囁く大戸島さんの手には、どこから取り出したのか、タバスコが握られていた。
スライムが辛いの苦手かだって?
「試せば分かる!」
「はい!」
蓋を開け、プールに向かってポーンっと投げ込む。水の振動を察知してか、ウォータースライムたちが集まって来た。
ここからでもじんわりとタバスコが漏れ出ているのが分かる。瓶から洩れた赤いタバスコにウォータースライムが振れると――。
ブルンッバチャンッ――。
餅かよってぐらい伸びたスライムが、次の瞬間には慌てて水面を跳ね、タバスコから逃げて行く。
辛いのは嫌いだったようだ。
「タバスコ、まだあるかい?」
「ありませぇ~ん」
……取りに戻るか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます