第22話

 2時間ほど進んでから道を引き返し、24階への階段へと戻って来た。

 今日はここで野宿をする。


「そういえば、冒険家だったころから普通に『野宿』って言ってるけどさ……ダンジョンの中だから『野』って変なんじゃないかな?」

「えぇ? そんな事考えてたんですかぁ?」

「いや、考えてたっていうか、ふと思っただけ」


 そんなくだらない会話をしながら、明日からの事を話し合う。


「階段に荷物を置きっぱなしでも大丈夫だろう。持って来た食料は10日分だ。1階と少し進むのに3日掛かってるからね。単純計算しても食料は全く足りないだろ?」

「一度お店に戻りますぅ? それならぁ、自転車持ってきましょうよ」

「うん。それは俺も考えたんだ」


 23階は自転車での走行が可能だと思う。

 あまりスピードは出さず、俺の感知を頼りに敵と遭遇するルートなら降りて待ち構える。

 他の階も同じように自転車で進める場所があるかもしれない。

 進めないような階層は、ポケットに入れて運んで貰う。

 それで進行速度がぐんっと早くなるだろう。


「お、お店に、マウンテンバイクのような自転車もありましたね。それなら、24階ぐらいは乗れそうです」


 俯いてセリスさんがそう言う。

 確かにマウンテンバイクはあった。

 あったんだけど……セリスさん、まだ顔が赤いが大丈夫だろうか?


 今日は階段野宿というのもあって、俺ひとり、女子二人の二交代で寝ることに。

 

「お先に、おやすみ~」

「おやすみなさぁい」

「お、おやすみなさい」


 一瞬セリスさんと目が合ったが、彼女の顔はまだ赤い。


「セリスさん、熱でもあるのか? あるようなら、寝ててもいいんだぞ? 俺、起きてるから」

「……は!? い、いえ、無いです。何もないですーっ」


 大丈夫なのかな……。

 大戸島さんも「大丈夫」だと言ってたし……まぁ、寝るか。

 

 数時間後、腕時計のアラームで目を覚まし、彼女らと交代。


「おやすみなさぁい。すぴー」

「相変わらず秒だな……」

「ふふ」


 眠った大戸島さんを笑みを浮かべて見つめるセリスさん。

 うん、元気そうだ。


 暫くして彼女も眠ったかなと振り向くと――セリスさんがこっちを見ていた。

 目が合うと、やっぱり顔が赤くなる。


 あれ?

 もしかして俺が原因?

 え? なんで?


 彼女の眠りを妨げても仕方ない。図鑑でも眺めてようっと。

 

 23階は石廊エリア。今のところ、スケルトンしか見ていない。強力というか、まともな武器を装備したのも居ないので助かる。

 そりゃあ俺たちは、下じゃなくて上に向かっているからな。進めば進むほど敵は弱くなっていくもんだが。

 24階より23階のモンスターが弱いのは当たり前だ。

 このまま上に進めば進むほど、移動が楽になるだろう。


 本来攻略ってうのは、進めば進むほど困難になる道のりだ。

 それが逆になっているんだが、精神的には気持ちが楽でいい。今より強い奴が出てこない可能性の方が大だからな。

 ただ問題もある。

 どのダンジョンでも、5階毎にボスモンスターが生息していることだ。


「20階……居るだろうか」


 ボスだけは浅い階層の奴でも、異様に強い。

 だいたい下の階層へと続く階段近くを徘徊しているんだよな。

 21階から上がったら、目の前……なんてこともあり得る。


 ふと眠っているだろう二人を振り返ると――。


「セリスさん?」

「はわっ。お、おやすみなさいっ」

「う、うん。おやすみ」


 俺の事見てたー!?






 二人が目覚め、セリスさんが元気にラジオ体操を終え、食事も終わってから。


「じゃあ自転車を取りに帰ります」

「はぁ~い」


 朝9時に出発して途中で野宿。翌日昼過ぎにはホームセンターへと到着した。

 やっぱり地図がある分、迷うことなく進めるから早いな。


「あぁー。やっぱ落ち着くなぁ」

「本当ですねぇ」

「せっかく戻って来たんやし、今日はお風呂入りたいな」

「私も賛成ぇ~」

「俺はズボンをはき替えたい……」


 ゴキブリホイホイの粘着がくっついていた場所は、今や砂が模様のように付着している。

 ジャージ、あったよな。


 二人が夕飯の支度をしてくれている間に、俺は店でジャージを探した。

 着替え、持って行くかな。


 ついでに自転車も見ておこう。

 本格的ではないけれど、オフロード用自転車も何台かあった。

 ダンボールポケットに寝かせて入れれば、いけそうだな。

 あとは盾と武器をどう運ぶかだ。俺は図鑑を持ちながらになるし、危険運転にもなる。

 ハンドルに図鑑を乗せれるようにするかな。それで指先でも触れていれば消えないだろうし。

 試しに図鑑を床に置いて、小指だけ触れさせる。


 いつまで経っても消える気配もない。

 よし、ハンドル固定だ!

 鞭は腰にぶら下げるからいいとして、セリスさんたちの盾と武器だな。

 

 武器はハンドルからサドルに向かって伸びるパイプに固定できるようにしよう。マジックテープでなんとかなるだろう。

 盾は諦めてダンボールポケットだ。


「きゃあぁーっ!」


 え? 今のはセリスさんの声!?


「ふえぇ~んっ」


 大戸島さんの悲鳴まで。

 二人に何が!?


 慌ててバックヤードへと戻ると、二人が園芸バサミを持って固まっていた。


「どうした、二人とも!」

「あ、浅蔵さん! 見てください、そのピーマンッ」

「ピーマン?」


 プランターの中でたわわに実るピーマン。それがどうし――えぇぇ!?


「な、なんだこの赤ピーマン! 普通緑だろ!」

「そこですか!? そこに驚くんですか!? ピーマンは熟すと赤くなるんです! 赤いのはおかしくないんです!」

「もっと変な所あるでしょぉ~。大きさとか、顔とかぁ」

「大きさね。うん、確かに大きいね。顔は……え? 顔?」


 確かに大きい。俺の手のひらほどもある立派なピーマンだ。

 だけど顔?


 二人が手招きするので彼女らの下へと向かい、そして二人がピーマンを指差す。


 ……あぁ。顔、あるね。


「はぁあぁぁっ!? なんで顔があるんだ!?」


 真っ赤なピーマンには、黒い目と黒い口が、それこそハロウィンのジャックオーランタンのような顔があった。






「ふ、二人とも、大変ばい!!」


 赤ピーマンの事を調べるべく、図鑑を開いて見つけたページ。

 25階はポケットゲット以来開いてなかったし、そもそも25階の次のページすら見ていなかった。

 まさかこんな所に、こんなページがあるとはね。 


「どうしたんですかぁ?」


 俺は二人に見てくれと言わんばかり、新発見したとんでもないページを開いた。


「これだ! これなんだよ!!」

「どれどれぇ~」

「……ぇ……えぇぇ!?」


 あまりの衝撃に、遂にはセリスさんも駆け寄って図鑑を覗き込む。

 あ、俺の手をぎゅっと握ってるよ。

 うん、俺の手じゃなくって、図鑑を握ってるつもりなんだろうけどさ。


「ふえぇ、これってどういう意味ですかぁ? えぇ、私たち、大丈夫ですよねぇ?」

「食べとる……毎日食べとるやん!」


 二人の反応に俺も頷く。

 そこに書かれていたのは、上半分がピーマンのイラスト。下はその説明文だ。



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     【ダンジョンピーマン】

 ダンジョンで収穫できるピーマン。成長速度は地上での10倍。

 収穫せずに放置しておくと、化けピーマンへと進化する。

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「化けピーマン……」

「ふえぇ~ん。セリスちゃんどうしよう。お腹の中で……お腹の中でトマトがぁ」

「やめるんだ大戸島さん! それ以上言うんじゃない!」


 俺たちのお腹でピーマンが化けピーマンになっていたら……そして腹を引き裂いて出てきたら……。


「そんなSFホラーな妄想は、止めるんだーっ!」

「いやぁーっ」

「ふえぇ~ん」






 結果として言えば、化け野菜にならなければ食べられる野菜だというのが分かった。

 そうは言ってもなぁ……今日のところは全員一致で野菜を食べるのは止めた。

 だが収穫しなければ、他のも化け野菜になってしまう。


『ウケケケケケケケ』

「うわぁ。喋ってるよこいつ。やだなぁ」


 意を決してハサミでチョキっ。


『ギャアァァーッ』

「うわぁぁーっ!」


 化けピーマンの断末魔が木霊するホームセンター。

 セリスさんと大戸島さんはお風呂に行ってしまっている。

 俺はひとり、店舗に運んだプランターから化けたの含めて収穫することに。


 あれ? 化けピーマンが……小さくなった?

 元々手足が無いので動きようがないんだろうけど、笑いもしなくなったピーマン。

 うぅん。なんだろうなこれ。


 図鑑に何か新しく更新がないか確かめると、新しく【化けピーマンボム】というアイテムのページが増えていた。



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     【化けピーマンボム】

 化けピーマンを収穫すると得られるアイテム。

 投げると爆発し、中の種が飛び出す。

 ピーマン臭い。

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 爆弾!?

 ピーマン臭い爆弾!?

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