第21話

「浅蔵さんって、彼女さんとか居るんですかぁ?」

 

 セリスさんが眠った頃、大戸島さんから飛んで来た質問。


「今は居ない」

「じゃあ、以前は居たってことですかぁ?」

「う……ん、まぁ。女性とのお付き合いは、一応……ね」


 職場恋愛になるのだろうか。

 俺は工場勤務。彼女はそこの事務員だった。

 向こうから告白されて付き合ったんだけど……とある夏の日、それこそここから――いや地上だけど――県営プールでデートした翌日――突然別れを告げられた。

 理由は教えて貰えず。


 ただ会社の先輩の話だと、俺が元冒険家で、金を結構持ってる……なんて社内で噂が出て、ちょうどその頃なんだよな。告白されたの。

 あまり考えたくないけど、もしかして金目当てだったのかなぁ――と。


 これって恋人にカウントしても……いいよね?


 もちろんそれ以外に女性とのお付き合い経験なんてありませんが!


 この事は大戸島さんには内緒にしておこう。でないと弄られそうだ。

 いまでも彼女はニヤニヤと俺を見ているし。


「ふふふぅ。浅蔵さんって、体も鍛えてるし、顔だって悪くないし、モテますよねぇ?」

「いやいや、顔は普通だって。そもそも社会に出るとさ、職場にどれだけ女性が居るかどうか、結構そこ重要だから」


 現場の工場にもパートの女性は居るけど僅か4人。しかも全員主婦でおばちゃんだ。

 事務員は……忘れよう。

 合計しても8人居ないんじゃないかな。

 勤務時間も違うし、事務員とは一切顔を合わせることがない。


 あー、顔合わせたこと無いのに、なんであの人俺の事を「ずっと前から好きだったの」とか言ったんだろう。

 

 忘れよう。彼女とのことは全部幻だったんだ。

 結局、手だって握ってないじゃないか!


「どうしたんですぅ、浅蔵さん」

「へ? いや、なんでも」

「あー、前の彼女さんとの事ぉ、考えてましたぁ?」

「……忘れたかった記憶だから、穿り返さないでくれ」

「ふふふぅ。新しい彼女さんでも出来たら、忘れられますよぉ」

「新しいねぇ……出会いが無いんだよなぁ。今の仕事だと」


 でも今の会社は友人の紹介で入れて貰った所だ。職場の人とも親しくなったし、居心地は悪くない。

 転職は今のところ考えてないんだよなぁ。


「別に職場で探さなくてもいいじゃないですかぁ」

「合コンかい? うぅん、苦手なんだよなぁ」

「えぇー。そこじゃなくってぇ、ダンジョンで探せばいいじゃないですかー」


 ……ダンジョンで出会いを?

 ……俺にモンスターと恋をしろと?


 それから大戸島さんの彼氏の話題に移る。いや居たんだな、彼氏。

 その彼の写真をスマホで見せて貰った。


「……なにこの子。なんでこんなムキムキなん?」


 映っていたのは腹筋がシックスパックになった男の子だ。子、というには、随分と渋めの顔をしている。しかも黒い。どこのプロサーファーですか! って印象を受ける。


「タケちゃん、冒険者になりたいんだってぇ」

「そうなのかい? スキルの獲得は?」


 大戸島さんは首を振る。


「卒業してから、ダンジョンに行くんだって」

「良いスキルが貰えるといいね」


 そんな俺の言葉に、大戸島さんは頷くことも、否定することもなかった。

 複雑な気持ちなんだろうな。

 彼の夢を思えば、良いスキルが与えられるといいなとは思うんだろう。

 だけど良いスキルであれば、喜んで彼はダンジョンへと潜ってしまう。当然、死と隣り合わせになるってことだ。


「私が……私が良いスキルを貰えていたら……」

「良いスキルじゃないか」

「違うんばい。タケちゃんを助けられるような、そういうスキルじゃないとダメなんたい!」


 この子は……一緒に行こうってのか。彼と、ダンジョンへ。

 女の子って強いな。


 彼女を応援してあげたいけど、でも出来れば平穏に過ごして欲しいとも思う。

 なら……彼が俗に言う『ゴミスキル』を付与されることを祈ろう。






 ダンジョン攻略2日目も終わり今日で3日目。ここに落ちてから12日目。

 昼を過ぎた頃、ようやく23階へと上る階段を見つけた。


「ふぅ。ここで休もう。ただ100%安全かと言われると、やっぱり不安だから。武器は手元に置いてね」

「はぁい」

「は、はい……」


 いつも元気なセリスさんが、朝からあまり調子が良くない。

 気づくと赤い顔をしているし、やっぱり微熱でもあるんじゃなかろうか。

 心配ではあるが、だからと言ってここでじっとしている訳にもいかないし。ホームセンターへ引き返すか?

 セリスさんの様子を見ようと振り返ると、彼女もこっちを見ていた。

 ん? なんかぼぉっと見つめられてる気がする。気のせいか?

 俺の後ろに何かある!?


 ババっと振り向いて、何も無いのを確認してほっと一安心。

 なぁーんだ。何も無いじゃないか。

 再びセリスさんを見たが、彼女は大戸島さんとカセットコンロを出してティータイムの準備をしている。


 俺の……気のせい?

 

 階段は30段ほど。途中には踊り場もあって、そこなら人が寝るスペースも取れそうだ。

 だが野宿にはまだ早い。

 休憩後、図鑑の地図を少しでも埋めるために、23階を歩いて回りたい。


 24階はどのくらいマッピング出来たのだろう。


 地図は見開きで掲載、拡大縮小機能付きだ。

 スタート=ホームセンターの位置は右ページの右真ん中付近。そのすぐ右上に、25階への下り階段が表示されている。

 23階への階段は左側のページの、真ん中よりやや左上のところだ。

 丸二日以上歩いたが、マッピング出来たのは半分ぐらいだな。

 地図があるから、行き止まりを引き返したときも迷うことはないけど……。


「これ、マッピング機能なかったら、もっと時間掛かっただろうな」

「そうなんですかぁ? どのくらい広そうです?」

「うーん……道はぐねぐね曲がっていたからね。ダンジョンの広さを計算する材料にはならないだろう。だけど――」


 マッピング範囲は俺を中心に半径5メートル。

 それを考えても――試しに24階へと降り、歩いていない方の道を少し進む。

 更新される地図の範囲は、通常モードだとどこを更新した? ってぐらい、小さくて見えづらい。

 直線距離にして数kmはあるだろうな。


「でも……ちゃんと階段、見つかりましたね」


 ぼそりとセリスさんが呟くように言う。

「そうだね」と笑みを浮かべて俺が言うと、セリスさんはパッと顔を背けてしまった。


 な、なんか変なこと言ったかな?


「え、えぇっと、休憩終わったら23階のマッピングを少しして、夕方にはここへ戻って来ようと思うんだけど。セリスさんと大戸島さんは、ここで休んでおくかい?」

「ふぇ? 浅蔵さん、ひとりだと危なくないですか?」

「そ、そうです! ひとりはダメ。絶対ダメ! 危険じゃないですかっ。そんなのダメ。みんなで行きましょう!」

「う、うん……わ、分かった」


 な、なんだ。このセリスさんの鬼気迫る勢いは、いったいなんだ?

 

 結局三人で移動を開始。


「夜は階段で野宿しようと思う。少しでも安心して眠れそうだしね」

「休憩中、モンスター来ませんでしたねぇ」

「来てはいたんだけどね。階段はスルーして通り過ぎたよ」


 踊り場からモンスターが見えたんだが、俺たちがまるで見えないかのようにスルーされた。

 あれを見る限り、階段はセーフティーゾーンで間違いない。

 

 23階に上がって来た俺たちは、24階とはまったく違うダンジョン構造に驚いていた。


「うわぁ。洞窟じゃなぁい」

「ここ、全部石畳かしら?」


 ダンジョンは階層によってその造りが全く違う。

 24階のように、洞窟っぽい構造であったり、中には見渡す限りの草原だったり。不思議な世界が広がっているのだ。

 23階は人工的に作られた感が溢れる造りで、通路は四角く、壁や床はコンクリートと煉瓦。床は石畳だ。


「自転車でもあれば、走らせやすそうだな」

「そうですね」

「持って来ればよかったですねぇ」






 23階にはダンジョンモンスターとしてはメジャーな、スケルトンが出て来た。


「腰骨が弱点の一つだ!」

「はいっ」


 スケルトンの弱点はいくつかある。

 頭蓋骨を粉砕するか、背骨を真っ二つにするか、腰骨を外す・・か。このどれかで倒せる。

 その中でも腰骨は狙いやすい弱点でもあった。

 思い切り殴れば、スコーンと骨が外れるからな。しかも左右どちらか片方でいい。

 金属バットで腰骨を飛ばす冒険家だっているぐらいだ。


 俺は鞭を振るい、骨を絡み取ったら思いっきり引っ張る。

 すると面白いぐらいスポっと抜け、腰骨を失ったスケルトンはそのまま崩れていく。

 セリスさんと大戸島さんは、二人で協力して一体を倒した。


「スケルトンもね、強さのランクがいろいろ居るから気をつけて。今のが弱かっただけで、強い奴もいるかもしれない」

「見分ける方法はねぇ、お洋服を着ているかどうかだよぉ」

「え? そうなの?」


 違う――とも言えないけど、なんかやっぱり違う。

 

「洋服と言うか、装備ね。ぼろぼろの服を来て、こん棒とか持ってるのは比較的弱いから」


 まさに先ほど倒したのがこん棒持ちだ。他にも盾だけ持っていたり、短剣を持っているスケルトンもいたが、どれも粗悪品だった。アクリルシールドで弾くと折れる程に。

 同じ短剣でも刃こぼれの無い物を装備しているスケルトンは、やっぱり強い。


「鉄鎧スケルトンが生息するダンジョンは、俺が知る限りアメリカにしかない。しかもかなり下層でね。そこまで到達できる冒険家は少ないって話だよ」

「スケルトンでも、さっきのとは随分違うんですね」

「うん。そうだね」


 思わず笑みが零れる。

 昔は俺も同じことを思ったから。

 俺がそう返事すると、セリスさんの顔が真っ赤になって大戸島さんの後ろに隠れてしまった。


 何故。

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